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アマリリスと狼  作者: 鷹弘
第1章◇アマリリスと狼◇
16/53

◇5話◇カロンの記憶力はあんまり当てにならん

「なぁ、この森って【紅狼(フェンリル)】の群れとかってあるのか?」

 カロンは剣の手入れをしながら、今日の晩ご飯を聞くようなノリで、そんなことを言った。

 ノエに頼まれて__脅されたとも言う__俺が作ったケーキを頬張るノエと、洗濯物を畳んでいた俺は、それぞれの行動を停止して、一斉にカロンの方向に振り向いた。

「……なんでいきなり、そんなことを聞くんですか?」

「いや、ただ気になってさ」

 カロンの歯切れ悪い返答に、ノエが疑いの視線を向けると、観念したのか、カロンはゆっくり口を開く。


  ***


 __オレさ、森入ってすぐにリリーと別行動になっただろ?__勝手に動いて悪かったって……。それでさ、お前と別れてから数日後に、集団の【紅狼(フェンリル)】に襲われたんだよ。__え?怪我?する訳無ェだろ。んで、そん時のオレは、【紅狼(フェンリル)】達に見つかりやすくするために、赤いスカーフを腰に巻いてたから、それに反応して襲いかかったんだと思う。数十分の間、戦闘を続けてたら、いきなりソイツらの動きが止まったんだ。オレは赤いスカーフを外した訳でもないのに。コッチが出方を伺ってると、ソイツらは森の奥に逃げてったんだ。

 【紅狼(フェンリル)】ってのは、群れを作ること自体が稀なのに、それに加えて敵、赤い色が目の前にあるのに、撤退するなんて変だと思ったんだ。


  ***


「だから、もしソイツらが群れに属してるんだとしたら、撤退を促したリーダーが居るんじゃねェかと思ってな」

 カロンは話し終えたあと、ノエと俺から視線を逸らした。大方、襲われたことを黙っていたのが気まずいのだろう。彼は、そういう所がある。

 だが、注目するべきはここじゃない。今、顎に手を当てているノエも、恐らく同じことを考えているだろう。


 まず、群れがあるんだとしたら、いや、俺以外の【紅狼(フェンリル】がいるのだとしたら、何故ノエは一度も遭遇しなかったのか。カロンが出くわしたというのに、だ。

 次に、俺は一応【紅狼(フェンリル】の長だ。全ては流石に無理でも、この森で群れがあるかどうかくらいは、把握できる。なのに、今この森に群れがあるという情報を、俺は知らない。最近出来たにしても、すぐに噂程度なら入手できる。にも関わらずだ。

 そして、最後。コレが俺にとって一番の問題だ。__誰が、その群れのリーダーだ?

 【紅狼(フェンリル)】は、基本群れを作らない。それは、俺らが“世界最強の種族”と呼ばれる事が、一因である。

 世界最強故に、誰かの下につくなど、自分を下だと認識した上で、他人に奉仕するなど、本能が拒否する。だが唯一、【銀狼(フローズ・ヴィトニル)】だけは、他を圧倒する身体能力や、他を従わせるカリスマ性を持つが故に、【紅狼(フェンリル)】達は長と認め、付き従う。

 だが、裏を返せば、この森に住まう【紅狼(フェンリル)】達は、俺以外の下には付かない。【銀狼(フローズ・ヴィトニル)】は希少故に、誕生したらすぐに、近隣にその存在が知れ渡る。俺以外が産まれたという情報は無い。だからこそ、群れが作られる可能性は、ほぼ無いに等しい。


「カロン、その群れはどの辺りで遭遇したんですか?」

 考えがまとまったのか、ノエはカロンに、そんな質問をする。一方カロンは、かなり前にあったのか、少しの間視線をさまよわせて、記憶を探る。

「確か……、森の入口と、この家の中間辺りだったか?リリーと別れてからそんなに時間は経ってないと思う」

「場所は?覚えてなくとも、せめて目印とか__」

「おい、ノエ。こんな森の中で目印になるようなモンがある訳無ェだろ」

 俺が若干呆れて、ノエに告げると、カロンからは、予想外の答えが返ってきた。

「いや!目印ならあったぞ!近くに桜の木があった。流石に花は付いてなかったが、あの木の感じは桜だろ!」

 そもそも、この森で桜の木なんて、あそこ以外に見かけてないしな。

 カロンは、少し得意げな顔をして、告げる。彼の見間違いじゃなければ、これはかなり有力な情報だ。

 彼の言う通り、この森には桜の木がある所なんて、数える程しか無い。なおかつ、森の入口から、家に来る間となると、更に絞れる。

 ノエに視線を移すと、彼女は、 食べかけだったケーキを行儀悪く頬張って、食べ終えた所だった。

「よし、食べ終わりました。ではお二人共、すぐに出掛ける準備をしてください。その桜の木の元へ、向かいましょう」

「え、いきなりかよ!?」

「当然です。私達は、【銀狼】の家でケーキを食べるために、この森に来たのではありません。__【紅狼】を殺すために、ここに来たんです」

 『殺すため』。そう言った時のノエの表情は、ケーキを食べた幸せそうな顔や、朝ご飯にサラダが出た時の不機嫌そうな顔では無く、【赤ずきん】としての、顔だった。【狩人(シャスール)】のカロンよりも、よっぽど狩人っぽかった。


  ***


 その後は各々、着替えてから、俺の知ってる桜の木の場所と、カロンの記憶を照らし合わせて、その場所へと辿り着いた。

「カロン、本当にここか?」

「おいおい、フェンリル。オレを疑うってのか?」

 そりゃそうだろ。

 実はここを来るまでに、二度、別の桜の木の元へ行った。着いた途端は、ここだ!とか言ってたのに、俺の家から見える距離だったり、逆に森に入ってすぐだったり……。全く違う場所だった。だからこその確認だ。だが、この場所は彼の証言にもあってるし、森の入口からも、俺の家からも見えない、けど中間地点の場所だったので、あっているのだろう。

「さて、着いたのはいいが……。ノエ、この後はどうするんだ?近くに人の気配とかは無ェけど」

 俺は、己の獣の五感を利用して、周囲の気配を探るが、それらしきものは感じない。


「当然__気長に待ちます」


 腕を組んで、自信満々に言った言葉は、無計画甚だしいものだった。つまりそれって……、

「なんにも考えてねェんじゃん!!」

「失礼な。一度現れた場所で、待ち伏せ。これ程効率の良い方法がありますか?」

 確かに……。ただ闇雲に探すよりはいいかもしれないが、あんな風に行くぞ、と言われたら、作戦の一つや二つあると考える方が自然だろ。

 そうやって、俺ら三人が口論してる時だった。


 __ザクッ__


 背後で、葉を踏みしめる音がする。全員で一斉に振り向くと、後ろにはフード付きの真っ黒なコートに身を包んだ大男__否、【紅狼(フェンリル)】が一人、立っていた。

 そいつが人間でないと分かったのは、簡単なことだ。コートの裾から、美しい、紅色の尻尾が覗いていたからだ。

「おいおい……カロン、お前があった中にこんなでかいヤツ、いたか?」

 ソイツは、身長一九〇近くはある、巨大な体を持っていた。

 俺の問いに対し、カロンは目を見開いたままゆっくりと首を横に振った。戦闘経験があるからこそ分かる。コイツはかなりの強敵だと……。

 だが、こちらには怖いもの知らずな馬鹿娘、もとい【赤ずきん】サマがいる。

「貴方は、何者ですか?突然何の声掛けも無しに、人の後ろに立つとは、なかなかの無礼者ですね」

 何の声掛けも無しに、俺の背後から銃弾ぶっぱなした奴の台詞かよ……。

 と言うのは、流石に俺も空気は読めるので、心の中に秘めておく。

 大男は、その問いかけに、答えない。

「その隠しきれてない尻尾を見る限り、【紅狼】ですよね。

 私は、【赤ずきん】です。一族の掟により、貴方を__殺します」

 最後の言葉と共に彼女は、地面を蹴って、前進する。姿勢を低くして、地を這うように進む彼女に、しかし大男は動かない。

 ノエがナイフを左手、小型のスタンガンを右手に構えて、攻撃を喰らわせようとした、その時だった。

 __ノエが吹き飛んだ。

 恐らくカロンにはそう見えただろう。何も動く気配の無い相手を、己の間合いに入れた瞬間、ノエが横にある、桜の木に向かって吹き飛んだ。

 だが、獣の、そして【銀狼】の視力を持つ俺には、はっきりと見えた。

 ノエがスタンガンを付き出そうとした瞬間に、素早く腕を伸ばして、ノエの服を掴んだまま横に軽く振った、やつの姿が。

 吹き飛ばしたノエには目もくれず、ソイツは強く地面を蹴り、一足で俺の目の前にやって来る。そして、俺にだけ聞こえる声で告げた。

「__お前は、長として、【銀狼】として、相応しくない。長は、俺だ……!」

 移動した時の勢いのまま、俺の腹に強烈な蹴りを入れた。俺は、胃の中のものを吐き出しそうになりながらも、せめてもの抵抗で、ソイツのフードを剥ぎ取る。その下から出てきたのは……。

 紅色と、銀色の混じった髪。

 紅色と、銀色のオッドアイ。

 俺は、唖然とした。そんな存在、知らない。俺達【紅狼】は、紅色の髪と瞳か、俺のような銀色の髪と瞳以外に持たない。なのに、それらが入り混じっているのなんて……。

 ショックを受けている俺に対し、ソイツは、ノエが落とした短剣を握って突進してくる。反応が遅れた俺は、脇腹を切られた。

「ぅあっ……!」

 俺が傷ついたことで満足したのか、ソイツは剣をその辺に放って、俺達に背を向ける。

 去っていこうとする姿を追いたかったが、傷が痛んで、何も出来ない。だが、少し回復したノエが、打ち付けた肩を庇いながら、息絶え絶えに、奴に聞いた。

「あ……貴方は、一体……何者です、か……!」

 そんな、悪者に助けられた人が言いそうな聞き方をしたノエに対し、振り返ったソイツは、ニタリ、と不気味な笑顔で名前を告げる。


「俺の名は、グレイプニル。フェンリルを拘束し、そして__殺す者だ」

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