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アマリリスと狼  作者: 鷹弘
第2章◇珍種売買と狼◇
43/53

◇8話◇金持ちは家がでかくて困る

「ここ……か?」

 俺ら三人の目の前には、大魔王の屋敷__(もとい)、ネル=ロイヤー邸がそびえ立っていた。



   ***



 ゾラさんに渡された手書きの地図は、本当に手書きとは思えないレベルで精密かつ、緻密だった。そこら辺の本に載ってそうなくらい、細かい。そしてもう一度言う、精密だ。

「これ……オレらの目の前で書き上げてくれてたよな……?」

「だったはずです……」

 そう。今カロンが言った通り、これは俺らの目の前で書き上げられていった。姿が作り上げられていった。……信じらんねェ。

「さて、地図の作りが半端ないのはさて置きまして。どうやって接触しましょうか」

 もう一度屋敷を見る。

 流石に国王であるヘルの城に比べたら、断然小さいが、それでも普通の貴族の建物の中では、絶対に巨大な部類に入るだろう。鉄扉からは、入口が霞んで見える程長い道が続き、それを挟み込むようにこの時期にあった花が咲き乱れていた。芝生が広がる中庭には、噴水に、よく分からん人の銅像に、ブランコや滑り台といった遊具に、東屋__。統率が取れているようで、どこかズレてるものが配置されている。

 それらを横目に、舗装された道をゆっくり歩んでいく。

「ここの主、ロイヤー氏は趣味が悪いのでしょうか」

「なんでそう思うんだ?」

「だってカロン、考えてみてください。こんな門から家までの距離が長いだなんて、途中で餓死したらどうするんです」

 無ェよ。なんだよ、家目の前にあんのに、その途中の道で倒れて餓死って。間抜けにも程があるだろうが。そんな間抜けた奴に捕まる程、人外は弱く無ェよ。


 数分後、ようやく屋敷の入口に辿り着く。ちゃんと見て欲しい。たかが屋敷の入口に着くのに、数分もかかるのだ。長いわ。

「さて、じゃあどうやって__」


__リンゴーン__


「ごめんください」

「おいッ!?」

 この赤ポンチョ、なんの躊躇いも無く、扉の横に設置してあったベルを鳴らしやがった。

 重い音が、辺りにこだまする。

「これで向こうが罠とか仕掛けてたらどうするんだッ」

「その時は、まあ……ねェ?」

 『ねェ?』じゃねーよッ。

 すると、ベルを鳴らしてから暫くして、物腰柔らかそうな笑顔の初老の男性が扉から現れた。

「申し訳ありません、お待たせ致しました。本日はどのようなごよ」

「ネル=ロイヤーはどこですか」

 自身の言葉を遮った目の前の少女、ノエの鋭い声に対して、執事は穏やかな笑みを絶やさないまま、尋ねてくる。

「……旦那様にご用事ですか。失礼ですが、アポイントメントは」

「取ってるわけ無ェだろ。いいから、さっさとあいつ出しやがれ」

 カロンさん、ヤクザかよ。

 ハラハラと二人を見ていると、何故か執事さんはこっちを見てから、一つ頷いた。

 ……なんだ?

「なるほど……。それでは、旦那様に本日のご予定を聞いて参りますので、どうぞ客間にてお待ち下さい。案内は別の者に任せます。すぐに案内人を呼びますので、申し訳ありませんが、少々、こちらでお待ちください」

 そう言うと、執事は去っていった。

 代わりにやって来た、フリフリした丈の短い服を着た若いメイドが、俺達を客間へと案内してくれた。ちなみに、この人は継ぎ接ぎではない。


「それでは、どうぞごゆっくりとお寛ぎ下さぁい」

 甘ったるい声で挨拶をしたメイドは、浅めのお辞儀をして去っていった。そして、残ったのは俺達。

「案外簡単に中に入れたな……」

「なぁ、この菓子って食ってもいいと思うか?」

 ソワソワしているのは俺だけのようで、カロンは呑気にそう尋ねてきた。因みに、ノエは静かにソファに腰掛けて入るものの、キョロキョロと辺りを見回すばかりである。

「いいんじゃねェの。ノエ、あんまりキョロキョロすんな」

「ッ、すみません。こんな広い部屋で何もせずに待っていろと言われたのは初めてでして」

 まあ、確かにそうそう体験はしないだろうが……。

「あのなァ、二人とも。そもそもここに来た目て」


「遅くなってしまい、すまないね」


 窘めようとした、その時だった。なんの前触れも無く、やけに仕立てのいい服を着た男が部屋に入ってきた。

 身長はやや低め、横に広い、オールバックの男。腕には控えめに、しかし誰が見ても高いだろうと分かる時計。ネクタイピンも、宝石が嵌め込まれている。その他にも、いかにも値段が高いと分かるものばかりをぶら下げていた。

「君たちかな?私に用があると言うのは」

「と言うと、貴方が……」

「あぁ、これは挨拶が遅れたな。__初めまして、私はネル=ロイヤー。しがない貿易商だよ」

 “ネル=ロイヤー”……。現在、黒幕有力候補の男。

 そっと部屋の中に視線を巡らす。警備員、若しくはボディーガードが、ドアの前に二人、ドアの外に恐らく二人。これだけあからさまに警備員ですという態度をとっているのだ。全員が全員、何らかの武器を持っているのは明らかだろう。武器を持っていないとすれば、目の前のネル=ロイヤー自身か、その横に立つ、細身の秘書のような細身の男だろう。彼の赤いハンカチが、黒服だらけのこの部屋でよく目に付く。

「さて」

 そこで、彼の声で俺は視線を元に戻した。

「君たちが来たのは執事から聞いたが、いったい何の用かな?記憶違いで無ければ、君たちとは初対面なはずだが……」

 はて、と首を傾げる彼に、一番に返答したのは……もう予想できているだろう。


「単刀直入に言わせて頂きます。今まで攫った人外の方々の身柄を至急、こちらに引き渡してください」


 だからさァ……!直接的すぎるんだよ、お前はいつもッ。

 多分だが、今俺はカロンと同じ表情をしている事だろう。

 そっと顔を伺うと、ネル=ロイヤーは、呆気に取られた表情を見せる。が、次の瞬間には、その口元が三日月型へと変貌し、最後には、大声が漏れ出す。

「ふ……はっはっはッ!何を言い出すのかと思えば……」

 対してノエは、笑われたことがただ不愉快だと、顔に書いてある。それを見て、更に目の前の彼の笑い声は大きくなる。

 暫くして、笑いが収まった彼は、余裕そうな笑みで答えてくれる。

「はァ……。お嬢さん、まずは名乗るのが先だろう?そして目的だ。が、まあそれは今はいいさ。面白い事を聞かせてもらったしね。何だったかな?私が攫った人外?」

 余裕そうな笑みは、やがてニヤニヤとしたいやらしい笑みへと、変わっていく。

「面白い、本当に面白いよ。……だが、残念だったねェ。君が言っているのはアレだろう?最近、人外が大勢誘拐されているという、あの事件のことだろう?」

 彼の言葉に、ノエの殺気が膨れ上がる。ドアの近くにたっていた男達が揃って懐に手を入れるが、それを秘書の男が手で制する。

「勿論、私は貿易商を営んでいるからね。そういった事件などに精通している知り合いがいるのさ。だから、耳にはしている。いやァ、本当に悲しい事件だ。私の取引先にも多数、人外の方がいるからね。皆、不安に感じているそうだ」

「ですから、それは貴方が犯人では無いのですか」

「証拠は」

 短く、低く告げられた言葉に、今日初めて、ノエが言葉を詰まらせる。それを逃さないよう、さらに畳み掛けてくる。

「いきなりなんの連絡も無しに押しかけ、こちらが友好的な態度でいたら、名乗りもあげずにいきなり犯人扱い?あまりにも礼を欠いているのではないかね?そもそも、君。君はこの二人の保護者なのではないのかい?ちゃんと面倒を見たまえよ」

 今度は、彼の言葉の矛先がこちらに向けられる。だが、俺は彼の話なんか聞いてなかったし、意識も向けていなかった。俺がずっと注意していたのは__。


「なぁ。秘書……っぽいあんた。なんでハンカチが無いんだ?」


 その言葉を発したと同時に、俺はソファに座る被保護者の二人にタックルする。振り返れば、柄が赤い布で覆われた短剣がソファに深々と突き刺さっている。秘書っぽい男の腕は、何かを投擲した後のように真っ直ぐ水平に突き出されている。続いて、何発もの銃弾が俺たちを追撃してきた。ギリギリ躱せたが、後ろの壁は蜂の巣状態だ。

 ロイヤー邸の人間達は、さっきまでの無害そうな雰囲気から一転、張り詰めた空気へと変わっていた。

「これで決定……かな?」

「なるほど……。執事が君は人外だから注意した方がいいとは言っていたが、ここまでやるとはなァ」

 困ったな。

 台詞に反して、その表情は楽しくて仕方がないといったものだった。

 部屋の中では、全員既に武装しており、銃口が、ナイフの切っ先が、俺ら三人に向けられていた。

「クロード、これは仕方がない状況というやつですよね」

「そうだな、リリーの言う通りだ。今更止めねェよな?フェンリル」

「ったく、しょうがねぇなァ……。さて、じゃあ反げ」


__ドンッ__


 言葉を言い終える前に、何かが胸を強く打った。次に襲ってきたのは、激しい痛み。倒れる前に見た自分の胸は、何故か真っ赤に染まっていた。


「クロードッ!」


 息をするのが辛いほどの痛みと熱さとは逆に、異様に冷めていく脳。

 最後に見えたのは、珍しく泣きそうな顔をした、真っ赤な少女だった。

 程なくして、俺の意識は闇の底へと沈んでいった__。

次回からは、第三者目線で話を進めていきます!

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