◇4話◇オラオラ系と聞いてた少年は、案外礼儀正しかった
__そいつは、俺らが一緒に暮らし始めて、ちょうど一週間経った日に現れた。
***
「__ッ!」
「……ん?」
その日、庭にある畑で、種芋を植えていた俺は、叫んでいるような声を聞いた。それなりに距離があるらしく、何を言っているかまでは分からなかったが、俺の獣の耳は、人間よりもよく音を拾う。だから、誰かが声を発したのだけは、聞こえた。
耳を動かしながら、顔を上げた俺に気づいたノエが、土を耕していた手を止め、鍬を地面に置いてから、俺に話しかけてくる。
「クロード、どうかしましたか?」
「いや、なんか声が聞こえた気がして…..」
気のせいかな。
俺の思い違いかもしれないが、その言葉に、ノエは顔を引き締めてから、言う。
「……それ、他の【紅狼】ではありませんか?」
「いや、その可能性は低い。
群れに入ってない【紅狼】にも、ある程度の領土は決まっていて、お互いにその場所を把握してる。ここら一帯は、【紅狼】の長である、つまり【銀狼】である俺の領土だ。普通の奴らは、領土の奪い合いでもしてない限り、近づいてこない」
だからこそ、今日までノエは【紅狼】に襲われていないし、ジョギングの時も出くわしていない。だとするなら、アレは何の声だったのか。俺の聞き間違いなら構わない、が。もし聞き間違いで無いなら、少しマズイのかもしれない。
まだ、正体の分からない、人物に対しての警戒を高めているなか。
「__!!」
「ッ!……近づいてる」
声はさっきよりも、確実に距離を縮めていた。叫んでいるような声は、どうやら、誰かを呼ぶ声だったらしい。そこまで判別できる程度まで近づいている。
俺の報告に、ノエは、取り敢えず鍬を固く握ってから、森の奥を睨む。かく言う俺も、手近な武器が無いので、種芋を握っておく。いざとなったら、投げればいい。
「__!……ィー!……リィー!」
徐々に、はっきり聞こえてくる。恐らく、ノエも聞こえているかもしれない。
そう思い、声の主をどう対処するか相談しようと、彼女の方を向くと、
「……はぁ……」
呆れたような、疲れたような。とにかく、今まで一度も見たことが無い表情をしていた。持っていた鍬は、手を滑り落ちて、柔らかい土の上に横たわっている。
ノエに、話しかけようとすると、一足早く、彼女が喋り出す。
「……クロード。大丈夫です、敵ではありません」
「えっ、でも誰の声かわかんねーし……」
警戒を解くのは、得策では無い。
そう続けようとした俺の言葉に、被さるように、大きな声が響く。
「リリー!!見つけた!!」
そこには、明るい栗色の髪をした少年がいた。若干ツリ目の、緑色の瞳は、周りにある、どの木に生えた葉よりも、青々としていた。
七分丈のズボンから覗く足には、細かい切り傷が多く刻まれている。頭には何枚も、葉っぱを乗せていて、かなり間抜けな様だった。恐らく、森の中で、枝に突っ込んだりでも、したのだろう。
しかし、少年はそんな自分の格好には気づいていないのか、ズカズカとノエの方へ歩みを進める。しかし、きちんと畑を避けてくるのを見る限り、そこまで野蛮なわけでは無いらしい。
「リリー、探したんだぞ!一体、今までどこにいたんだ!」
「どこって、彼の家に居候させて頂いていました。因みに、現在進行形です」
ノエは、俺の方へ手を向けながら、説明する。その時、ようやっと少年は、 俺の存在に気づいたらしい。勢いよくコチラに顔を向けたかと思うと、遠慮なく睨んでくる。だが、何を言うわけでは無い。
「なぁ、ノエ。この少年は?あと、『リリー』って……?」
その視線に耐えられなくなった俺は、小声で、少年について尋ねる。すると、一つ、大きな、深いため息を吐いた後、俺の質問に答えてくれた。
「彼は、私の相棒__二十五代目の【狩人】の、カロン・カルヴァン。歳は、私の一つ上で、十七歳。
『リリー』とは、私の愛称のようなものです。私達【赤ずきん】は、別称で“アマリリス”と呼ばれています。それの、最後の二文字を取って、『リリー』で、」
「そんなことよりッ!」
ノエが言い括ろうとした時、被せるように少年__カロンは発言する。
「この男はなんだ?獣の耳に、獣の尻尾。【紅狼】なんだろ?なんでお前はコイツと同居なんてしてるんだ。さっさと殺して、村に戻れよ!」
カロンは、手に持った細身の剣の先端を、俺に向けて、ノエに尋ねる。その様は、狩人よりも、ノエという姫を守る、一人の騎士のように見える。
一方、話を振られたノエは、どのように説明したものかと、視線を宙にさ迷わせている。
「あの、カロン。実は彼は、【紅狼】では、無いんです」
「何言ってるんだ?お前は、肉の食いすぎで、頭に脂肪がついたんじゃないか?だからそんな戯言が言えるんだ。本当にそうなら、コイツに付いてる、この耳や尻尾は、どうやって説明する、ん、だ……」
カロンは答えながら、俺の頭にいている、耳を確認しようと視線をあげて、固まる。目線は、耳ではなく、俺の髪の毛に向けられている。
どうでもいいが、二人揃って、俺の髪の毛ばっか注目してんじゃねーよ。禿げてるか心配になるだろうが。
「お前……!【銀狼】、“フローズ・ヴィトニル”か?」
「!カロン、知ってるんですか?」
「父さんに教えて貰った」
見るのは初めてだけどな。
意外だ。てっきり、ノエが知らなかったから、カロンも知らないと思ったが。流石に、【赤ずきん】のサポート役を担うだけはある。ちゃんと知識がある。しかも、呼ばれる事も、自分で名乗る事も少ない、“フローズ・ヴィトニル”という呼び名まで出てくるとは。これには、俺も驚いた。
取り敢えず、分かっているなら話は早い。俺__【銀狼】に興味を持ち始めたカロンに、ノエは説明を始める。
「あのですね、カロン__」
***
それから俺達は、数分に渡り、俺とノエ__つまりは、銀狼と、赤ずきん__が協定を結んでいることを、カロンに説明した。
少しは落ち着いたのか。彼は、説明の最中、一度も話を被せて来なかった。
「……ふーん」
俺達が、協定を結ぶ事を説明し終わると、取り敢えず理解したが、納得はしていないと言わんばかりの、曖昧な返事をした。顎に手を当てて、言葉を探している。
俺としては、殺されるのは嫌だから、彼が協定を認めて、放置してくれるとありがたい。ノエとしても、【紅狼】に発言権のある、俺が協力者である事は、かなり得となるだろう。
二人とも利害が一致しているからこそ、彼の言葉が否定的なものだった場合、どうするかが問題となってくる。
考え事をしていたカロンは、顔を上げて、俺達の表情を見ると、言いたいことが伝わったのか、彼は頭を掻きながら、ため息と共に、言葉を吐き出す。
「……分かった。あくまで、【狩人】は、【赤ずきん】をサポートするのが、いわゆるお役目だ。だから、リリーがそうするなら、オレはそれを全力でフォローする。
だが、フェンリル。お前は、本当に仲間を売れるのか?結局、最終的にはリリーを裏切るんじゃないのか?」
ノエは、はっきりとは聞かなかったソレ。元は敵だった奴に、協定を持ちかけられれば、誰だって疑うだろう。
__だが、【銀狼】を、【紅狼】の長を舐めないでほしい。そんな、守れもしないなら、約束なんてしない。
「確かに、俺がお前の立場でも、裏切りは疑う。なにせ、元は敵だし、俺は一度、ノエに殺される直前までされたしな。
だが、舐めるなよ、小僧。
俺は長だ。たかが、仲間が一匹死んだからって、狼狽えるかよ。そもそも、長は群れのためになる事をするべきだ。俺が消えたら、真の意味で【紅狼】は破滅する。なら、群れを壊さないために、俺は仕方なく、仲間を殺すんだ」
普段よりも、幾分か低い声で告げる俺。カロンは若干、後ずさりして、口を引き締め、生唾を飲み込む。喉仏が上下に動いたのが、確認できた。
ノエはというと。再び、畑を耕していた。
興味が無いのか、俺が裏切る気がないのが分かってるのか。後者だろう。このノエという少女。普段は俺に対して、高慢な態度を取るが、俺の協定に関しての本気具合は、現在、一番近くにいる彼女が、一番知っている。だからこそ、俺とカロンの言い合いは、彼女には興味の無い、既に答えの出ているもの。
カロンは、俺の声、雰囲気に圧倒されながらも、目だけは、一歩も引かず、俺を睨み続けていた、が。
ふと、急に目を逸らして、畑に夢中のノエに声をかける。
「ノエ。この男、フェンリルは、信用に、信頼に値するのか?」
「__まず。彼はフェンリル、ではなく、クロードという名前があります。彼が良いなら、その呼び方で構いませんが、覚えておいて下さい。
彼は、料理しか出来ず、私のような小娘でも、奇襲をかけたらあっさり成功するようなチョロい人です。朝は弱いし、サラダばっかり食べるし……」
おいおい。悪口しか言ってねぇぞ、コイツ。
そろそろ、つっこみを入れるべきか、悩み始めた俺を尻目に、彼女は大きく息を吸って、言葉を続ける。
「ですが。彼は、【銀狼】で、この土地も私達より詳しく知っています。信頼、はまだ出来ませんし、今のところは、するつもりもありません。しかし、信用のみに焦点を定めるなら、彼は充分、それに値する人物です。それが、信頼に繋がるかは、彼次第であり、また、私達次第です」
一気に言い切った彼女は、今更ながら、照れたように顔を背けると、最後に小さい声で、
「まぁ、カロンも、彼を見ていれば良さがわかると思います……」
締めくくる。
その言葉で、踏ん切りがついたのか、カロンは俺の方へ向き直って、腰を直角に折り曲げる。
「改めて、オレはカロン・カルヴァン。【狩人】だ。今回は、ぜひ協力をお願いしたい。先程は、剣を向けてしまい、申し訳なかった」
まだ出会ってから、一時間程しか経っていないが、カロンという人がどういう奴なのか、分かってきた気がする。
取り敢えず、協力相手になっても、大丈夫そうだ。
俺は、顔を上げるように言ってから、彼に向けて、手を向ける。
「クロード・アルジャンだ。よろしく」
***
かくして、俺らは二人から、三人に増えて、【紅狼】殺しをすることになった。
(続く)