6・しずくの道
†前回までのお話†
壊れたブタをマアトに繕ってもらったタイガ。
決して上出来とはいえなかったが、水野のことでもやもやしていた気持ちが少し晴れ、あらためてダンジョンの謎、精霊の謎に思いを巡らせるのだった。
珍しく昼前に仕事が終わったので、帰りがてらに百円ショップを覗いてみた。店長はすぐに気づいて事務室から出てきた。
「やあタイガ君、この前は悪かったね」
「こちらこそ、ご迷惑かけました。あの……水野さんは」
「ああ、辞めたよ」
店長は言った。怒っているというより、困惑したような表情だ。
「きみ、彼と親しいの?」
「う……そういうわけでも」
「よく言ってやってよ。できるだけ働かないでじっとしてるように。彼がいくら頑張っても、儲かるのは修理屋だけなんだから」
思わず吹き出しそうになる。確かにその通りだ。
タイガは近々また掃除に来る約束をし、百円ショップをあとにした。それでも真っすぐ帰る気にはなれず、辺りをぶらぶら歩いた。
「そうだ」
水野にもらったターバン帽をリュックから出した。電球の表面に触れたように、ほのかに温かい。かぶってみると、急に視界が澄んだような気がした。まばたきを繰り返すうちに、小さな光の粒が足下に落ちているのに気づいた。
「何だこれ。さっきまではなかったのに」
しずくのような光が、道にぽつぽつと落ちている。タイガはそれをたどり、大通りを抜けていった。住宅街に差しかかり、公園を斜めに横切る。数日前に汗だくになって掃除した、公衆トイレのダンジョンの前を通り過ぎる。
いつの間にか、夢中で光を追いかけていた。誰かに呼ばれているような、何かを思い出そうとしているような気持ちで、タイガは全力で走った。
背の高い木に囲まれた建物の前で、光は終わっていた。
古い石造りの建物だった。一階部分しかなく、ガラスの扉の向こうは暗い。辺りは静かでひんやりとしている。
「ここって……ダンジョン?」
タイガは扉に近づいた。遠くからは見えなかったが、壁に看板が埋め込まれていて、『縞猫市立横耳図書館』と書いてある。その下に、かすれた文字で利用案内や行事の予定が書かれていた。
「なんだ図書館か、って思ってるね?」
頭の上で声がした。首を上に向けると、丸っこいひづめの足が見えた。ターバン帽の端につかまり、ぬいぐるみのブタが目の前にぶら下がる。
「お前、置いてきたはず……」
「せっかく美人になったんだもの、外の世界をもっと見たいじゃない?」
マアトに縫ってもらった目で、ブタはにやっと笑う。前後に揺れながら、タイガの鼻や頬に何度もぶつかった。
「おい、やめろって。俺の鼻までブタにする気か」
「あんたも懲りないね。こんなところまで来たら、もう引き返せないよ」
「ただの図書館じゃん」
「書物ってのは終わりがないんだ。潜っても潜ってもその下がある、底なしダンジョンなんだよ」
タイガは帽子を結び直した。この帽子に秘密があるのか、それともブタに秘密があるのか、どちらでもいい。光の粒がここへ続いていたのには、何か意味があるはずだ。それに底なしダンジョンと聞いては、素通りするわけにいかない。
「よし、潜ってみるか」
「やれやれ、あんたには何を言っても無駄だね」
タイガはブタをリュックに押し込み、ガラスの扉に手をかけた。中にはもう一つ扉があり、その向こうに階段があるようだ。
気をつけなよ、とブタがくぐもった声で言った。
「本ってやつは厄介でね……ああもう、揺らさないでったら」
タイガは扉を押し、中へ入っていった。