24・閉ざされたほこら
†前回までのお話†
地下水から取れる布には魔法の力があるという。ところが、地下水のほこらへ通じる道が地震で崩れ、閉ざされてしまった。タイガは店員の無事を確かめるべく、手芸屋へ向かう。
ダンジョン・ステッチの地下道は、地震で崩れて閉ざされてしまった。もう地下水のほこらには行かれず、布を取ってくることができないという。店員の男は無事だったが、このままでは仕事がなくなってしまうと嘆いていた。
「また無職になるなんて耐えられないよ、そうだろう?」
少し前までは好きこのんで無職になっていたのに、とタイガは呆れる。
「人は邪念が多いから、簡単に心変わりするのよ」
タイガの頭の上に乗ったブタを見て、店員は目を見開いた。これはすごい、とたちまち元気になって言う。
「いい布だ。君の帽子に負けないぐらい」
「デザインは?」
「いや、本当にいい布だ」
ブタはじっとりとした目で見ていたが、店員は構わず布ばかり褒めそやした。こんなに布が好きなのに、もう取りに行けないのは気の毒だ。
「地下道は復旧できないの?」
「できるとしても、だいぶ先だろうな。他に入り口があれば別だが」
天井が崩れて瓦礫の山になり、無闇に掘ると大事故になりかねないという。ガラス工場跡のほうを掘り返してはどうかという話も出ているが、そちらも簡単ではないらしい。
これが使えたらいいのに、とタイガは帽子に手を当てた。
「急ぐことはないわ。布なんて、一年や二年なくてもやっていけるもの」
「布でできてるくせによく言うよ」
何はともあれ、ブタのおかげで店員は落ち込むのをやめ、陳列の仕事に戻っていった。地下道以外に被害はなかったようで、売り場のフロアは相変わらず賑わっていた。客たちはもう、地震のことなど忘れてしまったようだ。
タイガが帰ろうとすると、店員が追いかけてきた。
「来てくれてありがとう。ちょっと聞いてもいいかい?」
「何?」
「水野くんはどうしてる?」
タイガはまばたきを繰り返す。そういえば、この男と水野には一応面識があるのだ。ごみ捨て場に潜った一日だけのことだが、少なくともその時は最悪の相性だった。
わかってるよ、と店員は言った。
「私も疑いたくはないが、ガラス工場跡のダンジョンを壊したのは彼なんだろう?」
「それは……そうだけど」
水野なら、地下水のほこらへ行くのもきっと簡単だ。水がある場所ならどこにでも移動でき、姿を変えたり隠したりもできる。とはいえ、わざと地下道を壊したりするとは思えない。
「もし彼が、地下水や布の魔法を私たちに使わせたくないと思っていたら?」
「そんな」
そんなわけはない。
本当にそう言い切れるだろうか。自分は水野のことを、どれだけわかっているのだろうか。思い出そうとすればするほど、冷たいものに触れたような気持ちになる。
タイガは足早に店を出た。足早にといっても、途中にボビンや針山のトラップがあるので、上りきるのに三十分はかかる。その間に何度も、店員の言葉が頭の中を回った。
ようやく地上に出ると、マアトが来ていた。
「タイガ!」
マアトが青ざめた顔で走ってきたので、タイガは見てきたことを話した。店員は無事で、針や糸の売り場も今まで通りだと言うと、マアトは首を振った。
「そうじゃないの。水野さんが……」
「えっ?」
「水野さんが、モンスターに連れていかれた。図書館の、あの池に」
高野豆腐で頭を殴られたようなショックだった。ここのところ、黒ウナギは家で大人しくしていたので、注意を払っていなかった。もうあきらめたんじゃないか、とさえ思っていた。
「俺じゃないぞ。チビで不細工なカバのおっさんだ」
足下にあったマンホールのふたが開き、黒ウナギが顔を出した。タイガはぎょっとしたが、それどころではない。
「赤カバが? なんで」
「知らん。何しろチビで不細工なおっさんだからな」
砂時計のダンジョンで会った赤カバは、口が悪く図々しいモンスターだが、水野のことは気に入っていた。水野の作る服を絶賛し、崇めているといってもよかった。
「あたしたちが見た時には、赤カバが水野さんを湯たんぽに閉じこめて連れ去るところだったの」
「ゆ、湯たんぽ?」
「湯たんぽならカバでも背中に乗せて運べるでしょ」
そういう問題だろうか。とにかくそうらしい。
水がある場所に連れていく、と赤カバは言い、砂で煙幕を起こして立ち去ったという。
「あの池よ。水野さんを池に放り込んで、養分にするつもりなのよ!」
「俺もそうするつもりだったけどな」
マアトと黒ウナギは口々に言う。しかし、二人とも赤カバの行き先を知っているわけではないようだ。
怪しいわね、と帽子の上でブタが言った。あぐらをかこうとし、足を組みきれずに落ちてくる。タイガはそれを受け止め、うなずいた。
赤カバが向かったのは、図書館の池ではない。地下水のほこらだ。水野の力を使ってそこに入り込み、魔法の布を独り占めにしようとしているのだ。
「追いかけるなら今のうちよ」
「うん。でもどうやって……」
ほこらへの道は、二つとも壊れてしまった。他に入り口があれば、という店員の言葉を思い出す。
タイガはふと、黒ウナギに目をやる。マンホールに半身を隠し、顔だけ出している。このマンホールは、タイガも使ったことがある。そう、あれは、移動ダンジョンを使ってごみ捨て場を脱出した時のことだ。
もしかしたらこれは。
新しいダンジョンを掘り当てたようなひらめきが、タイガの頭を駆け抜けた。




