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アマリリスと狼  作者: 鷹弘
第2章◇珍種売買と狼◇
49/53

◇12話◇絶望→巻き戻せ

1年……サボりすぎ……

頑張ります、取り敢えず久々で文章アレなんですが、御容赦いただければ……○| ̄|_

『俺が、紅くないから』

 彼はそういった。


「『紅くない』……ですか?」

 尋ねる声に、彼はハッとした表情をする。奇しくもそれは、ここに来て初めて彼が表情を変えた瞬間だった。

「……あんた達は【紅狼(フェンリル)】について詳しいんじゃないのか」

「詳しいです。が、それと貴方について知っているのとは、別問題です」

 ノエの正論に、クロードは眉を顰める。

「……だったら、知らなくていい」

 そのまま、彼は家の方へと戻って行った。


 朝日がノエとカロンの影を伸ばす。二日目が始まる。



   ***



「__さて、どうしましょうか」

「いやいやいやいやッ!昨日ので明らかにオレら警戒されてるよなッ!?」

 カロンの焦り声を無視して、ノエは顎に手を当てる。確かに、自分達はかなり警戒されているだろう、最後の会話が決定打となった。様子見のために潜伏しようにも、ここは【紅狼(フェンリル)】のテリトリー、どこに他の奴がいるか分からない。仮に潜伏出来ても、相手は五感もかなり優れた種族、の後の長だ。

 ……詰んだ。

「……すみません」

「だから、普段から考えて行動しろっってんだろォ!」

 珍しく素直に謝るノエに、カロンは項垂れる。


「お前ら……暇なの?」

 再び夜が訪れる。

 結局、日中の二人は、食べられるものを探し、来るのかわからない先頭に備えて腹拵えをしていた。

 その後は、ひたすらクロードの家の近くに潜伏。

 それを素直に、隠すことなく伝えると、「【紅狼(フェンリル)】のテリトリーで?飯探して、潜伏?こいつらアホか?」と言いたげな瞳の彼に、一瞬怯んだノエだったが、次の瞬間に腹を括った。

 否、無の表情で、

「……はいッ!暇です!」

 と言ってのけた。

 カロンは「その路線で行くの!?」、言いたかったが、突っ込みたかったが、突っ込んだら負けな気がした。

「そう言えば、自己紹介をまだしていませんでしたね」

 正直、この少年が馬鹿正直に自分達に名前を教えて貰えるなんて思ってはいないが、それでも歩み寄りは必要だ。

「私は【赤ず……】、いえ、アカとお呼びください」

 ノエのギリギリセーフな発言に二人、冷や汗を流す。

 『私は貴方の天敵の【赤ずきん】です』なんて言ったら、話を聞いてもらう余裕もなく、惨殺されてお終いだろう。

「オレはー……リュウで!」

「……あっそ」

 興味無い様子のクロード少年に背を向け、二人は小声で言い争う。

「なんで、東洋のドラゴンなんですッ」

「お前が職種言うから、釣られたんだよッ」

 焦る二人を知ってか知らずか、いや、興味が無いのだろう。

「……クロード」

 そう一言告げると、彼は家に入っていった。

「今……名前……?」

「ええ、早くも二日目にして名前を……」

 他者を排除する姿勢を取り続けていた彼が、ここまであっさりと、嫌がる素振りもなく名前を教えて貰えるとは……。

 思ってもいなかった展開に、声にならない喜びを、拳を突き上げることで表現する。


 もうすぐ夜があける。



   ***



 名前交換という大きな一歩を得たのを足掛かりに、二人は朝からクロードに、本で得た知識や、最近あった面白い話、質問を投げかけるなど、様々なアプローチを試した。

 余談だが、家で引きこもる彼を、窓越しに身振り手振りで、どうにか呼び出した。三十分は軽く掛ったが、そんなの知らない。

 ……さて、しかし、彼はそのどれにも反応を示さなかった。

 試したコミュニケーション、どれもが不発に終わり、夕方に差し迫ってきた。そんな状況に溜息を吐いたノエは、不満そうに口を尖らせて言う。

「私の知り合いと貴方は正反対ですね。あれは、ツッコミを入れるために喋り続ける、言葉製造機ですよ」

 立っているのが疲れたので、尻尾で自分の身体を守るようにする彼の横に勝手に腰掛ける。

「私の知り合いは、料理が好きで、お節介で、口煩くて鬱陶しいです。全く喋ろうとしない貴方とは似ても似つかないです。本当にウザイです。……でも、一緒に居続けてくれることに、少しだけ、感謝の気持ちは、持ってなくも……無いです」

 人差し指と親指で、ほんの小さな隙間を作りながら、彼女は照れ臭そうに告げる。

「……ふーん」

 何にも興味を示さなかったクロードが、そこで初めて話に相槌を打った。ノエとカロンは顔を見合わせる。

 そんな様子を横目で見ながら、彼は尋ねる。

「アカは、そいつが好きなのか?」

「すッ!?」

 何故か、質問されていないカロンが動揺する。真っ赤な顔でノエを見ると、彼女は月を見上げながら考えていた。その顔に羞恥心や戸惑いは無く、ただ静かだった。そして、ゆっくりと言葉を選びながら声を発する。

「好き……とは違うかもしれません。いえ、勿論好きか嫌いかの二択でしたら、好きです。けど、多分、私の抱いている彼への感情は、“好き”よりも“執着”に近しいのでしょう」

「“執着”……」

 噛み締めるように、静かに繰り返す。

 クロードに聞かせるというより、自分の気持ちを確認するように彼女は言葉を続ける。

「私は、とある事情から家に帰れなくなりました。

 それは仕方ないことで、私に抗う気持ちはありません。ただ、行く宛なんて何処にもありませんでした。

 そんな私に居場所を与え、食事を与え、共に暮らしてくれているその人に、勿論感謝はしていますが……でも、『抱いている感情は何か』と問われれば、『執着です』と私は答えるでしょう」

「……なんで。好きも執着と一緒じゃないの」

 真剣な目で問いかける彼に、ノエもまた、真剣に応える。

「同じ、なのかもしれません。正直、私にもどう違うのか具体的なお答えはできません。ですが、私のはただの自分可愛さな気持ちなのです。『ここを失ったら、どこにも行く場所がない。独りになりたくない』。言わば、寄生してるのですよ、彼に」

 彼女の言葉に、カロンもクロードも何も言えなかった。

「私はともかく、貴方はいかがですか?お父様とお母様に、酷い扱いを……」

 口篭る彼女を、何故か彼は不思議そうに見る。

「別に、俺は二人に対してなんとも思ってない。好きとか嫌いとかよく分かんないし」

 そこで一度、考える素振りを見せてから口を開く。

「でも、俺は、俺が悪いって思ってる。母さんも父さんも、望んで俺が欲しかった訳じゃなかった。周りは普通なのに、自分達だけ違う異物が生まれたんだ。二人は被害者だよ」

 彼は気づいていない。

 彼の言う通り、親は子を選べない。だが、それは逆も然りだ。子も親を選ぶことは出来ない。彼だって、周りと違う自分を認めてくれる両親の元に生まれる可能性だってあった被害者だ。

「それに、アカは酷い扱いって言ったけど、別に俺にはあれがふつ、」


「おいッッッ!アレはどこだッッッ!」


 夜闇を切り裂くように、大きな声が響き渡る。

 酒に焼けた、特徴のある掠れ声に、一番先に反応したのはクロードだった。

「あ……と、父さんだ……ッ」

 目に見えて狼狽える彼は、先まで話していたノエとカロンを振り返ることなく、家の中に入っていく。


 クロードが家に入ると、まず大きな張り手が風を切って頬に当たる。

「テメェ、何勝手に出てんだ……そんなに俺を惨めにしたいのか?自分が銀だってことを、そんなに誇示したいのか?」

 何も答えない。

 いつもそうだ。ここで口答えすれば、もっと酷い扱いを受けることを知っている。

 ノエに言いかけた言葉だが、この時のクロードにとっては、親に存在を見て貰えない・暴力を振るわれる、といったことはただの日常でしかない。

 父はいつも片方にしか目を向けない。視野が狭くなっているのだ。

 母を殴れば、クロードの存在は無いものとされ、逆もまた然り。

 ……しかし、この日は違った。

「何見てんだッ」

 父が振り上げたガラス瓶は、風切り音と共に母を目掛けてやってくる。

 殴っていたクロードではなく、何もせず、じっとしていた母に……。

「待ッ!」

 息子の手は、母には届かなかった。



   ***



 一通り暴れ終わった父は、舌打ちを1つ零してから家を出ていった。

 額を抑える母の指の間からは、ダラダラと血が流れ続ける。彼女は何も言わない。

「かあさ、」

 彼の母は、額から血を流し、涙を浮かべながらも、憎しみを込めた瞳でただ一言、自分の息子に告げる。

 珍しくも、心配そうな彼の表情には気付かぬまま。


「お前なんて……死んでしまえばいいんだ……ッ」


 目を見開く。ドクドクと心臓の音がうるさい。

 傍から見たクロードの表情は、空気を奪われ、呼吸を奪われ、喘いでいるようだった。

 そんな彼を、彼女は尚も睨みつけたまま外へ出て行ってしまった。どこに行ったかは、分からない。



***


「クロードッ」

 両親が完全に離れたのを見送ってから家の中に飛び込んだノエとカロン。その目に写ったのは、尚も呆然としているクロードだった。

「……母さんは『産まなきゃよかった』とか、『お前のせいで』って言ってはいたけど、『死ね』って一度も言ったことがなかったんだ」

 少年の言葉は、囁き声で、耳をすませなければ聞こえない。誰に伝えるでもなく、それは空中に霧散した。

「くろ、」

 彼はゆっくりと二人の背を押し、家から追い出す。

 力は差程入っていないのかもしれないが、二人にはそれを振り払うことが出来なかった。

 窓の外から部屋を見守る。生気を失った瞳が、彼の絶望を表す。

 二人の心配をよそに、おもむろに掴んだガラス瓶の破片を喉元へと近づける。握りしめた手を真っ赤な血が伝い、滴り落ちる。


「クロードッ」


 ノエの伸ばした手は、しかし、彼に届くことは無かった。__その瞬間世界は動きを止めたからだ。ノエとカロン以外の生物が、風景が絵画のようにリアルさを失ったのだ。彼の手から零れ落ちた一滴の血も、空中で動きを止める。


 そして、世界は目まぐるしいスピードで動き始める。


 さっきまで見えていた月が消えたと思ったら、沈んだはずの太陽が西から昇って東に消えていく。また月が出てきて消える。踏みしめたはずの草が立ち上がり、この三日の成長を無かったことにする。

 それを三回__ノエ達がこの世界に来てから過ごした日数分巻き戻ると、ようやく世界の逆再生が終わった。その間、二人は見送ることしか出来なかった。

「なっ……」

 気づくと、ノエとカロンは三日前の夜の中に存在していた。ひとつ、最初と違うのは立っている場所が空き家でなく、クロードの家の前ということだけ。

「どういうことだ……」


 __カロンの小さな呟きへの答えを持った者は、残念ながらその場にはいなかった。

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