◇13話◇子供の成長って早ェなァ……
「いやいやいやッ!俺は関係無ェだろうが!!」
「いいえ、ありますッ。不本意ながら、貴方がいなければ最後に奴の首を落とすことは出来ませんでしたッ」
「そうだぜ、フェンリル。腹くくれよ!」
「カロン、腹くくるの使い方、若干違います。それと、序盤に吹っ飛ばされた人は黙ってください」
「酷いッ」
俺達は、何もグレイプニルを殺した記念でこんな茶番を繰り広げている訳では無い。いや、奴が関係あるっちゃ、あるけどさ……。
***
__三十分前__
「クロード、今回はご協力ありがとうございました。なんとか、【紅狼】の首を取ることが出来ました」
ノエは、奴の首が入った麻袋を軽く持ち上げて言った。
正直、下ろして欲しい。いや、マジで。生首が入った袋なんて、進んで見たいやつなんていない。いるとしたら、そいつは変態だ。
カロンも、これは無理なのか、そっと袋から視線を外している。
変態云々はさて置き、昨日の激しいあの一件で、役目を終えたノエとカロンとはお別れだった。二人とも、村へと帰り、お役目を完遂した事を報告し、普通の生活へと戻る。ノエも、もう殺すための訓練は受けなくていいはずだ。
数日とはいえ、一緒に暮らしたら情も湧く。なんだ、その……要は、若干寂しいのだ。この二十四歳の獣耳男は、情けないことに、寂しさなんて感じているのだ。
「おぅ。まァ、短い間だったが、達者でな。また縁があれば、会おう」
寂しさなんて微塵も見せないように、いつも通りの口調で別れの言葉を口にする。
……そう。ここまではいいんだ。全然。いい感じに別れの言葉を言って、二人を送り出す。なんなら手土産に、森の茸を使ったサラダを持たせた。一番最初にノエに会った時に作れなかったアレだ。
しかし、俺がそう言うと、ノエとカロンはキョトンとした顔をした。正直、戸惑った。そんな顔をされるとは思わなかった。
「何を言ってるんですか、クロード?」
ノエが告げる。
「貴方は協力して下さった方なんですから__一緒に村に来て頂きますよ?」
隣ではカロンが当たり前だ、と言うように首を振っている。
そして、冒頭に至る。
***
「おかしいだろッ。俺は【紅狼】だぞ!?天敵だろ!行った途端に殺されるってのッ」
「大丈夫です。ご自分で言っていたではないですか、『自分は【銀狼】であって【紅狼】とは若干違う』って」
いや、言ったけど!言ったけどさぁ、違うだろ!若干違っても、元は同じだし!俺は【紅狼】の亜種だしッ。
「往生際が悪いぞ、フェンリル。協力者なら殺されないかもしれ無ェじゃん!……いや、やっぱり無理かも」
おいッ。なんだ、最後のそれ!
カロンは急に不安そうな顔で顎に手を当てて考え出す。
「な、なァノエ。カロンも無理っぽいって言ってるしよォ、俺はそもそも殺されないって契約で協力したんだし、お役目終わったら、殺されてもいいよー、ってのは流石に酷く無ェか?」
「そんなこと思ってません。
カロンが心配しているのは、多分お祖母様の事です。第二十四代目の【赤ずきん】。因みに、聞かれる前に言っておくと、私のお母さんは、十二歳の頃に病に罹ってしまい、二十歳になるまでそれは治らなかったので、【赤ずきん】のお役目は務めていません」
へぇー、そーなんだー。……ッじゃなくて!そんな内部事情とかはどうでもいいんだよッ。それより、ノエの婆さんがやばいんだろ!?俺は死にたくは無いッ。
「確かに、お祖母様は現役時代、齢十二にして、【紅狼】の首を五匹分持って帰ったとされる伝説をお持ちです。その時の【狩人】は残念ながら、男子が産まれなかった為にいなかったそうなので、【武器】を考えないとすれば、実質一人でですね」
いや、無理ッ。そんな怪物相手に出来る訳無ェよッ。不可能。協力者だからって許してくれる気がしない。
「ま、まぁでもお祖母さん基本はいい人だからさ」
「“基本は”だろ。俺は明らかに、その基本姿勢をとってもらえる存在じゃ無ェんだよ」
俺の言葉に、カロンは言葉が続かなくなった。だろうな、天敵だもんな。
「何も、すぐにお祖母様の所に行く必要はありません。まずは、別の場所に行ってから、お祖母様の所へ向かう予定です」
別の場所に?だとしても、俺を受け入れるのは、村の人なら不可能なんじゃ……。
「いえ、奴なら平気です。私が言えばどうとでもなります」
「あぁ、あの人か……。確かに、あの人だったらいけるか。ノエが空はピンク色って言えばそうだって言うような人だし」
カロンは、思い至る人物がいるのか、苦笑気味で言う。
「なんですそれ。初めて聞いたんですが」
「昔の話だよ」
幼馴染みの思い出話が始まってしまった。
てか、なんだよそのノエ至上主義みたいな、やばそうな人。……人?不味いな。ノエといい、ノエの婆さんといい。なんかノエ達の村の人みんな怪物の集まりにしか思えなくなってる……。いや、カロンみたいな凡人もいるから大丈夫ッ。
カロンを馬鹿にしてるわけではない、決して。
「で、そのノエ至上主義みたいな人は誰だよ」
聞くと、話を出したのは自分の癖に、苦虫を噛み潰したような顔をして、ノエは嫌々その名前を口にする。
「……イヴ=エカルラート。私の十歳年上の兄です」
お兄さん……?なんかノエは、その我儘っぷりから、一人っ子か妹とかだろうとは思ってたが、十も離れた兄がいるとは。
「お前の十個上ってことは……二十六?俺の二個上じゃんかよ」
「はい。奴だったら、貴方の事に関する相談に乗ってもらえると思います」
「……なぁ、どうでもいい事だけどさ、なんでお兄さんなのに“奴”なんて呼び方なんだよ」
「別に、本人の前では“兄さん”ですよ。でも、本人がいないなら、そう言わなくてもいいじゃないですか。
あの人、気にかけてくれるのは有難い事ですが、ウザイんですよ……とにかく」
珍しい……ノエがウザイとか言う程とは……。
「とにかく。奴は今一人暮らししているので、そこに行きます。森を出てすぐの、村の端にある家に住んでいるので、誰かに見られることはまず無いでしょう。
その後、どうにかして貴方を【紅狼】だとバレないように、もしくはお祖母様に殺されないように説得の言葉を考えてから、村へ行きます」
二人は、あとはお前の意思だけだと言いたげな顔でこちらを伺ってくる。
別に、行くのはいい。殺されるのは絶対に嫌だが。だが、一つだけ気になる。
「なァ、なんでお前らはそこまで俺を村に連れていきたがるんだ?協力者は絶対に紹介しなきゃいけないって訳でも無さそうだし」
そこなのだ。
別に絶対に必要な訳じゃ無ェなら、無理に連れてく必要も無い。ノエの婆さんに対しての、俺の対処方法とかを考える必要も無い。なのに、この二人がここまでして、ノエに至ってはそんなに好きじゃないっぽい、自分の兄を頼ってまで、俺を村に連れていこうとする理由がわからない。
「それは、貴方が私達に新たな考え方を教えてくれたからです」
ノエの口から出た言葉は、俺にとって全く身に覚えのないものだった。
「ん?フェンリル、お前何の事か分かって無ェのか?ったく……。
いいか?オレらは今まで、【紅狼】は出会ったら即殺すべしって教わってきた。それが当たり前だった。なのにお前は、リリーを説得して、殺されないようにし、オレらと一緒に食事をとった。オレらからすればそれは有り得ない事だ。天敵と一緒に和気あいあいと食事して、寝て、家事して。
でも、それはオレらの視野を広げてくれたって事だ。村の奴らには色々言われるだろうけど、でも、オレとノエは、オレらを成長させてくれた、お前をみんなに見て欲しい。こういう奴もいることを、知って欲しい」
驚いた……。本当に驚いた……。
カロンが、ノエが、ここまで思っていた事に、酷く驚いた。
俺はただ、死にたくないからノエに共同戦を提案し、同居するならと、一緒に生活してただけだった。けど、それはこいつらの成長に繋がっていて、それをこの二人は自覚し、感謝の気持ちを感じていた。俺は当たり前のことをしてただけだから、別にそんな風に思って貰わなくても良いのに……。
俺は徐ろに立ち上がり、自室へと向かう。
後ろからは、ノエとカロンの残念そうな雰囲気が伝わる。
「あの、クロード……」
「……待ってろ。すぐに準備する」
「えっ」
聞き返してきたノエに、俺は顔が赤いのを承知で振り向いて、もう一度はっきりと告げる。
「だからッ。今から森の外行くために軽く準備するから待ってろって言ったんだよッ。俺はお前の兄の家なんか知らねぇんだらッ」
めちゃくちゃ恥ずかしい。急いで逃げるように、自室へと向かう。
俺の耳に、リビングから喜ぶようなノエとカロンの声が聞こえてきた。