番外編◇肘打ち>ベッド◇
※カロンが来る、数日前の話です
ベッドが大破した。
***
昼間、特にする事も無く、暇だった俺とノエは、各自部屋の掃除をしていた。布団を干したり、床や窓を濡れ雑巾で拭いたり……。あとは、のんびり各自好きな事をして過ごす。
そして夕方、俺達は干していた布団を、各自部屋に持っていった。
太陽の下、フカフカになった布団を見て、ひとり満足していた時、すぐ隣のノエの部屋から、大きな、バキッといった音がした。次いで、か細い悲鳴のようなものが、俺の耳に届く。
あのノエが、悲鳴をあげる程の事態が起きたことに驚き、慌てて部屋に向かうと__。
「あ、クロード……。すみません」
木の板が、真ん中からバッキバキに割れて、大破したベッドと、布団の上に尻餅をついているノエの姿が、そこにはあった。
「……どういう状況だ?」
「じ、実は、お恥ずかしながら、布団の端を踏んで、転んでしまい……」
うん、何故尻餅ついてるのかは、理解した。だが、
「なんでベッドが大破してんだ?」
「ひ……」
「ひ?」
「肘打ちを……」
は?肘打ち?ベッドに?てか、それで壊れるって、お前どんだけの恨み込めて、ベッドに肘打ちしたんだよ。
「今日は、訓練と称して、服に大量の鉄板を仕込んでたんです。勿論、肘と言うか、腕にも。それで、転けた時に、その鉄板が勢い良く、ベッドに降り注がれて……」
気づいたら大破、と。なるほど、うん……。
「なんで鉄板仕込んでんだよ!!」
前提からしておかしい!!なんでなんにも無い、暇で、いわゆる休日のような日に“訓練と称して鉄板仕込む”んだよ!?
「【紅狼】を倒すために……」
「休みの日くらい、体を休めろ!」
ッたく。
「……で、怪我は?」
「えっ?」
「悲鳴、あげてたろ。怪我とかしてねェかって聞いてんの」
「あれは驚いただけなので、特に怪我はしてないです……」
「肘は?」
「平気です」
真顔で嘘をつくのが大得意なノエの“平気だ”という言葉は全くもって信用出来ないので、勝手にブラウスの袖を捲る。若干赤くなってはいるが、特に腫れてる様子も無いし、大丈夫なようだ。
「あの……」
取り敢えず、冷やすべきか、このまま放っておいても平気か思案していると、控えめな声が聞こえてくる。まだ何かあるのかと彼女の方を向くと、いつもよりも気弱な雰囲気の顔をしていた。
「ベッド……壊してしまって申し訳ありませんでした」
「あァ、そんなことか。別にいいよ、これは俺が、爺さんと作ったモノだし、素人の手作りだから、そんなに気にすんな」
この家にあるものは大体が、爺さんと俺が一緒に作ったものだった。こんな森の奥に、ベッドや棚とか大きいものを持ってくるのはかなりの重労働だ。だったら、作った方が楽だという結論に至った。爺さんは長生きだった分、知識もあったし、俺はまぁ器用だったから、そこまで大変じゃ無かった。作り終わると、愛着も湧いた。
だが、形あるものはいつか無くなると言うし、そこまで気に病んではいない。
「だから、そんな辛気臭ェ顔すんな」
「……分かりました。ですが、やはり何かお詫びはしなくては!」
「あ?めんどくせェな……。じゃあ、今度新しいの作るから、そん時手伝ってくれ」
「はい」
そこで、ようやっとノエは表情を和らげた。
***
その日の夜、俺とノエは同じベッドで寝た。
「なんでだよ!?」
「クロード、早く寝てください。煩いです」
一応、背中合わせではあるが!何故、元は敵同士の奴らが、同じベッドで寝てるんだよ!しかも、男女だぞ!?いや、こいつとの年の差は、十歳無いくらいだが……。でも、年頃の女が、男と寝るってどうなんだ!?
「クロード、貴方が言ったんですよ?女の子がソファで寝るなんて良くないと」
確かに言った。なんか良く分からない責任を感じたノエが、ソファで寝るとか言い出して、女がそんな体冷やすようなことすんな、と。どうせなら、俺のベッドで寝ればいいだろ、と。その時は、俺がソファで寝ればいいと考えていた。しかし、お互い風呂から上がって、さて寝よう、とした時に、ノエは俺の腕を物凄い力で引っ張って、寝室へと向かった。そして、無理やり俺をベッドに突っ込むと、自分も隣に入って来た。俺が逃げないようにか、片手で俺のパジャマ代わりのスウェットを掴んで、離さ無い。
そして、今に至る。
「いやいや、嫁入り前の女が、男と寝るのは、あんまり良くないんじゃねェのか?」
「特に問題はありません。村にいた時も、相棒の【狩人】の男性とよく、同じベッドで寝ていましたし。因みに、変な勘違いされる前に言いますと、彼は同じ年齢です。だから、問題はありません。
それとも、クロードは常日頃から、私のことをいかがわしい目で見ていて、今この状況でとても、興奮しているとか……?それは引きますね」
「してねェよ!」
なんという、偏見。大体、お前に恋愛感情持ってたら、今まで平然と過ごしてた俺は、かなりの我慢強さを持ってると思うぞ?
「なら、静かに寝てください。ベッドを壊したことは、私に責任があります。なのに、その私にベッドを貸してくださった貴方が風邪を引いたりするのは、見たくありません」
……確かに、ここで俺がソファで寝たことで風邪を引いたりしたら、こいつはまた余計な責任を感じるかもしれない。そこまでは考えてなかった。
「分かったよ、分かりました。今日はこのまま寝よう。因みに、俺そんなに寝相良くねェから。文句言うなよ」
潔く折れた俺に満足したのか、ノエはそれ以降何も言ってこなかった。
***
次の朝、俺は頬に当たる冷たい感触で目が覚めた。
「んっ……?何?」
何か抱えているらしい、俺の腕は暖かい。そこで、脳が一気に覚醒して、血の気が引く。
どうか、その最悪の予想が外れているようにと願いながら、腕の中を見てみると__。
どこに持っていたのかは、昨夜の時点では分からないナイフで、俺の頬をピタピタ叩きながら、鋭い、冷たい目つきで、俺を見上げるノエの姿がそこにあった。
「あ、あの、これは……!」
「クロード__覚悟は、出来てますよね?」
***
その日の朝。食卓には、大量の肉料理と、満足気なノエ。そして、ナイフで刺されなかった代わりに、平手打ちとは思えない程の力でぶたれて、頬を腫らした俺の姿があったとか。