3・百円ダンジョン
†前回までのお話†
ダンジョン掃除人のタイガは、自称「精霊」の新人と仕事をする。
ところが新人はダンジョンをめちゃくちゃに掘り返し、ついには破壊してしまうのだった。
新人の水野は、掃除に向いていないということで、翌日には退職することになった。
「うちは即戦力でないと……ちょっとね」
主任は表情を変えずに言った。当然といえば当然だ。でもなんだかもやもやする。タイガが声をかける前に、水野は退職届にサインをして出ていった。
「今日からまた二人だね」
マアトは言い、横に座った。ハーフパンツからのぞく足には、大きな青あざがある。足場の悪いダンジョンで何度も転んだ上、帰りは竜巻に振り回されたのだ。
「あれって何だったのかしら。地面の下で竜巻なんて出ると思う?」
タイガは立ち上がった。
「どうしたの?」
「ごめん、俺今日休む」
「えっ、ちょっとタイガ」
出勤簿に赤で休暇と書き、タイガは走った。道を渡り、仕事へ向かうメンバーたちの間を抜けて、百円ショップの前で水野に追いついた。
水野は振り向き、おはよう、と言った。少しは落ち込んでいるかと思えば、そんな様子は全くない。
「あのさ」
つい追いかけてきてしまったが、言葉が出てこない。店先に並ぶキーホルダーやビニール傘に目をやり、そうだ、と思う。
「この百円ショップ、ダンジョンなの知ってる?」
「今知った」
水野は店の看板を見て言った。百円ダンジョン、と書いてある。その横にはフロア案内があり、地下一階は文房具、二階はキッチン用品、三階は生活雑貨、と続き、最下層は三十階の同人誌コーナーだ。
「入ってみようかな」
「あっ、うん! 俺も付き合うよ!」
そこで気づく。水野が見ているのはフロア案内ではなく、その横の貼り紙だった。パートタイム募集、と書いてある。一日五時間、主にレジ業務。エプロンを着た女の子のイラストがついている。
「水野さん、まさかこれ……」
「水野さんじゃなくて、水の精霊」
「どっちでもいいけどさ、レジって大変だよ。お金とか数えられんの?」
「やったことある。そろばんだけど」
水野は長いローブをなびかせ、店に入っていく。タイガは慌てて後を追った。
「待てってば。十九階の危険ドラッグ売り場に配属されたらどうするんだよ」
「あ、そういえば」
水野はポケットから布を取り出し、くるくると丸めた。自分の帽子から真珠のような飾りをもぎ取り、こねるように混ぜ込む。布は淡い光を放ち、赤いターバン帽に変わった。
「タイガの帽子なくしちゃったから、これ代わりにかぶって」
手に取ると、熱いようなしびれるような、不思議な感触がした。
どうなってるんだ、と思いながらも、タイガは帽子をかぶった。思ったよりも軽くて柔らかい。ゆったりとして、耳や額によくなじむ。
「もらっていいの?」
「いいよ」
「ありがとう」
水野はフロアの奥へ進んでいった。地下へ向かう階段の前に、事務所のような部屋がある。タイガは追いかけた。
「水野さん、百円ショップって百円じゃないんだよ。税率だってまた上がるかもしれないんだよ。聞けよおい」
水野は事務所のドアを叩き、返事を待たずに開けて入った。と思ったらローブの裾が挟まり、そこへタイガが追いつき、結局二人で入っていった。