表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アマリリスと狼  作者: 鷹弘
第1章◇アマリリスと狼◇
19/53

◇8話◇シオンさん、良い声ですね

 ノエの腕の刺青から、青い閃光が(ほとばし)る。

 刺青に当てているノエの掌は、あろうことか、腕__正確には刺青__に飲み込まれていく。かなり、視覚的にキツい。血が出ていないから、非現実さが増し、なんとか正気を保てる。

 何か掴んだノエの手は、ゆっくりと引き上げていく。その指が掴んでいるのは、いつかに俺が見た、ギロチンだった。

 それは、不思議な形態をしていた。

 刃は、よく文献にも描かれているような断頭台(ギロチン)と同様。しかし、刃に付属しているものが、通常のそれとは遥かに違う。

 付属されているのは、握り込めるように長方形の穴が空けられている、金属で出来た持ち手。持ち手には蔦葛や唐草などの植物を模した、細かい模様が彫られている。

 長方形を斜めにカットしたような刀身と、金色に輝く持ち手を繋ぐのは、二つの小さな金具のみ。

 齢十六の少女が持つにはあまりにも無骨な、しかし施されている模様ゆえか、逆に相応しいようにも見える、それ。

 重量がありそうなそれを、ノエは軽々と細い腕で持ち上げる。

 自我があると聞いていたから、口とか目がついてると思っていた。しかし、ざっと見たところ、それらは見つからない。

「これが、私の【武器(アムル)】、コンダナシオン、です」

「へぇ……。なぁ、これってどういう風に喋るんだ?」

 次の瞬間、俺の脳に、鈴を鳴らした様な、甲高い音が鳴り響いた。

「__『これ』とか、失礼だな、コイツな……」

 音が鳴りやんだと思うと、声が、頭に響く。この声が例の、コンダナシオンだと言うのは、言葉の内容で理解出来た。

 予想よりも遥かに静かで、低い声だった。凪いだ海を連想させる、聞いていると、落ち着く様な声だ。

 勝手にだが、(ノエ)が契約したなら、【武器(アムル)】も女なのだと思っていたが、声からして恐らく、男なのだろう。

「ノエ……」

「シオン。貴方と私は文字通り、一心同体。私の思考が分かる貴方なら、何故呼び出されたか分かりますよね?」

「あぁ……分かる」

「それでは、」

「で、帰っていいか?」

 ……はい?俺の聞き間違えか?今、『帰っていいか』って言ったか、コイツ。

 ノエとカロンは予め予想していたのか、呆れた表情をしている。

「駄目に決まってますっ」

「アレだろ……?【紅銀狼】とかいう、前例の無い奴を倒すため、僕の力を借りたいってことだろ?」

「分かってるならっ……」

「無理だよ」

 シオンは眠そうな口調で、そう言い切った。

 無理?何故、直接対峙してない奴がそう言い切れるんだ。

「おいおい……【銀狼】、そんなおっかない顔すんなよ……。ノエが言ってたろ?僕とノエは一心同体。ノエの体験は、僕も体験したのと同じこと。だからこそ、言う。アレは倒せねぇよ」

「なんで、そう言い切る。根拠は?」

 俺は、ノエの腕の陣を、刺青を見た時に、彼女の役目の重さを目の当たりにした気がした。この役目のせいで、彼女は普通の女の子としての幸せを、捨ててきたのだろう。

 だからと言っても、彼女の役目のために自分が死ねるかと問われれば、無理だ。俺は汚い大人だ。口では綺麗事を言っても、一番大事なのは、結局自分。なら、せめて役目を終わらせる手伝いくらいしても、いいだろ。自己満足だろうとなんだろうと。グレイプニルを倒すのは、絶好のチャンスだ。それを、やる前から__否、殺る前から無理だと言い切るこいつに、俺は少なからず、怒りを覚えている、らしい。

「根拠……ねぇ。そりゃ、あいつの力量とか」

「お前でも無理なのかよ」

「……可能性は、ある。一応、自他ともに認める程の怠け者の僕でも、【武器(アムル)】という称号に恥じない程度の力はある。そもそも僕達は、対【紅狼】のために生まれた存在だしね……」

「だったら、」

「でも、今回一番無理だと思う根拠は、あいつの動機だよ」

 動機?

「それは、【紅狼】の長になる事じゃないのか?俺にそう言ってきた」

 あいつは、攻撃を仕掛けたあと、確かに俺に言ったのだ。それが、シオンの考える、一番無理だと思う根拠?

「もちろん、そうだろうな……。でもさ、じゃあなんでこの時期になって、急に奴は動き始めた? 見た目からして、恐らく【銀狼】、お前と同じくらいだろ。わざわざ生まれてから二十数年も経った今じゃなくても、もっと前にお前を殺して、長になっても良かったんじゃないのか?」

 確かに……。一緒に暮らしてた先代の長、俺の爺さんの力を恐れていたにしても、亡くなった直後に俺を襲えばいい話だ。長が死ぬと、話はすぐに広まる。俺が一人になったことも、すぐ知れ渡るだろう。

 だが、それは分かるが、結局本題である動機は思いつかない。むしろ、シオンの中では、どんな動機が思い描かれているんだ。

「いや……特には思いついてねぇよ」

「お、おいおい!今さっきの流れだと、お前が意見を言う所だろ!?」

「知らねぇよ……僕は、動機が重要だと考えただけだ」

 でも、それはシオンの想像だ。万が一、それがグレイプニルに勝つのが無理な理由になりうるにしても、肝心の内容が分からなければ意味が無い。

「シオン、つまり貴方は何が言いたいんですか?」

 先程までずっと黙って、俺とシオンの会話を聞いていたノエは、静かにシオンに問う。それに対する、彼の答えは、到底、人間ないし獣人である俺達には、想像もつかないものだった。


「本人に聞けば、いい」


 簡単そうに言ってのけた。

 いや……。確かに、最終的に本人に聞くのは、一番手っ取り早いし、確実だ。でも……。

「わざわざ敵の元に行って、『貴方の、俺達を殺したい動機はなんですか』なぁんて聞く馬鹿はいねぇよ!」

「私も、クロードに同意です」

 何でもかんでも、とりあえず突っかかってくるノエでさえも、今日ばかりは同意を示す。カロンも無言の肯定。しかしシオンは、三人からの意見を全く無視で話を進める。

「いや、確かに、無理だろうけどさぁ。でもよ、あいつはノエが『何者だ』って聞いた時に答えたんだろ?なら、話せばいける可能性もあるって……」

 確かに、あいつは律儀にも名前を教えてくれた。ただの戦闘狂いとか、殺すことしか頭にない奴に比べれば、話は通じるかもしれない。しかし、俺達に出会い頭で深手を負わせた奴だぞ?無理だろ……。

 俺がそこまで考えた時だった。

「分かりました。至急、グレイプニルを探して、話を伺いましょう」

「は、はぁ!?おい、リリー、あいつに怪我負わされたこともう忘れたのか!?」

 ノエの突拍子も無い台詞に戸惑ったのは、どうやら俺だけじゃないらしい。

「分かってますし、忘れてません。ですが、このまま何もしないよりは、会いに行って、話が通じる可能性を信じる方が良いです」

 ノエは、一歩も引かないと言った様子で、カロンに反論する。しかし、カロンもカロンで、幼馴染みを進んで危険な目には合わせたくないらしい。

 俺はため息をついた。どっちの意見も理解できる。

 ノエの、役目を第一に考える真面目さも。カロンの、幼馴染みの安全を第一に考える優しさも。

 だから、ここは汚い大人である俺が、一肌脱ぐ出来なのだろう。汚いからこそ、こういう所で少しでも、良いふうに見せるべきなのだろう。

「分かった……。そいつに会いに行くのは、止めねぇよ」

「なっ、おい!フェンリル、何言ってやがる!」

 カロンは、俺の胸倉を掴みながら、怒りを顕にする。しかし、【紅狼】という、人間よりも圧倒的に強い存在ということを抜いても、七つも年の離れた奴にビビる程、俺は情けなくは無い。

「落ち着けって。 もちろん、俺は自分も、ノエとカロンも、危険な目には合わせたくない。だから、俺達は、あいつの動機が分かった上で、奴を探しに行く」

 カロンは胸倉を掴む腕を緩め、意味が分からないという顔で、俺を見上げる。ノエも同様。

「それは……どういうことかな、【紅狼】。奴の動機を、どうやって探す?」

 言葉が出てこない、ノエとカロンの代わりに、シオンが尋ねてくる。

 俺は、脳裏をよぎった、ある人物を思い浮かべながら、ため息とともに、返答を口に出す。

「俺の知り合いに、調べ物がめちゃくちゃ得意な奴がいる。そいつに頼んで調べてもらってから、探しに行くってこと」

「知り合い……ですか。でも、動機なんて、そんなものすぐに調べられるものですか?それに、時間はあまり無いですよ」

 誰でも思いつくだろう、至極当然の疑問を口に出すノエに、俺は若干のドヤ顔で答える。


「俺を誰だと思ってる? __【紅狼】ってのは、他者との繋がりを持たない、持ちたがらない、って思われがちだが、俺は意外と知り合いが多いんだよ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ