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29・大魔王の罠

†前回までのお話†

タイガはようやく地下水のほこらにたどり着く。ところが先に来ていた赤カバが、謎の怪物に突然襲われ、食べられてしまった。水野の援護でタイガは助かるが、巨大な怪物・コットン大魔王に太刀打ちできるのか……?

 コットン大魔王は地下水に住み、養分を吸い取って暮らしている。その食事量は少しずつ増え、モンスターたちに栄養が行き渡らなくなった。


 それだけではない。水野の話によると、他にもいろいろなものを吸い取っているというのだ。


 例えばケーキ屋のダンジョンから甘さを吸い取り、勝手にヘルシー志向にしてしまう。絵本のダンジョンから絵を吸い取り、字がぎっしり書かれた本に変えてしまう。寄席のダンジョンから笑いを吸い取り、気まずい沈黙に変えてしまう。ガラス工場跡のダンジョンは真上にあるので、あっという間に売り上げを吸い取られてしまった。


「うーん。そんなことってあるかな」

「就職情報誌に書いてあった。ここのところの内定率がずっと低いのも、大魔王が吸い取ってるせいなんだって」


 ずいぶんな言いがかりだ。


 コットン大魔王は赤カバを飲み込んだ後、すっかり姿を変えていた。真っ白だった肌が赤く変わり、顔が四角くなり、くっきりした輪郭と目鼻ができている。赤カバを巨大にし、より憎々しくしたような外見だ。


「お前、私の住処で何をしている」

「わ! 大魔王がしゃべった」

「軽々しく呼ぶな。私の名前は鮮血の冥王だ」


 タイガは呆れた。性格まで赤カバそっくりになっている。どこまで吸い取れば気が済むのだろう。


「タイガとやら、お前は何ができる?」

「俺? 階段の上り下りが得意だよ」

「素晴らしい! その力、もらってやろう」


 大魔王はレンガ色の手を伸ばし、タイガをわしづかもうとした。カバの前足に人間の指がついたような、奇妙な形の手だ。あまりに大きくて、どこへ避けたらいいのかわからない。


「タイガ、危ない」


 水野が背後に寄り、突き飛ばしてきた。おかげで大魔王の腕を逃れたが、勢い余って転び、地下水の流れに頭を突っ込んでしまった。


「嘘つきめ。そんなへっぴり腰で階段が上れるか」

「今のは誰でも転ぶだろ!」


 すると、急に頭が熱くなった。帽子に手を当ててみると、水を吸って風船のように膨れ上がっている。これは久しぶりに、帽子の力が発揮できるかもしれない。


「よーし。見てろよ大魔王」

「鮮血の冥王だと言っておろうが」


 大魔王が鼻息を荒げ、近づいてくる。タイガは頭に意識を集中させた。


「うーん、布だから火には弱いか? でもまた帽子が燃えたら嫌だし」

「ええい、いちいち声に出すなうるさい!」


 大魔王は叫び、熱い息を吹き出す。タイガは両手で帽子を押さえ、布の弱点を考えた。火。刃物。カビ。洗濯。考えている間に、大魔王の腕が伸びてくる。


「何でもいいや。水野さん、行くよ!」

「オーケー」


 水野は縫い針を投げ上げた。すると、地下水の表面から糸が伸び出し、針穴を通って水滴の玉結びを作った。針は大魔王の足に向かって飛んでいき、ざくりと刺さった。


「何だ、こんなもの……おおっ?」


 大魔王は足を持ち上げようとして、動かないことに気づく。見事なかがり縫いで、水面に縫い留められているのだ。

 縫われたところから、大魔王は凍りついていく。水野が手を動かすと、その通りに針が動き、足から胴体へ、腕へ首へと縫い目を広げていった。


「お、お前、何をする!」

「内定率のためなら何でもするよ」

「何を言って……うっ」


 口元まで縫い固められ、大魔王は押し黙った。出番だよ、と水野は言った。タイガはうなずき、帽子を耳までかぶり直す。

 頭の先端に意識を集中させる。固く尖った刃物を思い浮かべる。もう何度も目にし、慣れ親しんだと言ってもいい、黒ウナギのドリル光線だ。


「貫け!」


 帽子から白い光が伸び、回転する。タイガは頭を突き出し、大魔王の胸をめがけてジャンプした。足先が地下水の表面をかすめ、しぶきを上げ、その水滴を引き連れて飛ぶ。やがて、頭をかち割られたような衝撃が走る。


 光が乱反射し、冷たい欠片が飛び散る。割れたのはタイガの頭ではなく、コットン大魔王の体だった。


「やった……!」


 赤い氷の像となった大魔王の体を、ドリル光線が一突きに貫き、丸く大きな穴をあけていた。氷粒にまみれた顔で、タイガはほっと息をついた。地下水を吸って力を得た帽子は、いつもの倍以上の勢いで光線を放っていたらしい。じっとりと汗をかいた体に、氷の冷たさが染み渡る。


「タイガ!」


 水野の声がして、次の瞬間、視界が閉ざされた。横向きに突き刺さった姿勢のまま、タイガは動けなくなった。光も音も消え、目の前が赤く覆い尽くされている。


 これは何だろう。固いのか柔らかいのか、熱いのか冷たいのか、それすらわからない。何が起きたのか確かめることもできない。


「残念だったな」


 コットン大魔王の声が響いた。タイガはまばたきをし、ようやく理解した。砕けたと思った大魔王の体が、あっという間にくっついて再生していたのだ。タイガが貫いた穴もふさがり、ぴっちりと蓋をされてしまった。


「お前もあの赤カバと同じ運命をたどるのだ!」


 赤い色が笑うように揺れ、吸い付いてくる。肌を包み、浸透し、四方八方から締めつける。

 嫌だ、とタイガはつぶやいた。


 こんなところに閉じ込められるのも、姿や能力を吸い取られるのも、絶対に耐えられない。些細な日常でも、自分にとってはかけがえのないものなのだ。


 ダンジョンを渡り歩いて掃除をする生活に戻りたい。絶対に戻ろう、とタイガは思った。


挿絵(By みてみん)

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