◇7話◇俺って、意外と物知らねェんだな……
__「【武器】、といいます」
得意満面、どうだと言わんばかりの表情で言い切ったノエ。対して俺は……。
「チョップ」
「あ、痛いッ」
お気楽娘の脳天に手刀を降ろす。かなり勢いつけたから、痛いと思う。
「何をするんですかッ」
「『何をするんですか』じゃねーよ!!なんでそれを早く言わない!?」
その事実が早くにわかってれば、俺らはここまで怪我しなかっただろう。
それに、そんな便利な存在があるなら、俺に頼らずとも【紅狼】を倒せるんじゃねーのか。
「それは……」
俺の、ご尤もと言える指摘に対してノエは途端に口篭る。
「なんだよ」
「……わ、」
わ?
「我が儘なんですよ……あいつ」
……はい?
よく状況を飲み込めない俺に、ノエは渋々と言った様子で話し始める。
「【武器】というのは、先程も言った通り、【赤ずきん】の武器です。
彼らは、初めはただの武器なのですが、【赤ずきん】の血液を浴びる事で、私達の遺伝子情報を元に、人格を形成します。そうして、自我を持ち、生命体として変化します。つまり、【武器】とは、【赤ずきん】の分身のようなものなのです。
自我を持っているのだから、当然それぞれ性格が異なります。……私の武器である、コンダナシオンは__極度の気まぐれというか、めんどくさがりで……」
普通は主人に似るはずなのに、どうしてでしょう。
ため息をつきつつ、ノエの話は終わった。一言言わせろ。
__めちゃくちゃ影響受けてんじゃん、主人にそっくりじゃん。
だが、なるほどなァ。そんな気まぐれな性格だったら、【紅狼】殺しどころじゃないか。いや、それが【赤ずきん】のお役目なんだから、おかしいんだけどな。
「つか、血を浴びるとか、物騒だな……」
俺の呟きに対し、呆れた顔をしつつ、カロンが答える。
「お前本当になんも知らねェんだな。
こいつのあだ名、アマリリス。これは牧歌に出てくる、『少女アマリリス』が由来なんだ。
__アマリリスという名の少女は、花にしか興味の無い、羊飼いの少年に恋をした。少年は、花を届けてくれる少女に関心を抱いていた。それを知った少女・アマリリスは神に祈る。すると神はアマリリスに、『一本の矢で自分自身を傷つけろ』と命じた。アマリリスは神から受け取った矢でその通りにする。流れ出た血が地面に落ちた瞬間、美しい花が咲いた。すると、羊飼いの少年はアマリリスに愛を告げた__。
この話から、武器に血を浴びせる【赤ずきん】は、アマリリスと呼ばれるようになったんだ。勿論、血を流す際には矢を使う」
意外と、ちゃんとした起源があったんだな……。それしか感想なんか出ねェよ。
「クロード、カロン。今はアマリリスの起源なんかどうでもいいです。話がズレてます。
要は、【紅銀狼】のグレイプニルに挑むにあたり、コンダナシオンは良い武器になるかもしれない、という話です」
忘れてた。
確かに、わざわざこのタイミングで出すくらいだ。それなりに使えるだろう。それに、ノエの遺伝子情報を元にしてるってんなら、コイツの戦闘力も継いでんだろ?かなり強いじゃねーか。
「ところで、そいつってどこにいるんだ?」
「私の腕です」
……んんん?
「ごめん……老化かな。もう一回言ってくれ」
「ジジイですか。だから、私の腕の中ですってば」
腕……。うで、ウデ?腕……。
ノエの言葉を無意味に復唱する……が。
「どういう事だよ!?初めっから説明しろ!!」
考えてみたものの、やはりと言うか、さっぱり訳わかんなくて怒鳴る俺。それに構わず、ノエは急に赤いポンチョを脱ぎだす。しかも、それだけに留まらず、中に着ていたブラウスのボタンも外し始める。
いきなりの行動に慌てる俺とは違い、流石は幼馴染み。カロンは動じない。なんでだよ。
ブラウスも脱ぎ、肌着になったノエの姿に俺は、嫁入り前の娘がどうとか、男が二人もいるんだぞ、とか。言おうと思ってた言葉が出せなかった。
長袖のそれの下にあったのは、複雑な文様でビッシリと埋められた、彼女の両腕だった。
「これが、コンダナシオン__シオンを仕舞っている陣です。この陣により、私の腕と、外界との間に異空間を作り出し、そこにシオンを仕舞っているんです。ちなみに、見てわかる通り、両腕に陣がありますが、契約してる武器は一つです。片方には本体、もう一方には予備を仕舞っています」
説明を終えると、またブラウスを着始める。
彼女の両腕の文様が、陣が、重く逃げられない【赤ずきん】の使命を表しているようだった。
「あ、武器についてですが、クロードも一回は見たことありますよ」
「は、嘘だろ。いつ?」
「嘘付く必要性が無いです。
私が先日、朝の訓練と称して、木を切り倒した時です」
あん時……?確かあいつが持ってたのは、ナイフと……。
「はい、ギロチンです。私が契約したのは、持ち手のついた、特殊な形状のギロチンです」
あれか……。
「随分物騒な武器だな」
「子供の時に選んだんです……、若気の至りというか、なんというか」
自分で選んだのかよ!?流石ノエ、子供の頃から恐ろしい……。
「とりあえずさ、シオン呼んでみて、どうするか決めようぜ?」
フェンリルも【武器】について理解したみてェだし。
幼い頃の自分の行動を若干恥じるノエと、幼い頃のノエの行動に恐れおののく俺。またズレ始めた空気を、カロンは、至極まともな意見で修正する。
確かに、自我があるならそいつの意見も聞いてみてェな。意見は多いに越したことはない。
「そんじゃ、リリー。頼んだぞ」
「頼んだぞって言われても、そんな呪文とか唱えるわけでもないんですがね……」
言いつつ、ノエは腕に掌を当てる。
さて、噂の【武器】__コンダナシオンってのはどういう奴なんだろうな。