番外編◇酒は珍しい者を見せてくれる◇
居候が一人増えてから、数日たったある日。俺は、ガキ二人が寝たのを確認すると、キッチンへと向かった。
ポテトチップスを作ったり、サラミやチーズを切ったり……。いわゆる、『酒の肴』を作っていた。
ここ数日、ノエと暮らしていて、無意識のうちに飲む回数が減っていたのだが、俺はかなりの酒好きだ。一人暮らしの時は、一日に最低で、五本はワインのボトルを空けていた。
元々は、俺の爺さんがよく飲む人で、幼い頃からその姿を見てきたのが原因だと思う。
キッチンの床収納に入れていたワインを、取り敢えず五本取り出し、大量に作った肴と共に、リビングに運ぶ。かなり豪勢になったな。
確かにここ数日は、ノエやカロンなど、居候が増えた事で、生活リズムが変わったり、採ってくる食材も三人分だったりと、めんどくさく考える事が多くなった。しかし、さっき肴を作っていた時、無意識にでも、
『この肉巻きは、ノエが好きそうだ』
『カロンにピーマン食わせるには、これみたいに切り刻んでポテトと混ぜるか』
など、二人について考えていて、それに気づいても気恥ずかしくはあるが、嫌いでは無かったり。
俺は、森の住人の殆どが眠っている中、誰もいないリビングで、ラジオを適当に流しながらそんな事をつらつらと考え続けた。
***
俺が最後のワインを開けて、チビチビと飲みながら、もう少し持ってくるか、そろそろ寝るか、と考えていた時だった。
ギシリッ、と小さく床板が軋む音がした。驚いて振り返ると、そこにいたのは、赤い少女だった。少し眠たそうに目を擦っている。そういえば、今日はやけに早起きだったから、夕方頃から眠そうにしていた。
彼女にしては可愛らしい、サテン生地のフリルがふんだんに使われた、真っ赤なワンピース型のパジャマに、赤い薄手のストール。これまた、赤いスリッパという格好。そして、例によって例の如く、片手には大振りのナイフ。今日はダガーナイフだ。
「物音がしたので……泥棒か何かかと、思いました……」
大きな欠伸混じりで言った言葉は、頼もしいものだ。ただ、いつもの覇気が感じられないので、そこそこの強さの泥棒なら倒せそうな雰囲気だった。
そんな俺の心中なんか知らないノエは、再び大きな欠伸をして、うつらうつらと立ったまま船をこぐ。
「あァ、悪いな。俺が酒飲んでただけだよ。もう遅ェし、俺もそろそろ寝るから、先に部屋行っとけ」
ちょうど良いし、今日は酒はもうやめとこうと考えながら、ノエに言う。すると、彼女は、ボーっとした表情をしてたかと思うと、何故か俺の横に座ってきた。
彼女の行動が理解出来ずに、固まっていると、俺の手の中のグラスを見てから、ノエはボソリと言った。
「__クロード、すぐ酔っ払いそうなのに、意外と飲むんですね」
「すぐ酔っ払いそう、は余計だ」
すぐさま訂正した俺には興味が無いのか、ノエは喋り出した。
「貴方は、今までもこうして飲んでいたんですか?」
「ん?あァ、たまにな。それなりに酒には強いし、好きだからこうして、夜とかに飲んでたな」
それがどうした?
ノエの顔を見ると、彼女はその整った顔を若干歪めていた。
普通の人なら分からないだろうが、最近、少しだけだが、顔を歪めている程度なら分かるようになった。
分かるようになったのはいいのだが、そもそも彼女は、表情を変えること自体が珍しい。だから、これには少しばかり驚いた。
「……最近、飲んでいなかったのは、私が居候したからですか?」
「えっ?」
「私は、ここに住んでから、貴方がお酒を飲んでいるところを見たことがありません。ですが、貴方は先程、お酒は好きだと言いました。未成年である私がいることで、貴方に無意識にでも我慢させていたなら……申し訳ないです。私の存在が邪魔だと分かっているのに、ここにい続けた方が【紅狼】を殺せる可能性が高いと思うと、他に行こうと考えれない。だから、貴方にまた迷惑をかけていると考えると、余計に申し訳ないです……」
珍しい……。
ソファの上で、膝を抱えて、俯く彼女に抱いた感想はそれだった。いつも、傲慢なところがあって、誰に対してもはっきりしていて、自分の行動に自信を持っていた彼女だ。たかが、酒を飲んでない、という事だが、彼女がここまで落ち込むとは想像していなかった。
申し訳ないです、と言ってから、ピクリとも動かない彼女に、俺は頬を掻きながら告げる。
「あー、なんだ。酒は、少し熟成させてみようと思ってたから飲んでなかっただけだから、お前が居候したのは関係無ェよ。それに、お前らが来てから、食事とかは増えたし、正直めんどくさくも思うが、それと同じくらい楽しいんだ。だから、問題なんか無ェよ。だから、__これからもよろしく」
なっ。
そう言いきって、彼女の顔に笑いかけると……。
寝ている。
膝を抱えた状態で、青い瞳を隠して。寝ていた。自分が言いたい事だけ言って寝やがった。
一人で延々と恥ずかしい台詞を言っていたことに、一通り悶えてから、一息つく。
眠そうだったし仕方ない……のか?
食器を洗って、ワインボトルの中身も水で濯いでから空き瓶ケースに入れてから、リビングに戻る。
もしかしたら、と期待したが、ノエは起きていなかった。ため息をついたあと、彼女が突然起きて、暴れない事を祈りつつ、ノエの、肩と膝の下に手を添えて、持ち上げて、横抱きにする。いわゆる、お姫様抱っこだ。見た目通りというか、凄く軽かった。だがそれは、俺が二十数年生きてきて、一度も女の子を抱き上げたことが無いから、抱いただけの感想かもしれない。
だから、改めて思い知らされた。この小さな、軽い体一つで、このノエ・エカルラートという少女は、世界最強と謳われる【紅狼】を殺そうとしているのだと__。それを意識しても、俺は、自分が助かるためにしか彼女に協力しない。そんな事しか思えない自分が__少し嫌になった。
***
翌日。
ノエを部屋に連れていってから部屋に戻ると、もう三時を回っていた。ベッドに入って、眠りについてから、再び起き上がるまで、二時間しか無かった。
目が覚めた俺が見たのは、いつも通り、ナイフ片手に俺を起こす、無表情のノエだった。そこには、昨夜のような、自分を抱くように、膝を縮めていた少女はいない。
その事に、俺は少し、安心した。
そんな俺を、ノエは不思議そうに見ていた。
「?何を、朝っぱらからニヤニヤしているんです、クロード」
久しぶりの投稿です!