番外編◇耳の話◇
「クロードの耳ってどうなってるんですか?」
この言葉に、俺は思考が停止した。ついでに、食器を拭いていた手も、停止した。
「……?どうって、頭についてるだろ」
俺が頭の上に付いている、自身の獣の耳を指さしながら聞くと、ノエは首を振る。
「違います。と言うか、それくらい見れば分かります。馬鹿にしないで下さい。
私が言いたいのは、貴方は人間と姿形は似ているのなら、本来人間の耳がある場所、つまり顔の横には何があるのか、と言う事です」
なるほど。ようやく、納得がいった。
俺は、布巾を畳んで、食器を棚に戻してから、ノエがいるリビングへと向かう。
「見てみればいいじゃねェか」
そう言って、俺はソファに、つまりノエの横に座る。
すると、彼女は、若干瞳を輝かせながら、こちらへ手を伸ばしてくる。
「で、では……。失礼します」
そっと、ノエが俺の髪の毛を避ける。彼女の体温の低い指先が、首を掠めていって、擽ったい。だが、俺が首を竦めようとすると、ノエはどこに隠していたか分からない馬鹿力で、頭を固定してくる。首から嫌な音がした、気がする。
すると、若干長い、俺の髪の下から出てきたのは__普通の人間と変わらない耳だった。
「……あら?なんです、存外、普通なんですね」
「お前は何を望んでたんだよ……」
「穴でも空いてるとか、ツルツルの皮膚とか」
「どんな想像だよっ!?」
いや、世の中にはそういう方もいるだろうし、それは否定しないが……。でも、普通の耳は想像しなかったのかよ。
「意外でした。つまらないですねぇ……」
「面白さ求めるな」
「これ、聞こえるんですか?」
そう言いながら、ノエは俺の耳の縁を軽くなぞる。擽ってぇって。
「いや、正直そんなに聞こえねェな。今喋ってるお前の声も、こっちの耳だと、水の中で聞いてるみたいな感じだ」
聞こえはするが、はっきりとは聞こえない。獣の耳の方がより鮮明に、はっきりと聞こえる。
「では、なぜこのような耳が?」
「んー……?説明がめんどくせぇな。
俺ら【紅狼】の先祖は、普通の狼だ、動物のな。それは知ってるよな?で、その先祖が、沢山の武器を持って、殺しにかかってくる人間にも負けねェように、人狼へと進化した。その時に参考にしたのが、人間の姿だ。だから、なんだ。この耳は、人間に近づくために、作ってみたが、獣の耳の方が優秀で、あんまり意味なかった部位?ってことかな」
自分でも、ちゃんと理解していないものを、他人に説明するのは、難しい。
だが、この拙い説明でも、伝わるものがあったらしい。ノエは、納得がいったような、いってないような。微妙な顔をしている。
「そうですか……。つまり、貴方がたは、人間に近づこうとしたが、途中で、その必要性を見失って、今の形になったって事ですか」
「あァー……、ちょっと違うだろうが、大まかにはそうなのか、な?」
必要性を見失ったのなら、俺に残った狼的要素が、尻尾と耳、それと身体能力だけしか無い理由が分からない。もう少し、狼的要素が残っててもいいだろう。
だが、あともう少しと、いうところで必要性を見失った可能性も、無いとは言えない。だから、ちょっと違うかもしれない、としか俺には言えない。
「__と言うか、貴方の髪の毛、凄くサラサラですね。少し、女性として、悔しいです。」
いきなり話が変わった。
ノエは、少しジトっとした目で俺を見てくる。もう、耳には興味が無いらしい。
「あ?サラサラって……。同じシャンプーしか使ってねェよ」
「羨ましいです……。少し、弄らせろ、です」
普段より若干、言葉が乱暴になってる、と言うか変になってる気がする。
とにかく、そう言いながら、ノエは不気味な手の動かし方と共に、俺ににじり寄ってくる。
二人ともソファに座っているため逃げ場は、無い。
「お、俺!夕飯の準備しねェと!!」
勢いよく立ち上がり、ノエから少しでも距離を取る。が、相手はあの【赤ずきん】だ。
すぐさま、俺のズボンを引っ張って、無理やり座らせる。
「クロード、お楽しみは……まだですよ?」
***
そして、その日の夕飯の時間。そこには、満足気な表情のノエと、憐れみと、若干引いた目線を俺に寄越してくるカロンと、小さいツインテール姿の涙目の二十四歳__俺の姿があったとか。