7・図書館のダンジョン
†前回までのお話†
タイガはぬいぐるみのブタとともに、図書館のダンジョンへやってきた。不思議な光が指し示していたこの場所には、どうやら何か秘密があるらしい。
入り口こそ古めかしい雰囲気に見えた図書館だが、階段を下りると、色とりどりの絵本が綺麗に並べられていた。
壁には花や動物の切り紙、子どもの絵などが飾ってある。おすすめの本、と書かれた棚には、『体を温める宇宙人の食べ方』『白い火と白い駅』などの絵本が展示されている。
こんにちは、とカウンターの女性がにこやかに言った。タイガはフロアを見回してから、近づいていった。
「あのー、精霊の本ってありますか」
「物語の本ですか。それとも知識本?」
「じゃあ知識で」
女性は壁際の棚へタイガを案内した。『精霊のひみつ』『既婚者の精霊』『精霊とチキンラーメン』など、それらしいタイトルがある。
一冊を手に取り、開いてみる。糊とインクのにおいがした。体中に花を咲かせた少女のイラストが載っている。
精霊というのは
とにかく精霊なので
禿げていても精霊で
腹が出ていても精霊です
これはひどいと思い、棚に戻した。すると突然、棚がぐにゃっと後方へ歪んだ。
「うわっ?」
「ダンジョンの形が変わります。そのままお待ち下さい」
床が波打ち、引き伸ばされていく。足下が揺れ、タイガは背の低い棚に手をついた。その棚も滑り、隣の棚とくっついた。
係の女性は、床に乗ったままどこかへ行ってしまった。ようやく揺れが収まると、目の前の本棚は違うコーナーに変わっていた。黒い悪魔のような絵と、「その痛み、癌かもしれませんよ」というパネルが貼ってある。
タイガは棚を離れ、通路を進んだ。さっきよりも狭くなったようで、行き止まりが多い。本の並びもめちゃくちゃで、外国の物語の隣に両生類図鑑があったり、その横に本物の両生類がいたりする。
「どう思う?」
耳元で声がした。ブタがいつの間にかリュックから這い出し、肩の上に乗っている。
「うーん。確かに変な図書館だな」
「そうじゃないわよ、あれ見て」
ブタが指さした方向には、『ぬいぐるみの人権と社会保障について』という本があった。タイガは見なかったふりをして、先へ進む。
曲がりくねった通路を進んでいくと、郷土資料のコーナーがあった。学生や教授が調べ物に使うような、町の歴史の本や古い地図などがある。一冊引き抜こうとすると、周りの本がどさどさと倒れてきた。
「いてて……うわっ」
本に歯が生えて、タイガの腕に食いついている。振り落とそうとしたが、離れない。ブタが肘を引っ張り、抜いてくれた。が、今度は足に噛みついてしまった。
「何だよこれ」
「読めってことじゃない?」
「こんな古くて小難しそうなの……いて、いてて、わかった、読むよ」
本は噛みつくのをやめた。ちょうど開いたページを見ると、聞いたことのない地名ばかりの地図が載っている。次のページには、ダンジョンの入り口のような白黒写真があった。拾い読みをすると、どうやら百年ほど前のダンジョン分布を記録した本のようだ。
「へえ。昔はここら一帯がダンジョンだったんだ」
それぞれのダンジョンの情報も書かれていた。年間に訪れる冒険者数や、アイテムの生産数。それに、モンスターの種類。
タイガは本に顔を近づけ、細かい文字を追った。どんなモンスターがいたのかまでは書かれていない。
ページをめくっていくと、精霊のことが書かれた箇所もあった。でもそれは、危険なダンジョンの中でいつまでも主人を待ち続けた犬の精霊の話だった。
「あれ? ここで合ってたっけ」
本を戻そうとして、また棚が変わっていることに気づく。さっきブタが見ていた社会保障のコーナーが目の前に来ている。郷土資料の棚は、猛スピードで奥へ遠ざかっていくところだった。
「お客さま、館内では走らないでくださーい」
女性スタッフが、児童書の棚に挟まれた状態で叫んでいる。タイガは構わず走った。ブタは振り落とされまいと、帽子の端にしがみついている。
胸が高鳴っていた。昔はこの町にも、モンスターや冒険者がいた。店や施設と一体化したダンジョンではなく、冒険するためのダンジョンがあったのだ。
頭上で本が揺れる。埃が舞い、蛍光灯の明かりを反射して青白く光る。あちこちで棚がぶつかり合う音が響く。
タイガは階段を駆け下り、踊り場でようやく郷土資料の棚をつかまえた。本を戻すと、棚はそのまま踊り場の壁に貼り付いてしまった。
満足したみたいね、とブタが言った。