27・地下水のほこら
†前回までのお話†
地下水のほこらを目指し、ガラス工場跡のダンジョンへやってきたタイガ。帽子で壁を掘り進んだが、マアトたちと離ればなれになってしまう。ガラスのヒトデに案内され、ほこらへ続く階段にたどり着いた。
階段の途中には、思わず目を奪われるような商品が並べられていた。自由に動いて言葉を話す、世にも珍しいガラスたちだ。
「僕の歌を聴いてよ。鉄クギでガラスを引っ掻いたように素敵だよ」
「私の瓦割りもご覧になってください。命がけでやってますので」
ドラゴンと女神の像が手を差し伸べてくる。手相を見たがる窓ガラスや、酔って絡んでくるワイングラスも厄介だった。
赤カバを見かけなかったかと聞いても、みんな知らないと答える。タイガは不安になった。あんなに騒々しいモンスターが、誰にも気づかれずにここを通り抜けたとは思えない。
「本当に見なかった? おかしいな」
美しいガラスの王冠やステッキもあるのに、赤カバは目もくれないで走っていったのだろうか。
考えながら歩いていたら、ボールにつまづいた。それはただのボールではなく、自動占い装置のついたガラス玉だった。
『あなたの運勢は激しく下り坂です』
聞くまでもなく、タイガは勢いよく階段を転がり落ちた。今まで数々のダンジョンに出入りしてきたが、階段で転んだことは一度もなかった。ささやかな自慢だったのに、あっさり砕けてしまった。
階段は思った以上に長かった。落ちても落ちても終わりがない。視界が回り、頭が回り、ガラスのきらめきが星になって回る。
『百年の昔、町にはモンスターがあふれていた。人々は魔法を使い、戦った』
気がつくと、タイガはガラス玉の中にいた。そこには大きな書棚があり、分厚い本が勝手にめくれてページを読み上げる。
『豊かな地下水が魔法を生み、育てた。人間にもモンスターにも、等しく行き渡った』
本の中から黒ウナギが飛び出し、全身から光を発する。続いて白タヌキと花ヘビ、おにぎり型のモンスター、それから見たこともない銀色の大きな生き物が這い出し、全貌をあらわす前に消えた。
「その地下水はどこにあるんだ?」
タイガが手を伸ばすと、どこからともなくブタが走ってきて、さっと本をかついで行ってしまった。
「力が欲しいかい?」
書棚が左右にスライドし、痩せた男が現れた。手芸屋の店員だ。奇妙なことに、体の片側にだけエプロンを着ている。もう片側は細く萎え、薄汚れた布をまとっている。
「モンスターが本来の力を取り戻せば、私たちも戦うしかないだろう。目からマカロニを出したり、耳から茎わかめを出すようなすごい力が、きみも欲しくないか?」
「あんまり欲しくない」
タイガが答えると、店員は声を立てて笑った。
「魔法が使えれば、這いつくばって掃除なんかする必要ないんだよ。好きなところに行って冒険できるし、食べるものも着るものも魔法で出せばいい」
「そんなことしたら、仕事がなくなるんじゃない?」
店員の顔色が変わった。
「そ……それは……それは」
店員は頭を抱え、歯を震わせて叫んだ。
「それだけは嫌だ! 無職になるなんて耐えられない!」
周りのガラスにぴしゃりとひびが入った。まさかと思ったが、ナメクジの這った跡などではなく本物のひびだ。タイガは急いで左右を見渡した。どこにも逃げ場はない。ガラスが一斉に砕け、内側に向かって降り注ぐ。
店員の姿を探したが、もう見当たらない。タイガは目を閉じ、光が迫ってくるのを感じた。もうすぐガラスが全身に突き刺さる。穴だらけになるのはどんな気持ちだろう。マアトに目をざくざく縫われても平気なブタは、とてつもなくメンタルが強いに違いない。
今か今かとその時を待ったが、一向に刺さる気配がない。そっと目を開けると、光の渦が辺りを取り巻いていた。タイガはその中心に立っている。
「これは……」
ガラスではない。冷たい光を放ち、流れているのは水だ。細かい水滴が集まり、銀河のような渦を作っている。手を触れようとして、ためらった。これが地下水なのだろうか。魔法の布やガラスを生み出し、時には強大な力を授けてくれるという、あの地下水なのか。
「うーん。迂闊にさわらないほうがいいな」
足下に目をやると、ごつごつした岩場に柔らかく苔が生え、ところどころに鉱物のような色も見られた。天井はさらに起伏が激しく、窪みや突起がいくつもある。
「ここが地下水のほこら……?」
「その通り!」
突起の一つだと思っていたものがむくりと動き、天井を離れて落ちてきた。タイガのすぐそばに着地すると、丸めていた手足を突き出し、顔を上げた。光が当たり、体の赤い色がはっきり見えるようになる。
「ずいぶん遅かったな。途中で掃除でもしてたのか?」
ずんぐりとした体に豆粒のような目を光らせ、赤カバが言った。
渦巻いていた水が勢いをゆるめ、少しずつ水位を下げながら四方へ広がっていく。景色が歪み、目がくらむほど揺れ、そして急に落ち着く。
タイガと赤カバは、鍾乳洞のようなほこらの中に立っていた。辺りは薄暗く、地下水が音もなく流れている。ほのかに光って見えるのは、岩に混じる鉱物のせいか、それとも水が光を放っているのか。
「さて、何から手に入れようか」
赤カバは含み笑いをしながら言った。




