4・踊るおもちゃ
†前回までのお話†
自称「精霊」の水野とともに、百円ショップを訪れたタイガ。ダンジョン形式のショップで働くことになったが……。
水野は百円ダンジョンの十階、おもちゃ売り場のレジを担当することになった。同じフロアの一日清掃員も募集していたので、タイガが引き受けた。
おもちゃ売り場には、小さなけん玉やコマ、スーパーボール、風船やピストルが並んでいる。
このダンジョンは、開店するたびに自動的に配置が変わる。毎日宝探しができるので、子どもたちには受けが良いらしい。
タイガは棚を拭きながら、時々レジのほうに目をやった。客はそれほど多くなく、水野は順調に仕事をこなしているようだ。
ブタのぬいぐるみを脇にのけようとすると、ひとりでに立ち上がって避けてくれた。百円にしてはよくできている。タイガは棚の隅まで丁寧に拭いていった。
「あんた、驚かないの?」
ブタが鼻を突き出して言った。タイガは手を止め、ブタをつかんで逆さにした。スイッチを探したが、見当たらない。
「ないよ、そんなもん。私はぬいぐるみだからね」
「じゃ、ゼンマイ?」
「違う。頭悪いねあんた」
ブタはタイガの手をすり抜け、棚に跳び移った。黒いボタンの目で、タイガの帽子をじっと見る。
「いい物持ってるじゃん」
「水野さんがくれたんだよ」
「大事にするといい。そこそこ価値のある、まあまあの品だから」
ブタは短い足で棚の縁を器用に歩き、くるくると回った。
「あんた、本当は思ってんでしょ。ダンジョンなんて期待外れだ、ブタのケツと同じくらいつまらねえって」
「思ってないよ。思ったとしてもそんなに口汚くない」
あっそう、とブタは鼻を鳴らした。
「今にわかるよ。この世界のすごさ、私の価値が」
「百円だろ」
「百八円よ」
ブタが宙返りをする。目眩のように空間が揺れた。
着せ替え人形やミニカー、すごろく、変身セットが次々と棚から飛び出す。釣り堀セットの箱が破れ、マグネットの魚が宙を泳ぐ。レゴブロックがひとりでに組み合わさり、ロボットになる。
おもちゃたちは光をまとい、彗星のように尾を引いて飛んだ。
タイガは魚に手を伸ばし、触れた。びりっと指先がしびれ、視界の色が変わった。海の底。砂の渦。空の裂け目。自分のいる場所がわからなくなる。
「お前らホントに百円?」
百八円、とおもちゃたちは言い、点滅する光の中を飛び回った。
頭に手を当てると、帽子がほのかに温かい。足を浮かせれば、自分も一緒に飛べそうな気がした。
「きゃあ! きゃあ!」
「もっとちょうだい!」
レジのほうから声が聞こえ、タイガははっとした。
水野がカウンターの上に立ち、おもちゃの釣り竿に人形をつけて泳がせている。子どもたちは群がり、飛びつき、ぶら下がる。釣られた子どもはターザンのような声を上げて飛び回り、棚や壁に当たって落ちる。
誰もいなくなると、水野はレジから硬貨を取り出してまいた。音を聞きつけて、また子どもが集まってくる。
何やってるんだ、とタイガは叫んだ。
水野は小さな女の子を振り回しながら、歪んだ笑みを浮かべる。
「子どもなんて、モノで釣らなきゃ来ないよ?」
ひやりとするような声だった。なんて奴だ。なんてことを言うんだ。
走っていこうとして、何かにつまづいた。
タイガは足下を見た。地震の後のように、おもちゃが散らばっている。もう一度上を見る。棚は全て空っぽだ。人形も積み木も何もかも、無残にぶちまけられている。
子どもが飛ばされてきて、汽車の模型の上にぐしゃりと転んだ。
「お、おい。大丈夫か」
子どもの尻の下に、もう一つ何かが下敷きになっている。引っ張り出すと、ブタのぬいぐるみだった。ボタンの目は片方取れかけ、腹からは綿がのぞいている。
「ひゃくはちえーん」
水野が硬貨をまく。
ばらばらと降り注いでも、おもちゃたちは横たわったまま、もう動かなかった。