◇15話◇そして、結末
村の入口へと、到着。
村はイヴさんの家から歩いて、三十分程で着いた。
丸太を組み合わせて作られた、大きな門の前には、武装した二人の若い男が立っている。
男達はこちらに気がつくと、片方が小走りでこちらへと向かって来る。
「これは、イヴさん。どうしまし、た……」
まず、イヴさんに話しかけたあと、後ろにいた俺らに気づき、動きが固まる。正確には、ノエの姿に気づき。
「あ……、【赤ずきん】様がお帰りになりましたァッ」
彼は、後ろに控えていた、もう一人の男にノエの存在を伝える。すると、伝えられた男は、驚いた顔をした後、急いで門の横に設置されている高台へと上り、天辺にある鐘を三回、鳴らした。
__ゴーン……__ゴーン……__ゴーン……
重苦しい鐘の音が、辺り一帯に響き渡る。
「先程は急な大声、失礼致しました。
改めまして、お帰りなさいませ、【赤ずきん】様、【狩人】様」
「はい、只今帰還致しました」
「おう」
ノエとカロンはそれぞれ返事を返す。ここまで二人が敬われていることに、俺は驚きを隠せない。様付けって……。
「おや、そちらの方は?」
ようやく、彼は俺の存在に気づいた。いくら、服やカツラで隠しているとはいえ、若干緊張する。
「こちらの彼は、この度私のお役目を協力して下さった方です。お祖母様……長にお伝えしたく、連れて参りました」
「なんと、【紅狼】殺しを協力とはッ。いやはや、どなたかは存じ上げませんが、あの凶悪な奴らの討伐へのご協力、この村の一員として、お礼申し上げます」
「その【紅狼】を統率してるのが、あなたの目の前にいる、俺ですよ」
とは、流石に言えないので、曖昧に会釈して済ましておく。
***
「お祖母様、ノエ=エカルラート。只今帰還致しました」
「ノエ……。【赤ずきん】として儂に話しかけるならば、長と。きちんと呼ばぬか……」
村で一番大きな屋敷。そこの書斎となっている部屋にノエとカロンと三人で向かうと、一人の老婆が部屋の窓から外を眺めていた。
振り返ったその女性は、白髪頭に青みがかった黒い瞳__ノエの婆さんだった。顔に皺が多いのは歳だからこそだが、凛とした表情、佇まい。どれを取っても、実年齢よりも十は若く見える。若しかしたらエカルラート家は、みんな実年齢より若いのかもしれない。
「失礼致しました。
長、私ノエ=エカルラートは、森に住まう【紅狼】のグレイプニルという輩を殺し、その首を持ち帰りました」
「首を……」
ノエは、婆さんへ首の入った袋を渡す。婆さんは何のためらいもなくその袋を開き、中を確認した後に、それを机の上へと置いた。
「うむ、確かに【紅狼】。しかし、こやつ、銀が混ざっておるのか、珍しい……。さぞ苦労したじゃろう」
「いえ、彼が協力をして下さったので、なんとか仕留めることが出来ました」
そこでようやく、ノエは俺のことを紹介する。
「その者は?」
「えっと。クロード=アルジャン、です。森でノエ……さんと偶然出会って、協力をさせて頂くことになりました。俺は、害獣駆除を生業にしているので……」
この設定は、ここに来る道中にイヴさんが考えてくれたものだ。
「そうか。それは感謝いた__」
「カロンが帰ったって!?」
婆さんが感謝を述べようとすると、いきなりドアから大柄な男が入ってきた。彼の目は刀傷のようなものがついており、ただでさえ、筋肉ダルマな見た目を更に厳つくしている。
「げ、親父……ッ」
「カロン!帰ったならまずは家に寄れッ。母さんが心配するだろ」
「婆ちゃんへの報告が先だと思ったから……」
「お前、長に対して婆ちゃんとはなんだッ!……長、申し訳ないッ」
慌ただしい。カロンに一つ拳骨を落としたあと、彼の頭を無理やり下げながら、腰を折るカロン父。
「いや……構わん。カロンはそれが良いところじゃ」
「しかし……ん?なんだ、君」
そこで、俺に気づいた彼。なんか俺、今日気づかれるの遅くね?影薄いのか……?茶髪か、茶髪が原因か。
「この者は、此度の【紅狼】討伐の際の協力者じゃ」
「はぁぁぁ、協力……ねぇ」
男は、無遠慮に俺を見続ける。もう、舐め回すように、見続ける。
居心地悪くて、カロンに助けを求めるように目を向けるが、思いっきり逸らされた。この野郎……ッ。
「お母さん、ノエが帰ったと聞きましたが……」
来客多いな、おい。
男の次に部屋に入ってきたのは、腰まで伸びた黒髪の、控えめに言っても美人な女性。その見た目に、ノエの婆さん
『お母さん』なんて呼んだことから、もう、誰だか想像はつくが……。
「母さん、只今戻りました」
「そう」
ノエの母親は、娘の帰ったという報告に対し、冷たい反応を返す。それがやけに違和感満載な対応だった。
「そちらの彼が、イヴの言ってた協力者のクロードくんね。初めまして、イヴとノエの母です」
そう言って女性は、丁寧に腰を曲げて挨拶をする。物腰の柔らかさが、ノエそっくり。
「あ、はい。初めまして」
俺の存在にすぐ気づいてくれた彼女に、反応が少し遅れる。
それと、少し気になった。今彼女はイヴさんの名前を出す時、顔を少し歪めたのだった。
「ノエ、広場に。皆さんに帰還した報告と、首を祀るのです」
「はい」
祀る?
「カロン、あのさぁ……」
「ん?あァ祀ることか?この村では、【赤ずきん】が首を持って帰ってから一週間の間、広場にある祠みたいな場所に祀っとくんだよ。ノエの婆ちゃんの時は五匹もいたから、祠に入り切らなかったらしいけど」
あ、そう言えばそうだったんだっけ。
「いや、それも気になったんだけどさ。それより一つ聞いていいか?」
「ん?」
「さっきさ、ノエの母親がイヴさんの名前出した時、顔を歪めた気がしたんだけど、それって……」
すると、カロンは急に顔を歪めた。さっきの、ノエの母親程じゃないが。
「あんまり、言いふらすのは良くねェんだろうけど……。
イヴ兄はさ、エカルラート家の第一子だろ?みんな、女の子が生まれると思って、お役目のための訓練とか考えてたんだけど、生まれたのは男だった。だから、ノエのお母さんは、周りに責められて、イヴ兄はノエのお母さんに責められた。
それから十年後、ノエが生まれた。イヴ兄はそれを喜んだけど、それと同時に激しい罪悪感に襲われたんだって。自分が男に生まれたばかりに、可愛い、十も年下の妹に重いものを背負わせたって。
ノエが期限ギリギリの十六歳にお役目に行ったのも、イヴ兄が、『まだ幼い。もう少し待ってくれ』って頼んだからなんだって。ただでさえ、女の子が生まれるのが遅かったってのに、大事なお役目を遅らせたんだ。
だから、イヴ兄の存在は、ノエの母さんにとってはあんまりいいものじゃないんだって」
なるほど、納得した。
一人暮らししてる理由も、きっと母親が関係してるんだろうし、俺が着替えてる時に言った“罪滅ぼし”ってのも、これを指していたんだろう。まぁ、妹の方はこれっぽっちも気にしてなさそうだけど……。
「クロード、カロン。今から広場に向かいます。お二人も是非」
ほらな。
それにしても、ううーん。同胞の首が祀られるのを見に行くのか……。ま、殺されたの半分、俺のせいだけど。
***
広場には多くの人が集まっていた。子供、大人。背の小さい奴に、高い奴。男に女……。殆どがノエやカロンみたいに、黒髪か茶髪だったが、中には赤髪や、緑髪など、異国から来たと見られる奴も数名いた。
その全員が、祠の前に設置されている、台の前で待っている。ノエはその台の上へ、首の入った袋を持って、上っていく。
「__皆さん、お待たせいたしました。ノエ=エカルラート、本日帰還致し、見事【紅狼】の首を村へと持ち帰りました」
ノエの一言で、村の奴らは安心したような言葉を口々に漏らす。
俺は、それを少し離れた場所から見てる。側には、イヴさん、カロンとその父親。それとノエの母親がいる。ノエの婆さんは、彼女の近く。台を降りた所にいる。
俺らがそれを見ていると、カロンの父親が近寄ってきた。俺は、耳が聞こえにくい。だから、彼が近づいてきた足音が聞こえなかった。
そして、俺の耳元で言った。
「クロードくん。君、やけに__獣臭いな」
その言葉を聞き取り、避けた時は、もう遅かった。
彼は長く太い腕で俺の髪をわし掴む。正しくは、俺が被っていたカツラを……!
そこから現れたのは、銀の髪に、獣の耳。__本来の俺だった。
近くにいたノエの母親がそれに気づき、目を見開いた。イヴさんとカロンは焦った表情をして、こちらを見ている。
「やっぱりなぁ……。長の執務室が、やけに獣臭いと思ったんだ。しかも、髪の毛と君の目はなんか違和感があった。」
こちらの異変に気づいたのか、村の人が次々にこちらを振り返る。そして、俺に気づき、悲鳴をあげる。ノエは、固まって動けない。
「おい、こいつら取り抑えろ。カロンとイヴもな」
カロン父の声に、若く筋肉のついた男数名がこっちに来る。大した抵抗もできず、俺らは捕まった。
「さて、まずはカロンか。お前、何したのか分かってんのかァ?」
カロンは一言も発さない。カロン父も特に期待してなかったのか、次はイヴさんに質問する。しかし、結果は一緒。
そして、彼は彼女に尋ねる。
「で、【赤ずきん】様。いや、ノエちゃん。これはどういう事だ……?」
これといって、俺を指さす彼に、彼女__ノエは何も答えられない。
俺はノエの婆さんを見るが、彼女は目を閉じて、何も言わない。
「そ、れは……」
ノエは一瞬たじろぎ、言葉に詰まる。しかし、表情を引き締め、カロンの父親を真正面から見据え、台の上から告げる。
「私が、連れて参りました」
その言葉に、周りの奴らのざわめきは静まり、誰もが動きを止めた。俺らを取り押さえていた奴らの腕が緩んだが、逃げようとは思わなかった。
すると、一人の女性が、ノエの元へと早足で寄ってくる。
「ノエッ」
__パシンッ!
場に、乾いた音が響き渡る。それは、女性__ノエの母親が彼女の頬を叩いた音だった。
「貴女はッ!【赤ずきん】というお役目があるのにッ!なんてことをッ!ただでさえ、お役目に行くのが遅くなったのに、こんなッ……!これじゃあ、病のせいでお役目を果たせなかった私の立場はどうなるのよッ」
ノエの母親は、長い、彼女と同じ黒髪を振り乱しながら、休むことなく、彼女の頬を叩き続ける。
ノエの頬が赤みを帯び、とうとう口の端から血が流れ出ても、まだ収まらない。それを止めたのは、ノエの唯一の兄__イヴさんだった。
「母さんッ。もういいだろ!そもそもノエがお役目に出るのが遅くなったのは俺のせ__」
「そもそもも何も、貴方が女の子だったら、ノエがこんな愚かな事をすることも無かったのよッ」
それは、彼にとって、一番の柔らかい部分を刺す言葉だった。
自分が男に生まれたばかりに、大切な、十も年が下の妹に、重いお役目を背負わせた。
イヴさんは、動きが止まって、顔が真っ白になってしまった。それを好機だと、ノエの母親は、また彼女に向き直る。
「ノエ……貴女、掟を忘れた訳じゃあ無いわよね……?」
「はい。『【紅狼】の首を取れず、殺せず、愚かにも逃げ戻り、村に災厄をもたらす者は、例外なく、処刑すべし。その際、その親族も対象とする』です」
「分かってるなら、なんで……。貴女のその軽はずみな、考え足らずな行動のせいで、私達家族も処刑されるのよ。巻き込まれたの」
いい加減にしてよ……。
ノエの母親はそう言って、額を抑えた。
「__とりあえず、この狼は殺していいよな?」
カロンの父親が、猟銃をこちらへ向けながら、尋ねてくる。
「ま、待ってください!おじ様、クロードは私を助けてくれましたッ。私が処刑されるのは掟がある以上、甘んじて受け入れます。ですが、家族と、カロン。それに、クロードだけはどうか傷つけないでくださいッ」
「おい、リリーッ」
カロンの声も聞こえないかのように、ノエはカロンの父親に訴えた後、あろう事か、あのノエ=エカルラートが。気難しい、自信家で、自分がどんなに不利だろうと膝を屈することの無かった彼女が、台から降りてきて、地に頭を付けた__土下座を、した。
「おいおい、ノエちゃん。顔上げな」
ゆっくりとノエに近づき、優しそうな声を掛ける、カロンの父親。ノエは安心したような表情で顔をゆっくりとあげる。しかし、顔を下に向けていた彼女は気づけなかった。カロンの父親は声こそ優しげだが、目が一度も笑っていなかったことを。
「なぁ、ノエちゃん。一つ教えてやる__例外は、無いんだよ」
「え……」
ノエの顔が絶望に染まった。
「家族どころか、うちの愚息まで気にかけてくれたのはありがとよ。でもな、一つでも例外を認めると、そっから全部崩れていくんだ。だから、カロンは罰を受け、ノエちゃんの家族は処刑。もちろん、そこにいる、ノエちゃん曰く“協力者”の狼もな」
地面に正座するノエに視線を合わせるかのように、しゃがみ込んだカロンの父親は、彼女をどんどん言葉で、刺していく。
「そもそもな、【紅狼】と【赤ずきん】が共闘なんて出来るわけないだろ?天敵同士だ、不可能なんだよ。でも、今まで人に対して心を許すことの少ないノエちゃんは、何があったのか、こいつに少し気を許してしまい、愚かにも協力関係が築けたって、考えてたんだよ。でもそれは、君のただの思い込み」
笑顔のままとどめを刺す。ノエは、俯いてしまった。
「なぁ、さっきから黙ってるけど、お前はどう思ってるんだ?狼」
カロンの父親の言葉の矛先が、こちらに向く。
こいつは分かってて、聞いている。
俺の存在を許さない村人の前で、どんなに俺が『そんなことない』と否定しても、意味が無いことを。逆に、俺が何も言わないと、ノエはどんどん、こいつの言葉が本当だったのかもと思い始めてしまうことも。
俺が、どうしようもなくなって、迷った時だった。
「フェンリルッ!何やってんだよッ、違うって言えよッ!協力関係に嘘は無いってッ!それだけだろッ」
カロンだった。未だ、拘束されたまま、懸命に叫ぶ。
その様にはっとさせられた。
「……俺、は。【銀狼】だ。【紅狼】の亜種で、害は無い。俺はこの数週間、そこにいるノエと、協力関係にあった。そいつの思い込みでも何でも無い。寝食を共にして、グレイプニルの首を取った」
「じゃあお前は、本当に同胞を殺したと言うのか?ハッ。信じられるかよ、なぁみんなッ」
思った通り、カロンの父親は周りに同意を求めた。同意を求められた奴らは、口々に彼の言葉を擁護する発言ばかりする。
「そうだ、言う。
俺は【紅狼】の誰かを殺せないならば、そこにいるノエに殺される所だった。俺は死にたくない、だから協力した」
「そんな自分勝手な理由で同胞を殺したやつの言葉を信じろと?」
「そうだ」
ここで、俺が少しでも言葉を詰まらせたり、自信が無くなれば、そこにつけ込まれる。
「貴方、ノエをそうやって擁護して、隙があれば私達全員を殺すつもりなんでしょう?」
ノエの母親が言う。周りはそれを聞くと、再び慌てふためき、俺を殺せという声が響き渡る。
しかし、俺はそれらの言葉には目をくれず、ただ一人。重要人物であるはずなのにも関わらず、未だに一言も発していない人__ノエの婆さんに尋ねる。
「なぁ、あんたはどう思ってるんだ」
「…………儂は」
そこで、その場にいた全員の視線は彼女へと集まる。
「儂は、村を守らねばならん。ならば、掟に従い、ノエを、我が孫を罰するまでじゃ」
「じゃあ、長。あなたの考えをお聞かせ願いたい」
カロンの父の言葉に、ノエの婆さんは、頷き、口を開こうとする。しかし、それを遮る者がいた。
「待ってください、お祖母様ッ。私ならいかなる罰もお受けしますッ。だから、他の人は……!」
「リリー、この期に及んで何言ってんだよッ!罰ならオレが受けるッ」
「おいおい、餓鬼が変な庇いあいすんじゃ無ェよ。長の決定は絶対だ。掟をに従うって言ってんなら、どの道処刑は免れねぇよ」
ノエとカロン達子供の健気な庇いあいは、カロン父という、大人によって中断させられた。それでも、ノエは婆さんの方を向く。しかし、それを婆さんは首を横に振って、拒絶する。
「じゃが、村の掟じゃ」
「お祖母様ッ」
「__ノエ、お前は今日をもって“この村を追放とする”」
「…………え?」
「お前は追放じゃ。これより、いかなる事情があろうと、この村に立ち入ることは許さん」
その場にいる者、全員が動きを止めた。しかし、それ以上婆さんは、口を開こうとはしなかった。いち早く、動いたのは、ノエの母親だった。
「お、お母さんッ!掟を破った者は、処刑っていうのがこの村の……ッ」
「そう。『【紅狼】の首を取れず、殺せず、愚かにも逃げ戻り、村に災厄をもたらす者は、例外なく、処刑すべし。その際、その親族も対象とする』」
「ならッ」
「まさか、長は自分が死ぬのが怖くて、って訳じゃ無ェよなぁ?家族だもんなぁ、掟に忠実になるなら、自分も殺されるのが決まってるしな」
激昴して叫ぼうとしたノエの母親を抑えるように、カロンの父親が言い寄る。しかし、ノエの婆さんは、落ち着いたままだ。
「そんな訳は無い、断じて。儂は、掟に従ったまでじゃ。
ノエは、【紅狼】の首は取ってきただろう」
「それは……」
「じゃが、【銀狼】という、この村にとって災いとなるかもしれない者を村へと招き入れた。二つある罪の内、一つを犯した。ならば。掟に忠実になるならば、その半分の罰を与えるべきと、決めた迄……」
静かに言い切ったその言葉に、村の誰もが口を開いて、反論することは出来なかった。各々がその言葉に納得をしてしまったのだろう。
徐に、俺に歩み寄る、ノエの婆さん。その背丈は俺の半分程しかない。でも、その態度は、姿勢は、こちらが見下ろされているような気分にさせる。
「若き【紅狼】の長よ。本来ならば、この村の代表として、お主に感謝の意を述べ、宴を催し、歓迎をするべきなのじゃろう。だが、我らは決して【紅狼】の存在を許さぬ。例え、お主自身に害が無いとしても、我々は平穏な日々を過ごすには、危険分子は一つたりとも、この村には入れられぬ。この村を守る。それが、儂が背負うべき、お役目じゃ」
そう言って、婆さんは何も言わずに俺に対して頭を下げた。謝罪も感謝も言わず、ただ静かに。その様に、誰かは分からないが、息を呑む音が聞こえた。
「いや……俺こそ軽率な行動を取ってしまい、申し訳なかった。顔を上げて欲しい、誰も悪くはないんだから。俺が協力したことは嘘では無いが、でもそれを信じてもらえるとは欠片も思っていない。だから、皆さんは好きに解釈してくれて構わない。
一つだけ、俺の望みを口に出すことが許されるなら、イヴさんに対しての対応を改めて欲しい。他人の家のことに口を出すべきでは無いけど、【紅狼】討伐は終わったんだ。だったら、イヴさんが責められる必要はもう無いと思う。
それと、カロンに対しての罰は少し緩めて欲しいかな。俺のせいで、こいつまで悪い待遇受けんのは、気分悪ィし……」
やべぇ。図々しすぎたか?
見てみると、予想とは遥かに違った。
イヴさんは、泣きそうな顔をしてるし、凛とした表情を崩さなかったノエの婆さんは驚いたように、軽く目を見開いてるし。
すると、ノエの婆さんはほんの少しだけ、本当に少しだけ、微笑んだ。ノエと、似ている笑い方だった。
「フフッ、本当に害は無いように見えるのう……。お主の先祖の【紅狼】もそうであれば、今のノエとお主のような関係を、我ら全員で築けたのやもしれぬ。
分かった。その願い聞き受けた。そもそも、イヴに関しては、儂も考えておった。いくら男子に生まれたからと、全てを否定するのは違うと、薄々は感じておった。しかし、村の掟がある以上ああやって接してしもうた。……ごめんよ、イヴ」
婆さんのその言葉に、イヴさんの涙が零れ落ちた。隣にいるノエの母親は、気まずそうに顔を歪めて、息子の顔を見ている。
「それと、カロンの事じゃが。あやつは精々、ひと月の門の警護程度じゃろう。まず、元々殺しはせんつもりじゃった」
カロンの父親は、それに対して複雑そうな顔をしている。
「しかし、お主もそこは弁えておるようじゃが、ノエの処罰に関しては覆らぬ。これが、我々が我々たるために付けねばならぬケジメだからじゃ」
「あァ、分かってます」
そして、婆さんは、ノエの方へと問いかける。
「ノエ……。お主の追放は決まったが、これからどうする。家族としての情じゃ。定住先の目星くらいは教えてやろう」
それに対し、ノエは微笑んで答えた。
「お祖母様、私は__クロードと共に行きます」
俺、初耳なんですが。……まぁ、予想はしてたけど。
ノエの婆さんは、その答えを予想していたのか、落ち着いたまま確認する。
「それでいいのかい?森で暮らすのは、常に死と隣り合わせじゃ。それでも、その青年に付き従うのか……?」
「お祖母様、クロードは世界最強と謳われる、我らの宿敵【紅狼】の長です。死など、寄り付きもしません。それに、私は付き従うのでは無く、彼と対等な関係を築き、ここにいる者に、【紅狼】と【赤ずきん】の友好な関係を築けると、生涯をかけて証明して見せます」
その言葉に、婆さんは安心したような顔を見せた。そして、俺の方をちらりと、見た。
「ちょっと待てよッ!」
いい雰囲気を壊す奴が若干一名。__カロンだ。
「なんでリリーだけ、フェンリルと暮らすみたいになってんだッ。俺も行くに決まってるだろッ」
はい!?
「オレも罰を受けるべきなのに、ノエの方が重すぎるッ。オレは【狩人】なのに、ノエの行動を止めなかったッ。ならオレも同じ罰を受けるべきだろ、なぁ、婆ちゃん!」
カロンの突然の言葉に、俺とノエの婆さんが反応しきれないでいると。
「そうだな、おれの大事な大事な妹が、こんな獣耳の変態野郎と一緒に暮らすとか心配でしか無ェな。
おれからも頼むよ……お祖母様」
イヴさんが口を出してくる。婆さんを呼ぶ時、少し躊躇ったように見えたが、顔は柔らかなものを纏っている。……てか、誰が変態野郎だ、コラ。
「……そうじゃな、カロン。【狩人】の責務を全うしたとは言えぬお主も、ノエ同様。この村からの追放を言い渡す」
「はいッ」
追放を言い渡されたのに、カロンの顔はイキイキしている。
こうして、ノエとカロンは今後一切、村に立ち入る権利を失った。しかし、その顔はどちらも晴れ晴れとしていた。
***
そして、その日の夕方。
俺らは村の入口に立っていた。俺の家までは距離があるので、今日はイヴさんの家に泊まらせてもらう予定だった。
見送りに来ているのは、カロンの父親、ノエの婆さん、そして、ノエの母親だった。
「……カロン、お前はどうしようもない馬鹿だ。長が軽くして下さった罰をわざわざ自分から重いものにした。
……絶対に、自分の決断に恥じない行動をしろ」
カロンの父親は、初めこそ、カロンの顔など見たくもないという風に、彼を睨んでいたが、今になっては、息子のちゃんとした成長を誇らしく思っているように、見えなくもない。
「ノエ……今まで、重いものを背負わせて、突き放してしまって……申し訳なかったわ。どうか、その……元気でいて」
ノエの母親は、最後には微笑んで、彼女に声をかけた。やはり、エカルラート家の者はみんな似ている。
「それと、イヴ。貴方にはノエ以上に辛いふうにあたって、存在を無かったかのように接してしまって、ごめんなさい。謝って済むようなものではないけれど、それでも。たまには顔を見せてくれると、嬉しい……」
イヴさんに対しては凄く気まずそうに、喋る彼女の言葉は、急に抱きついてきた息子によって遮られた。恐る恐るといったように、母の背に手を回した息子は、言う。
「母さん……おれは、ノエに背負わせてしまったお役目を後悔してた。だから、母さんの言ってたことは間違ってない。でも、おれっていう息子の存在を認めてくれて__ありがとう」
震え声で、懸命に想いを伝えた息子に、母はボロボロと涙を零した。声も挙げず、静かに、零し続けた。
「【紅狼】若き長__いや、クロードだったかのう。儂の孫をよろしく頼む。まだまだ未熟じゃが、儂らでは出来ないようなことをやってみせた。
……ノエが出会った【紅狼】がお主で、良かった」
ノエの婆さんの言葉に、不覚にも、うるっと来てしまった。泣かねぇけど。
そして、俺らは村を背に、歩き出す。もう、戻ることは出来ない、あの場所を誰ひとりとして、振り返らなかった。
「……ノエ」
「はい、なんでしょうか」
「あぁー……なんだ。その……」
「なんですか、気持ちの悪い」
言葉が見つからず、言い淀む俺にかかる、見事な罵声。うん、これでこそいつものノエだな。
「これからも、だな」
「はい」
「……よろしく」
「はい」
ふわりと、笑って、彼女は答えてくれた。俺もつられて、笑顔になる。
***
俺は、あいつに色んなものを教えて貰った。一人じゃ味わえない楽しさ。罵声を浴びることは多々あるが、その中には友愛的なものが含まれていること。その他にも沢山。
俺のせいで故郷を追放されたあいつ。でも、どうせそんな事言ったら、
「私のしたくてやった事です。勝手に貴方のせいなんかにしないで頂けますか」
とか言うんだろう。だから、絶対に言ってやんねェ。
でも、俺は気づいてしまったのだ。村に背を向けた時、お前が顔を歪めたこと。
それを見て、俺は決めた。対等な関係でいるために、俺は最大限の努力をしよう。
俺は__アマリリスを守るための、狼になろう。
《おしまい》




