31・着ぐるみ戦隊
†前回までのお話†
コットン大魔王の体内にとらわれたタイガは、間一髪で脱出する。しかし、大魔王が町中のダンジョンから奪った養分はまだ取り返せていない。その時、水野がおにぎりモンスターたちを出してきた。
おにぎりたちはコットン大魔王に飛びつき、頬と腕に噛みついた。ごくんごくんと喉を鳴らし、片方は赤と白のカプセル模様に、もう片方はくすんだシロップの色になった。ドラッグストアのダンジョンから吸い取った、風邪薬の成分が流れてきたのだろう。
「うーむ、いまいちニギね」
「梅干しやカツオだしはないのかニギ?」
そんなものはない、とコットン大魔王は声を荒げる。せっかく集めた養分をついばまれ、筋肉が減ってぶよぶよになってしまっている。
そうは言っても、山のように大きなコットン大魔王に対し、おにぎりたちは手のひらサイズだ。早くも疲れてきているが、それでもマントに操られるように飛び跳ね続ける。
「水野さん、これって虐待じゃ」
「大丈夫、まだたくさんいるから」
水野は天井を指さした。不ぞろいの足音が、どこからともなく聞こえる。初めは小さかったが、一気に近づいてきた。鍾乳石から砂が落ち、積乱雲のような気配が頭上に集まった。
ついに、天井が抜けた。タイガと水野は壁際に避難したが、飛んできた破片で鼻を擦りむいてしまった。
石とともに、轟音と笑い声が降ってくる。モンスターの群れだ。
「違う、あれは……」
コバルトブルーの鹿、頭の三つあるキリン、太ったペガサス、メガネをかけた悪魔。奇妙な生き物の集団は、全て着ぐるみを着た子どもたちだ。着ぐるみは水野の手製、今や子どもだけでなく大人たちにも人気の高機能スーツで、市販もされている。
コットン大魔王はおにぎりたちを投げ捨て、舌なめずりをした。子どものやわらかな肉は、栄養の塊だ。できたてのご飯のにおいや、雨上がりの空の青さ、洗いたてのシャツの手ざわりなどでできている。大魔王は待っていたとばかりに口を開け、降ってくる子どもたちを飲み込もうとした。
「危ない……!」
タイガは走っていこうとした。しかしその前に、鹿の着ぐるみが角からホチキス針を放った。銀色の冷たい弾丸が、大魔王の両目を直撃する。
続いてキリンの着ぐるみが、三つある頭をろくろっ首のように伸ばした。大魔王に絡みつき、ぎゅうぎゅうと搾り上げる。大魔王の体から赤い汁が染み出し、足元に広がっていく。
「頑張って! 後でタイガがケーキ買ってくれるよ」
水野は子どもたちの背中を押し、次々と大魔王にけしかける。ペガサスの着ぐるみは大魔王を角で突き、悪魔の着ぐるみはハリボテのような棍棒で大魔王の尻を叩いた。ぼくはレアチーズ、わたしは抹茶チョコ、と口々に言っている。
「おい、勝手なこと言うなよ」
「子どもなんて、モノで釣らなきゃ来ないよ?」
水野の笑みにぞっとする。こんなことが前にもあった。百円ショップで、子どもを宙づりにして遊んでいた時だ。しかし今度は遊びでは済まない。これだけの人数にケーキをおごるのは、どう考えても無理だ。
大魔王は怒りに震え、子どもたちを捕まえて食べようとするが、着ぐるみの体はつかみにくい。UFOキャッチャーのように滑って落としては、後ろから別の子どもに攻撃される。そのうちに体はすっかり色落ちし、使い古した雑巾のようになってしまった。
子どもたちは夢中で火を吹いたりビームを出したりしている。一つ一つはおもちゃのようだが、よってたかってとなれば強力だ。大魔王の体から地下水が漏れ出てくると、着ぐるみたちのほうは徐々に強くなった。タイガも、帽子の中に力が沸いてくるのを感じた。
「そのまま全員で攻撃!」
水野の合図で、着ぐるみたちは一斉に大魔王に飛びかかった。タイガの体もひとりでに動き、頭から突進していく。おにぎりたちも一緒だ。
「水野さん、これってやっぱり虐待」
言いかけた時にはもう、巨大な拳の形になった帽子が大魔王を殴りつけていた。
子どもたちに噛みつかれ、引き裂かれ、おにぎりたちに踏みにじられた大魔王は、地べたに這いつくばった。水野は近づいていき、まち針で留めようとする。
「やめろ! なぜそこまでする」
「吸い取ったものを返してもらうためだよ。特に内定率」
「お前が就職できないのは、単に仕事ができないだけだろうが!」
全くもって、大魔王の言う通りだ。
タイガはふと、大魔王から絞り出した地下水に、奇妙な色や香りがついていることに気づいた。赤と緑が混じったような、まだらに焦げて固まったような、とにかく異変が起きている。
「まさか……!」
吸い取られた養分が流れ出し、どろどろに混ざってしまっている。このまま放っておけば、元のダンジョンに返すことができなくなる。
「みんな、急いで吸い込むんだ!」
子どもたちはきゃあきゃあと騒ぎ、地下水の上に大の字になった。着ぐるみが膨れ、水風船のような姿になる。
タイガも頭を水面にこすりつけ、転げ回った。雑多な映像や色やにおいが頭に流れ込み、ぶつかり合って火花を上げる。
ところが、水野はぽかんと見ているだけで何もしない。タイガは重い頭を持ち上げ、手伝えよ、と言った。
「あんまり吸い込むとトイレが近くなるから困るんだけど」
「困れ」
水野はしぶしぶ水面に手をかざし、濁った水滴を引き寄せた。すると、コットン大魔王が体を起こし、しなびた顔を歪めて叫んだ。
「ふざけるな! 綿の吸収力をなめるんじゃない!」
手足の指を広げ、口をストローのように尖らせ、水を吸い込み始める。タイガは負けじと頭を水面に押しつけた。土下座のような格好になってしまったが、体裁を気にしている場合ではない。
タイガと子どもたち、おにぎりたち、そして水野が集まり、全力で水を引き寄せた。多勢に無勢、とはいえ大魔王も負けてはいない。全員が妙な体勢のまま、綱のない綱引きが始まった。