◇11話◇煽ってます、ノエが
タイトルが若干微妙なので、もしかしたら後日変えるかもです(汗)
もたれかかっていた体を起こし、奴は再度こちらに尋ねてくる。
「そこで何をしていたのかと、聞いている」
殺気が膨れ上がる。奴の目は一度も瞬きすること無くこちらを睨めつけてくる。一ミリでも動いた瞬間に戦闘を開始するかのような、緊迫した空気が辺りに立ち込める。
「私達がここで何かをしていたとして、それが貴方とどう関係するんですか?」
代表して質問に答えたノエを、物珍しそうに見る。自分に怯えない女子がいるのか、と。
その後、俺の方を一瞥してきた。言いたいことは想像がつく。お前は何も行動しないのかと、言いたいのだろう。
「そこは俺の住処だ。だから、関係がある」
「そうですか。そうとは知らず、勝手に上がり込んでしまい、申し訳ありません。
__あぁ、そういえば。家にあったお写真に写っている方々。いかにも“弱そう”で、“間抜けそう”な方々でしたね。あれって、どなたなんですか?」
飛んでいった。
ノエがわざとらしく奴を煽ってから、一秒も経っていないだろう僅かな時間が過ぎた後、カロンが、後ろのテントに勢いよく突っ込んでいった。
グレイプニルは、ノエの真横に立っている。拳は何かを殴った後のように、真正面へと突き出されている。
「クロードッ!」
ノエの声を聞き終わる前に俺は走り出した。幸い、カロンは肩を強く打ち付けたのと、額を浅く切っただけだった。
「アイツ、俺の動きを見切ったのか?」
「いえ、予想したのでしょう。彼はああ見えても【狩人】です。獲物の動きカロンを予想して動くのは十八番です」
カロンを担いで出てくると、二人は一切目線を合わせず、横並びのまま会話を続けていた。
「あァ、【狩人】か。じゃあ、お前は【赤ずきん】か」
「そちらの名前を知られているとは思っていませんでした。どっかの家事大好き狼と違って、貴方は教養があるようで。
改めまして、第二十五代目【赤ずきん】、ノエ=エカルラートです。貴方を殺し、その御首を村へと運ぶ者です。以後お見知りおきを」
「『御首を運ぶ者です』ねェ……。それは無理だな、諦めろ餓鬼」
「なぜ無理だと思ったのですか?理由をどうぞ」
「そりゃあ、お前。今から__死ぬからだろ」
「なるほど、ご遠慮願います」
次の瞬間、閃光と爆風と共に、砂埃が辺りに立ち込めた。僅かな火薬の匂い……ノエの奴、ナイフ以外にも武器あるのかよ。
視力が全く機能できない代わりに、聴覚が異様に鋭くなっている今、耳に届くのは金属同士が擦れ合う時特有の、甲高い嫌な音。
視界が晴れて来ると、そこには【武器】と長く鋭く研がれた爪を交わらせている二人が見えた。
一見、力は均衡しているように見えるが、体格差ゆえか、徐々にノエの方へと重心が傾いていく。
押し潰される間際、わざと刃を逸らし、爪を流してノエは真横へと飛び退いた。
グレイプニルは初め、流され弾かれた己の爪を、不思議そうに眺めた後、ゆっくりとノエの方に顔を向ける。そこに浮かんでいたのはニタリと効果音のつきそうな程の__笑顔。
「クッ……ハハ、ハハハハハハッ!!」
不気味な笑い声と共に、先程とは比にならないほどの速さでこちらへと向かってくる。
***
カロンに対しての、簡単な応急処置を終えて、俺はすぐさま二人の元へと戻る。
「__ッ!ノエッ!!」
そこには、右肩を掴まれ、マウントポジションを取られたノエの姿があった。
相変わらず不気味な笑みをした奴は、焦らしているつもりなのか、殴りかかったりはせずに、肩を掴んでいない腕を見せつけるように、ヒラヒラと振っている。必死に足掻いてはいても、所詮は十六歳の少女。抜け出すのは容易ではない。よく見ると、彼女の手の中にあったはずのシオンは遠くの方へと転がっており、ノエは実質、丸腰状態だ。
「くそっ……!離せッ!」
大胆にもスカートを破った際、露になった太ももには、腕にあるのと同じ刺青が彫ってあった。ノエはそこに手を伸ばすと、シオンと全く同型のギロチンを取り出し、グレイプニルの横腹を切りつける。
「グッ」
奴から溢れ出た血は、彼女の血よりも赤いスカートに吸い込まれるように、消えた。
ノエの肩は、ケープとブラウスが破け、抉られた傷が見える。
俺が駆け寄るよりも、彼女がグレイプニルに向かっていく方が早かった。
しかし、結果としてノエは、先のカロンと同様に、木の幹へと突っ込む形となった。
向かってきた彼女に対して、奴は腹の傷など、まるで最初から無かったかのように俊敏に動き、その長い腕で彼女を吹き飛ばしたのだ。
そして、立っているのは俺とグレイプニルだけになった。
奴の目が、ようやくこちらを向く。そこには先ほどのような不気味な笑みは欠片も無く、初対面の時と同じ、温度が全く感じられない無表情だった。
「子供二人に守られて、自分は一歩も動かない?いいご身分だなァ、【銀狼】ってのは?」
声には揶揄が含まれている。それに一々反応していては意味が無い。
「お前の目的は、お前の両親を殺した【紅狼】と、その原因になったと言えなくも無い俺の爺さんに対する復讐だろ。なら、こいつらを傷つけるのはもうやめろ」
「復讐……なァ。間違っちゃいねぇけど、足りない。
正確には、“両親を殺した奴らをいいように使ってから殺したい”だ。いいように使うには、そいつらの信用を一回得る必要がある。天敵である【赤ずきん】を殺せば簡単だろ。それに、俺はお前の爺さんに復讐したいが、そいつはとっくにくたばってるからお前が、今の俺の標的だ」
知ってる。はぁ……。ノエといい、グレイプニルといい。ここ最近の俺は人生で一番のモテ期なのかもしれない。
俺は、奴の“後ろ”を見つつ、話を続ける。
「そうかい。だとしても、こいつらは餓鬼だぜ?殺してもそんなの当たり前に出来るだろ、って話になんねぇのか?」
「【赤ずきん】を殺した、って事実があればいいんだよ。それに、現・長であるお前を殺せば、俺は正式に長として認められる。あんな奴らに認めて欲しいとは毛ほども思わ無ェが、証人はいるに越したことはない」
まだなのか……。もう、引き伸ばすのはキツいぞ……。
口には出さずに、頭の中で呟く。この意味が通じる奴は、今ここにはいない。
「おい……。お前、さっきからなんだ。上の空で会話とはよォ。自分の最後の言葉になるかもしれないものが、上の空の言葉でいいの、かッ?」
奴が向かってくる。さっきまでノエが相手していたはずなのに、そのスピードは衰えるどころか、増しているようだ。腹の傷も、どんどん深くなっているのに、気にする素振りなど見せない。そもそも、気づいていないのかもしれない。
「重ッ……」
奴の爪による攻撃を、同じく爪で防ぐが、俺よりもタッパのある奴は体重も多い分、圧が凄い。これを三十センチは差があるだろうノエが受けていたと思うと、改めて彼女のゴリラっぷり……じゃなくて、怪力っぷりが分かる。
俺の非力さが伝わったんだろうな。奴が吠える、狼の如く。
「……おい。……おいおいおいおいッ!なんだよ、その腑抜けた様はッ。さっきの餓鬼の方が手応えあったぞ!?【銀狼】ならもっとやれるだろうがよぉぉぉおぉぉ!?」
完全に駄目だ、こいつ。
興奮しているのか、語気ががどんどん激しくなっている奴に、話はもう通じないらしいが、俺はまだ時間を作らなきゃいけない。
「お前みたいなド三流に、使ってやるか、よッ!」
この言葉が引き金となったらしい。
奴は、爪を変形できるところまで変形させて、鋭く出来るところまで鋭くして、こちらへと向かってくる。【紅狼】の主な武器である、爪の形状変化。奴のそれは、通常のものを上回る程の鋭利さを持っていた。また、変形速度も段違いに早い。
こちらも負けじと、対抗するが、伸ばしている途中で、奴の爪が、当たる。要は、折れた。
「あ゛ッ」
剥がれた爪は、地面へ血痕を散らしながら、落ちる。
俺の反応が気に入ったのか、奴は次々におれの爪を折ろうと狙ってくる。なんとか紙一重で躱すが、爪が伸びてる分、もちろんリーチも長くなっている。俺の頬や腕、至る所に切り傷が付けられていく。
「はぁぁぁぁ……。なんだ、お前は【銀狼】なのに、こんなにも弱いのか。あんなにも大口を叩いたのに、弱いのか。残念だ、非常に、残念だ」
地面に倒れ伏した俺を跨いで見下ろしてくるグレイプニルは、さっきまでの興奮はどこへやら。初めと同様、酷く冷めた目で俺を見つめ、終わりだとばかりに爪をより一層鋭くして、俺の首に狙いを定める。
「Un bon cauchemar……(良い悪夢を)」
なんとも不吉な言葉ともに、爪を振り下ろす。やけにゆっくり動いてるように感じるそれを見て、俺は死ぬことを覚悟する。
思えば、何故あの日にキノコなんて採りに行ったんだよ。それが無ければ、ノエとも出会わず、殺されかけることもなく、暴言を吐かれることも、理不尽な暴力を受けることも無かったのに。……けど、それでも、俺は多分何度過去に戻ろうと、あの日のサラダに使うのはキノコだと言って、森の奥に行っただろう。絶対に。
死ぬのはしょうがないとして、ノエとカロンが無事に帰れるかは、少しだけ、気になるなァ。まァ、アイツらならなんとか帰れるだろ……。ノエは【赤ずきん】だから奴に狙われてるけど、そこは【狩人】、男見せろよ。
そんなことを考えて死を待つのみになった俺は、奴の爪が迫る中、視界の隅に写ったものを見て、自分の顔に笑みが浮かぶのを感じた。
やっとか……、遅せェよ。まァなんとか間に合ったし、俺の死は無駄じゃなかったってことで……。
あとは、目を閉じて、痛みを待つのみ。
__バンッ……!カランッ……。
銃声。遅れて、何かが落ちる音。
なかなか来ない衝撃を不審に思い、目をゆっくりと開ける。そこには、爪のみが折られて、後ろを凄い形相で睨む、グレイプニルの姿がある。俺の顔の真横には、鋭利な爪と、なんだか懐かしい気がする__鉛の弾が落ちている。今回はめり込んではいないけどな。
グレイプニルを真似して、視線を奴の後ろに向けると、拳銃を持っているカロンの姿があった。銃口からは白く細い煙が立ち上っている。
「【狩人】なんだから、銃の扱いくらい、心得てんだよ……。猟銃じゃないのが、いまいち格好がつかねぇけど」
ニッと笑っていうあいつは、なるほど。なかなかの男前だ。侮ってた。
何か叫ぼうとしたグレイプニルの頭上に影が差す。視界は、赤に染まる。
「__クロード、お待たせ致しました。……お待たせしたのは私ですが、勝手に死のうとするのは、許しません。万死に値します」
彼女の前腕から、シオンの刃が、肉を喰い破るように生えていた。今更それをツッコム気は無い。
「ふっ……。それ、お前が殺すんじゃん」
__ノエ=エカルラートは、何度傷つけようと、倒れない。