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アマリリスと狼  作者: 鷹弘
第2章◇珍種売買と狼◇
29/53

◇1話◇レッツゴー、他国

「全員注目ッ」


 グレイプニルやら、ノエとカロンの追放やらの件が終わってから、一ヶ月が経ったある日のこと。

 筋トレをしていたカロンと、風呂に入っていたノエはこちらに注目する。……って!

「おいッ、ノエ!お前は服を着てから来いッ。嫁入り前の娘がそんなッ」

「タオルは巻いてます」

「そういう問題じゃないッ」

 ノエはドヤ顔で腰に手を当てるが、タオルという軽装備に、俺は気が気じゃない。特に何が心配かって、こいつの兄だよ。

 ノエの兄であるイヴさんは、とにかくシスコンなので、ノエが本格的にここに住むことになってから、度々ここに顔を見せに来るようになった。理由は、俺がノエを襲ってないか。

「襲うわけねぇだろうがよォ……」

「何を項垂れてるんです?」

 何とか説得して着替えてきたノエは、そんな所にいるな邪魔だ、と言わんばかりの顔で俺を見る。お前のせいだよ。

「で、フェンリル。何が注目だ?」

 カロンの一言で、最初の要件を思い出した。

「そうそう。明日、俺はある奴のところへ行きます」

「そうですか」

「いってらっしゃい」

 冷たい奴らだ。俺、泣きそう……。

 まあ、本気で泣くわけでは無い。それに、ただ報告するだけなら、注目させたりなんてしない。

「いってらっしゃいじゃなくて、お前らも行くんだよ」

 俺の言葉に、二人は不思議そうにこちらを見てくる。

「何でですか」

「そいつが、お前らに会ってみたいんだと」

 俺は今朝受け取った手紙を見せながら続ける。

「これが今朝来たやつな。こいつに、お前らも連れて来いって書いてあったんだよ」

「クロード、手紙くれる相手いたんですね」

 今日もノエの毒舌は絶好調です。そして、俺はそのせいで絶不調……。

「ところで、そいつ誰だよ。オレらのこと知ってるって事は、オレらが知ってる奴か?」

 カロンは至極当然の事を聞いてくる。おかげで説明しやすい。本当にいい子、誰かと違って。

「あー、知ってるっちゃ知ってる。けど、知らないっちゃ知らない」

 二人の頭上にハテナマークが見える、気がする。

「なんです、その回りくどい言い方」

「ほら、この前。グレイプニルの居場所を提供してくれた奴がいるだろ?そいつだよ。今度そいつの手伝いをする条件でこの前は情報提供してもらったの」

「つまり、そのお手伝いが、今回の手紙ですか」

 そういうこと。理解がお早いようで何より。

 しかしノエは、それでも納得出来ないのか、眉根を寄せている。

「なんで、私達まで行かなきゃなんですか?」

「さあ?俺もそこら辺はよく分からん」

 本当によく分からないのだ、あいつの考えは。恐らく分かるやつなんていないんじゃないのか?

「で、その人って誰なんだよ」

 カロンは、筋トレに戻ったまま質問してくる。

 俺は、そいつの名を、出来ればあまり積極的には関わりたくないそいつの名前を口にする。


「ヘル=ニヴルヘイム。俺の又従姉妹だよ」



   ***



 数日後、俺らは辺りが霧に覆われた土地に立っていた。全員、疲労困憊。


 ここに来るまでに時間がかかった。二人が同行することに関しては、世話になった礼が言いたいとかで、快諾してくれたから問題無し。ただ、行く場所が場所だった。

 そこは、俺らが住んでいる森とは、違う国だった。だから、歩いたり、馬車を雇ったりと、手順が多いのだ。しかも、奴がいる場所は、国の中の国と言うのか。独自の文化を持った一つの国が国の中にあるようなもので、薄気味悪いし、あまり人が寄りたがらないので、途中から完全に歩かなくてはならない。

 流石にノエもカロンも、疲れている。しかし、ここはまだ入口だ。こんな所で野宿をしたら、“取り込まれる”。

「クロード、ここは一体……?私、地理はあまり得意ではありませんが、ここが明らかに最初言っていた国とは違うのは分かります」

「ここは、“エーリューズニル”。俺らが最初に来た国の中にある、国の名前」

「国の中に国……?」

「そう。ここは、端的に言えば、死に一番近い国。だから、人が寄り付かない」

 死に一番近いと言った瞬間、カロンの体が、小さく揺れた。まあ、普通の反応だよな。しかし、忘れてもらっちゃ困る。ここには普通の反応を示さない奴がいるのだ。

「へぇ、そうなんですか。で、クロードのお知り合いはどちらに?」

 流石はノエさん。全くもって動じない。カロンは有り得ない物を見る目で彼女を見る。お前の幼馴染みだぞ、そいつ。

「そいつは、あのデッカイ城にいる」

 俺が指さした先には、明らかに他とは雰囲気も大きさも違う、立派な城が建っていた。流石のノエも、これには驚きが隠せていない。

「あ、のクロード。つかぬことをお伺いしますが、そのお知り合いの方の職業は……」


「この国の女王様」


 俺の返答に、ノエはとうとう目を見開いた。



   ***



 目の前に、城の門。後ろに城下町。俺ら三人は馬鹿みたいに、揃って門を見上げている。

 すると、門の中から小柄なメイド服の女性が出てくる。

「ようこそおいでくださいました、クロード=アルジャン様ご一行。主が中でお待ちです」

 なかなかの美人だ。深緑色の髪は編み込みにされて、後ろでお団子のように纏めてある。全体的に細身で、余分な肉が付いていないのが、メイド服越しにも分かる。うん、本当に美人だ__顔の大きな縫い目を除けば。

「ではこちらへ」

「おいフェンリルッ!あの人の顔なんだよッ」

 カロンが小声で訴えかけてくるが、俺に聞くな。

「カロン、あんなんで驚いてたら、この先やってけないぞ?」

「この後もまたなんか出てくんのかよ!?」

 ノエはというと、女性の髪型をじっと見ていた。……興味あんのか?

「あの髪型、なんでああなるのか理解が不能です」

 お前、仮にも女子だろ。

 俺はこれから奴の相手をしなくてはならないのに、こんな二人が一緒にいて大丈夫なのかと、不安になった。



   ***



「こちらが、主のいらっしゃる部屋です」

 部屋と言うには些か扉がでかい。どんな巨人だよ、お前の主。

「では、(わたくし)はこれで失礼致します」

 そう言うや否や、女性は足音も無く、来た道を引き返して言った。後に残ったのは、獣耳男と二人の子供。

「とりあえず、ノックしてみる__」

「ノックなんて覚えたのぉ?成長したわねぇ」

 扉に触れる前に、中から声がした。語尾の伸びた、女の声。俺の身体は知らない内に固まっていく。

「ほらぁ、早く入ってらっしゃいよぉ」

 その言葉と共に、扉が勢いよく、内側へと開く。直線上にいるのは、背丈の倍はありそうな背もたれに寄りかかった、女だった。

 彼女は背中で波打っている長く青い髪を持ち、瞳は緑がかった黒い色。服は大胆にも胸元が開けている。まあ、こいつのこの格好には既に慣れたのでなんとも思わないが。

 髪色と同じ、青い口紅を付けた唇が三日月型へと歪む。

「んふふふ、本当に連れてきてくれたんだぁ。いい子」

 ゆっくりと部屋に足を踏み入れる俺と、それを慌てて追う二人を見て、彼女は笑う。至極楽しそうに。

「さて、とっ。初めまして、お二人さん。あたしはこの国の女王様で、ヘル=ニヴルヘイム。よろしくねん」

 とびきりの笑顔で挨拶。

 二人はと言うと、女王という言葉に反応したのか、すぐに顔を下げて順に挨拶した。敬うべき相手への対応は、村で十分に鍛えられているらしい。

「は、初めまして。第二十五代目の【赤ずきん】、ノエ=エカルラートです」

「同じく、第二十五代目【狩人(シャスール)】のカロン=カルヴァン、です」

 二人の堅苦しい挨拶に、ポカンとした後、彼女は大声で笑った。王族らしからぬ笑い方だ。

「……おい、ヘル。もういいだろ、からかうのは」

「あらん?酷いわねぇ、からかってなんていないのにぃ」

 俺の言葉に、ヘルはつまらなさそうに頬を膨らませた。

「え、からかうって、まさか女王ってのは嘘なのか!?」

「違うわよぅ、あたしはちゃぁんと、女王様よ。但し、“死者の”ね」

 ヘルの言葉に、カロンが固まる。ノエも、驚いた顔で彼女を見つめる。

「もぅ、クロードったら全然説明してないのぉ?」

「実物見た方が早いだろ」

「ほぉんと、適当なんだから」

 プンプンと怒りながらも、彼女は笑っている。本当に彼女を怒らせたら、言葉なんて発する間もなく殺されてしまうのだから、これはただのポーズだ。

「ふぅ。じゃあ、まずは説明からなのねん。

 改めまして、あたしはヘル=ニヴルヘイム。この国、エーリューズニルの女王よ。そこにいるクロードとは、又従姉妹。あたしの他にあともう一人、クロードの又従姉妹はいるんだけど……。ま、その子はおいおい説明するとして。

 この国は、簡単に言えば、死者の国よ。ある人は冥界とも呼ぶわねん。死んだ人間、動物。生きとし生けるものの残りカスみたいな奴らが、集まるわ。っていっても、ここに来るのは罪人の魂だけ。みんなの言う、地獄っていうのに、に落ちるまでの間、ここで寛いでるって考えてもらって構わないわよぅ。だから、お二人さんも、悪いことして死んじゃったら、ここに来るかもねん。

 説明はこのくらいかしらぁ」

 そう言って、彼女は話を締めくくる。まだ言ってないことがあるが、それは彼女にとって切り札のような物なので、黙っておいていいだろう。

「な、るほど。理解しました。まさかクロードに王族の知り合いがいたとは……」

 なんだそれは。俺の育ちが悪いって言いたいのか。まぁ、森に住んでるし、一概に違うとは否定出来ないが。

「それよりも、気になったことがあるんだけど……です」

「んー、なぁに?カロンくん。あ、敬語とか要らないわよぅ、あたしはフレンドリーな関係がだぁい好きだから」

 こいつの喋り方に慣れないのか、服装の際どさに慣れないのか。カロンは微妙そうな顔で疑問を口にする。

「あの、この前、グレイプニルって奴の件で協力してもらったって聞いたんだけど、なんであんなのが分かったんだ?場所なんて。しかも女王様ってことは、容易にここを離れられるわけでもねぇだろうし、そもそも距離がある。なのに、あんたはたった一日であいつの住処を見つけた」

 カロンは、意外とよく見てるし、覚えてる。これは一緒に暮らすようになってから、よく分かった。

 例えば、物の配置は当然のように、基本把握してる。ノエがものを無くした時も、最後に使ってた場所を知っていたりする。

 そんな彼の言葉にヘルは、面白いと言わんばかりの表情で返答する。

「よぉく、覚えてたわねぇ!クロードとは大違いっ」

「おい、俺だって別に忘れては__」

「うんうん、それはねぇ、あたしの特異性にあるのよん」

 俺を無視した彼女は、自分の重要な事の一部を教えている。

「特異性?」

「そぉ。あたしは、死者の国を統べるから、当然、国の人全員覚えてるわぁ」

 普通の王様は、国民の名前全部なんて覚えられません。ほら、二人がポカンとしてる。

「でもぉ、死んでる人ってのはつまりは元は生者でしょう?だから、あたしは生きている人も監視して、この人死ぬなーってのを見つけるの。で、もし罪人とかじゃない人が来たら、ちゃんとした場所に連れていくのよん。それが、あたしの特異性、『死者の書架』って、あたしは呼んでるのよぅ」

 カロンは面白そうに話を聞いていた。ノエはというと、そんなこともできるんだぁ、くらいの気持ちだろう。これも、一緒に暮らすうちに分かったこと。この二人、実はカロンの方がしっかりしてて、ノエは割とズボラでいい加減だ。

「へぇ、やっぱり女王だからそういう特異性があるってことか?」

「あら?話してないのぉ?」

 俺は、ギクリと、肩を揺らす。こちらに向く視線から逃れるように後ろを向く。

「んふふ、言ってないんだぁ。言っちゃおっと。

 あのねぇ、あたし達、又従姉妹__又ってつけるとなんかダサいし、従姉妹って言っちゃうわねぇ。あ、でも正確には違うから勘違いはダメよぉ__の三人はそれぞれ特異性を持ってるのよぅ。もう一人の子は、今この場にいないから言い触らさないでおくわねぇ。

 で、クロードの特異性なんだけど、この子は、『レージング』と『ドローレ』と『ゲルギャ』って名前の鎖を自在に生成して、扱うことが出来るのよぅ。でも、【紅狼】の中でも特に力の強い【銀狼】に生まれたクロードは、それを使うまでもなく、大体の相手は倒せるのよ」

「へぇ、そうだったんですか。何故教えてくれなかったんです」

「別に……聞かれて無ェし……」

 正直に言うと、少し恥ずかしいのだ。そんな特殊設定じみたもの。鎖自体は、ただ丈夫ってだけだし。

「もう、俺の話はいいだろッ。それより!ヘル、お前の要件はなんだよ」

 そうだ。そもそも俺達は、こいつとお喋りをしに来たんじゃない。協力してもらった礼に、こいつのお手伝いをするのが、今回の目的だ。

「あぁ!忘れてたぁ。そうそう、あんた達に手伝ってもらいたいことがあるの。意外と急ぎの話なのよねぇ」

 あはは、と笑ったあと、ヘルは急に真面目な顔になる。それは、一国の王者として相応しいと言えそうな顔だった。


「あんた達に__珍種売買業者(レア・バイヤー)を捕まえてほしいの」

はい、第1章終わったその日に第2章へ突入ですっ笑

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