◇6話◇ノエって……どんだけ馬鹿なんだろ
あれから__。
全員が全員、多少の差はあれど、傷を負わされたため、一旦治療のために家へと戻ることになった。中でも重症だった俺は、ノエとカロンに肩を借りなければ歩くのも辛い。
カロンの言っていた【紅狼】の、違和感のある集団行動。その統率者は、十中八九グレイプニルとかいう、奴に違いないだろう。あんな奴に集団の指揮を任せていては、この森は近いうちに軍隊にでも変わってしまいそうだ……。
「くっぅぅ……、痛てェ……!」
「我慢です。幸い、縫合とかが必要なわけでもなさそうですし、これで平気でしょう」
やけに手際がいい。やっぱりアレか、【赤ずきん】となるための修行とか、そういう奴で自然と身についたとか?
「いえ、これはカロンが幼い頃、ところ構わず走り回っては、転び。またある時は狩猟用の罠に掛かって怪我した時とかに、私が治療をしていたからです」
お前かよ。
気まずそうに目を逸らすカロンに、俺は呆れた視線をぶつけるしかなかった。
「さて、とりあえず治療はこれくらいでいいか。ありがとな、ノエ」
「いえ」
とは言っても、これからどうするかなどは全く決まっていない。そもそも何から解決すればいいんだ。
すると、カロンが静かに挙手した。
「あのさ、さっきの大男__グレイプニル、だったか?その名前、オレ聞いたことあるかも」
「聞いたことあんのか!?」
「あァ。
【紅狼】の別名にもなってる『フェンリル』ってさ、元は北欧神話から来てるだろ。リリーがお前の治療してる間に必死に思い出してたんだけどよ、グレイプニルってのは、確か魔法の紐の事だったはずなんだ。
神々は災厄を招くと予言されたフェンリルを拘束しようと考えた。けど、どんなに強固な鎖でも、彼を封じるには至らなかった。そこで、神々は最後の手段として、魔法の紐、グレイプニルを使ったらしい」
オレが知ってるのはここまでだけどな
カロンはそう締めくくった。
【狩人】である彼は、【赤ずきん】を補佐するために、様々な知識を得ていることは知っていた。それこそ、俺__【銀狼】__の存在を知っているくらいだ。
しかし、こんな事まで知っていたとは……。ただの馬鹿キャラじゃ、無いみてェだな。
それに対して、補佐される存在であるノエは、全くもって、聞いたことが無い様子。……大丈夫か、コイツ。
「カロン、つまり彼__グレイプニルは、クロードを拘束しようとしている、ということですか。否、殺そうと、ですかね」
「あァ、可能性は高い。けど、アイツも【紅狼】だろ?アイツの名前だと、自分自身も拘束することになるじゃねーか」
まぁそうだな。
だが、それに関しては一概に言えない。そもそもアイツは、【紅狼】なのか?オッドアイ、紅と銀の入り交じったあの髪。どこを取っても、中途半端だ。【紅狼】としても、【銀狼】としても。
それに、奴は俺に対して言ったのだ。
__『お前は長として相応しくない。長は、俺だ……!』
長になるのは、【銀狼】のみ。それは、絶対に覆らない。だが、もしカロンが見かけた集団の【紅狼】達のリーダーがアイツだとしたら?誰かの下につくことを良しとしない、【紅狼】が従うのは【銀狼】のみ。つまり、アイツは長として、【銀狼】として、奴らの上に君臨していることになる。
「__……ード。……ロードッ。クロード!!」
「えっ」
いかん、考え込みすぎていた。至近距離で名前を連呼したノエに全く気づかなかった……。
「貴方が何を考えていたのかは、残念ながら分かりません。が、これからの活動方針が決まったので一応ご報告します」
「今後の活動方針?」
ノエは普段のやる気なさげなジト目に、微かな光を灯して、俺に告げる。
「__私、第二十五代目【赤ずきん】、ノエ=エカルラートは、【紅銀狼】グレイプニルを捕獲対象と決定致しました」
そんな事を、告げた。
開いた口が塞がらないとは、正にこういう場面で、使うべきなのではないだろうか。
固まってる俺、とカロンを置いて、ノエはさらに続ける。
「そもそも、私がこの森に来ているのはお役目のためです。そして、クロードと同盟を組んでいるのは、共に【紅狼】を見つけ出し、殺すためです。ならば丁度良いではありませんか」
「……な、何が丁度良いだよ!え、てかスルーしそうになったけど【紅銀狼】って何!?」
「とりあえずの名称です。なかなか良いかと」
「語呂悪いから!それに、アイツの強さはお前自身も受けたから知ってるだろ!なんでそんな無謀なこと……」
「そ、それにリリー!アイツは【紅狼】とも正確には言えねえだろ!いいのか?」
突拍子も無いことを言い出したノエさんに、慌てふためく男性陣。しかし、ノエはそれでも揺るがない。
「カロン、クロードは正真正銘の【銀狼】なので、駄目でしょうが、奴は混じってます。だから大丈夫です」
親指を立てて、ドヤ顔を決めてくる。いや、ドヤっ、じゃねーよ。
「それに、クロード。奴の強さは私も重々承知です。それこそ、勝てる見込みはほぼ無いと言えなくもありません」
そこまで分かっていても、止めないって、強情を通り越して、本当に馬鹿だぞ。
そんなことを言おうとした俺を見越したのか、ノエは俺に掌を向けて、黙るように促す。
「勿論、勝てる見込みはほぼ無い。けれど、それは『今の状況のままだと』、ということです。
いつも、カロンは知識を持ってるのにとかなんとか言ってるクロード。貴方こそ、薄識なのでは無いですか?」
そんな勿体ぶっているノエ。カロンは徐々に理解してきたのか、話を待つ姿勢に入っている。今ここでついていけてないのは、俺だけだ。
「だから、何なんだよ。なんか秘策でもあるってのか?」
痺れを切らして、尋ねてしまった俺に、ノエは待ってましたと言わんばかりのニヤケ顔を向けてくる。普段はそうお目にかかれない、珍しい表情だ。
「私達【赤ずきん】は、非常時に自身の身を守るため、とある武器と契約しています。それを__【武器】、といいます」