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37・復活とはじまり

†前回までのお話†

マアトは手芸屋で、黒ウナギは図書館で、それぞれの仕事をこなしていた。自分も頑張ろうと、タイガは掃除ギルドへ戻る。するとそこには、行方不明になっていた水野の姿があった。

 ハムスターのダンジョンには、一万五千匹のハムスターがいる。絶えず床を這い回り、遊具から遊具へ飛び移っているので、完璧に掃除をするのは至難の技だ。そこへハムスターにそっくりなモンスター、ブラックハムハムダーが紛れ込んだので、もう誰の手にも負えない。


 カーリングギルドの選手たちは、ブラックハムハムダーに石をぶつけて怒らせ、さらに試合でも負けてすごすごと帰っていった。


 タイガと水野がダンジョンへ行くと、花の形をした入り口の前に、大柄な冒険者の男が倒れていた。剣と盾は落としたらしく、丸腰だ。顔は真っ青で、目も虚ろになっている。


「き……気をつけろ。ハムハムダーの尻尾には毒があるぞ」


 ダンジョンの中には、コーヒーカップ型の乗り物や吊り下げトンネルがあり、色とりどりのハムスターと真っ黒なモンスターが入り乱れていた。ハムスターの中にも色黒の個体がいるので、ますます見分けがつかない。


「よし、やろう」


 水野はハムスター用の池を足でつつき、一瞬で増水させた。水が溢れ、フロア中に流れ出す。ハムスターもモンスターもキイキイ鳴きながら押し流されていった。

 タイガは床をデッキブラシでこすり続けたが、いつまで経っても水が引かず、毛玉や食べかすの汚れが流れていかない。


「おかしいな」


 水中めがねを付けて排水溝を覗くと、ハムスターとモンスターが一緒くたに逃げ込み、ぎゅうぎゅうに詰まっていた。救出するのに半日以上かかったが、おかげで二種は仲良くなり、共存できるようになった。といっても、ハムスターたちに毒が回り、ほぼ全てがモンスターになってしまったのだ。


 温度計のダンジョンでは、水野がガラスの壁を壊し、中に入っていた赤い液体が飛び出してしまった。そこまでは想定内だったが、液体に見えたのが実はヒルのようなモンスターで、タイガの血を吸って温度表示をぐいぐい上げたのには辟易した。


 マトリョーシカのダンジョンは、地下一階の中に二階があり、その中に三階があり、延々と続いている。一つずつ開けて掃除をしたはいいが、水野が途中で蓋をし忘れたため、上半身のない階ができてしまった。


「もう、毎日こんな調子でさ」


 ダンジョン・ミルクカフェで熱い紅茶を飲みながら、タイガはこの数日の目まぐるしさを話して聞かせた。マアトは何度もうなずき、大変ね、と言った。


「でも仕事が増えて良かったじゃない。カーリングギルドにやられっぱなしじゃ困るでしょ」

「それはそうだけど」


 主任は、水野をシフトに入れる時は必ずタイガと組ませ、他のメンバーとは当たらないようにしている。頼りにしてますよ、と肩を叩かれるたびに複雑な気分になる。


「マアトと仕事してた頃が夢みたいだよ」

「あたしだってタイガと……あっ、来た来た、水野さーん」


 からん、とドアのベルが鳴り、水野が入ってきた。淡い光に包まれたローブ姿は、冒険者の集うカフェでもやはり目立つ。

 いつも不意に現れるので、水野とわざわざ待ち合わせをしたことはなかった。こうして歩いてくるのを見ると、おかしな気分になる。


「ねえ、考えてくれた? 土曜日の手芸講座」


 水野が席に着くか着かないかのうちに、マアトは身を乗り出して言った。ああ、まあ、そうだね、と水野は適当な返事をし、持っていた布の塊をテーブルの上に置いた。


「これ、見覚えない?」


 タイガは息を飲んだ。一瞬、ブタが腹を裂かれて横たわっているように見えたのだ。しかしよく見るとそれは、マアトが作ったコアラのぬいぐるみだった。


「ど、どうして……」


 腹から赤い綿が飛び出し、耳と目が千切れてぶら下がっている。マアトは青ざめ、声を震わせた。


「どういうこと? あなたがやったの?」

「違う違う。すぐそこで戦ってたよ。ものすごい騒ぎなのに気づかなかった?」


 マアトは勢いよく立ち上がり、他の客やスタッフを押しのけて走っていった。タイガは慌てて勘定をテーブルに置き、後を追った。死んでいるように見えたコアラが足にしがみつき、逃げる気か、と言った。間違えようもない、コットン大魔王の声だ。


 外に出ると、声は二重に、いや五重以上に聞こえた。


『この町は我々が占拠した。皆殺しにされたくなければ、全てのダンジョンの活気と熱気と湿り気を瓶詰めにして毎日献上せよ』


 キリンやゾウやレッサーパンダのぬいぐるみが、道行く人に次々と襲いかかっている。体は小さいが、驚異的な力で噛みついたり蹴ったりし、倒れた人から金品や食べ物を奪っている。

 植木職人たちが枝切りばさみで応戦しているが、相手はぼろぼろになっても動き続けるので、どうにも止めようがない。


「あんたたち、やめなさい! そんな姿、ぬいぐるみの風上にも置けないわよ!」


 ブタが郵便ポストの上に立ち、ヒステリックに叫んでいる。そばにいたゾウが赤みがかった鼻をくねらせ、おぞましい笑顔を見せた。


「ぬいぐるみだと? 笑わせる」


 あちこちで悲鳴が上がる。人間もモンスターも入り乱れ、逃げようとしたり立ち向かおうとしたり、狭い交差点が大混乱に陥っていた。


「おーい。ちょっと捕まえてくれ」


 道の向こうから紫色の苔が集団で這ってきて、それを黒ウナギが追いかけている。図書館から逃げ出したらしく、白い甲虫やなめくじのような生き物も一緒だ。

 そこへ着ぐるみを着た子どもたちが走って現れ、何体かは踏みつけられてしまった。子どもたちはぬいぐるみに対抗意識を燃やし、辺り構わず爆撃したりレーザー光線を放ったりしている。


「こうしちゃいられないわ!」


 マアトは針と糸を持ち、ぬいぐるみたちのほうへ走っていく。縫い直して改心させるつもりなのだろう。しかし逃げ惑う人々やモンスターの群れに阻まれ、なかなか近づけない。


 もはやどこから手をつけていいかわからない光景を前に、タイガは不思議な感覚に襲われた。驚きでも恐怖でもない、体の奥から沸き上がってくるような興奮だ。

 懐かしいような、走り出したいような気持ちで、頭が燃えるように熱い。


 まさかと思い、タイガは帽子に手を当てた。その手に、水野が後ろから自分の手を重ねる。


「オーケー。行くよタイガ」

「えっ。もうやらないって約束……」

「忘れたよ」


 水野は力を込める。その途端、タイガの体は浮き上がり、ブタの乗った郵便ポストを越えて飛んだ。きらきらと飛び散ったのは、水滴ではなく火の粉だ。


「な、何だあれは!」

「炎の翼だ! 頭に翼があるぞ!」


 折り重なって転んだ人たちや、押し合いをしているモンスターが口々に叫ぶ。その中には、悪徳冒険者を追いかける赤カバとヒトデの姿もあった。


 頭の上で羽ばたく炎が、タイガを騒動の中心へ連れていく。ぬいぐるみたちは汚れた顔で見上げ、かかってこいとばかりに両手を構えている。

 いいぞ、頑張れ、といくつもの声が聞こえる。黒ウナギやブタをはじめ、苔のモンスターやカーリングギルドのメンバーまでが、タイガを見上げて応援している。


「行け、タイガ!」


 水野とマアトが同時に針を投げ、片方は美しい光の糸を伴って、もう片方は太いピンクの糸でジグザグの軌跡を残して、タイガを護衛するように飛んだ。


 タイガは二人に向かって微笑み、この場にいる全ての人やモンスターに聞こえるよう、大声で叫んだ。炎の翼が全身を包み、ぬいぐるみたちの真ん中へ突っ込んでいく最中も、構わず叫び続けた。


「掃除ギルド、メンバー募集中! 今ならこんなスリリングな戦いと愉快な仲間がついてきます! どんなダンジョンにも無料で出入りできる、夢のようなお仕事です! 皆さん、奮ってご応募ください!」


挿絵(By みてみん)

完結です。

長い間、読んでくださってありがとうございました!

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