9・黒ウナギ
†前回までのお話†
図書館のダンジョンを探索していたタイガは、トラップのような装置を踏み、下層へ強制移動させられる。そこには保存庫へ続く扉があった。立ち入り禁止と書かれた扉を、タイガはつい開けてしまう。
保存庫というと、古い本がぎっしり並べられ、さらにその本棚が団地のように並んだ部屋を想像していた。しかし中に入ると、全く違う光景が広がっていた。
「あれ? ここ、外?」
どこかで間違えて、非常口や裏口から出てしまったのかと思ったが、それもおかしい。ここは地下なのだ。
トラップの続きかもしれないと思い、タイガは慎重に歩を進めた。
ゆるい風が吹いている。やはり屋外のようだ。足下は土で、ところどころに明るい緑色の苔が生えている。木の香りもする。
「保存庫って、本じゃなくて植物を保存してるのかな?」
「そんなわけないと思うけど」
ブタがすっぱりと言った。
奥へ進んでいくと、暗がりの中で何かが光っているのが見えた。ゆらゆら揺れているのは水面だ。小さな丸い池があり、周りを木々が取り囲んでいる。
タイガは吸い寄せられるように中を覗き込んだ。池は夜空のような色をしている。その中に、光がまばらに浮かんでいた。
「何だろう」
水面に触れると、指先がわずかにしびれた。帽子が熱を帯び、頭の両側が痛む。
「気をつけて!」
ブタが叫び、タイガは反射的に手を引っ込めた。水面を突き破り、黒い影がぬっと現れる。
黒い影は大きな口を開け、尖った歯を見せた。太りすぎたウナギのような姿をした、奇妙な生物だ。白目がちな目の上には、こぶのような角が二本ある。普通のウナギのように茶色がかった体色ではなく、絵の具で塗りつぶしたような、不気味な黒い色をしている。
「何か用?」
黒ウナギは言った。外見の割には、軽い調子の声だ。
タイガはウナギの全身を眺めた。見れば見るほど大きく、バランスの悪い体つきだ。角の先端には明かりが灯っている。こんな生き物は見たことがない。
「もしかしてモンスター?」
「何か用って聞いてんだけど」
「あ、いや、用ってわけじゃ」
じゃあ帰れ、とウナギは口から光線を発射した。あまりの勢いに、タイガは避けきれなかった。靴のかかとに光線が当たり、ばたんと倒れる。
「タイガ! 大丈夫?」
ブタが背中の上で跳ねる。
「あ、足が、足が……」
「足が?」
「足がしびれて死ぬほどくすぐったい」
「なんだ」
ブタは背中から飛び下り、黒ウナギに向き直る。
「あんた、いきなり攻撃してくるなんてどういうつもり?」
「モンスターのくせに人間に味方するのか。落ちぶれてんな」
タイガは飛び起き、お前もモンスターだったのか、と言った。ブタは不機嫌な顔で振り返る。目つきの悪さでは、黒ウナギに負けていない。
「私はブタよ、見ての通り」
「でも今、モンスターって」
「何をモンスターと呼ぶかは人によるわ。そのウナギだっておもちゃみたいなものだし」
黒ウナギは歯ぎしりをし、もう一度光線を吐いた。今度はただの光線ではない。光の中に、尖った欠片が混じっている。歯だ。
「よけて! 当たったら感電する」
「どこがおもちゃだよ!」
タイガはブタを抱き上げ、もと来たほうへ逃げようとした。しかし、ドアが見当たらない。苔の地面と木々がどこまでも続いている。
「タイガ、さっきドア閉めたんじゃない?」
「閉めたよ」
「バカね! こういう時はいつでも逃げられるように、ドアは半開きにしておくものでしょ」
そんなこと言ったって、とタイガは思う。
小説でも映画でも、きっちり逃げ道を確保する優等生の主人公よりも、どこか抜けている脇役のほうが好きだった。
歯が弾丸のように飛んできて、タイガは地面に伏せた。黒ウナギはせせら笑い、本当にバカだ、と言った。
「人間の来る場所じゃないから、ここ」
「モンスターと人間は敵対してるのか?」
「そのブタに聞けば。生きて帰れたらな」
光線が白く輝き、ドリルのような形になる。ブタが前に進み出て、鼻からピンクの花びらを吹き出した。しかし、ドリル光線を止めることはできない。
タイガはブタを抱きかかえ、うずくまった。その背中に、ドリルの先が容赦なく襲いかかる。
じゃあな、と黒ウナギは言い、高らかに笑った。