23・目からマカロニ
†前回までのお話†
タイガとマアトは裁縫道具を買いに、手芸屋「ダンジョン・ステッチ」へ行く。顔見知りの店員によると、そこで売っている布は地下水から取れるという。
地下水のことを水野に聞こうと思ったが、話しそびれてしまった。性懲りもなくあちこちのダンジョンで雇ってもらおうと、忙しく飛び回っているらしい。サル山のダンジョン、相撲部屋のダンジョンなど、雇われても困りそうな場所にまで面接を受けに行っている。
「そんなことしなくても、手芸を仕事にすればいいのに」
水野がやっているのは手芸というより曲芸だが、それでも他の仕事をするよりいいに決まっている。オフィス機器や金銭を扱うなど、考えただけでも恐ろしい。
「うん。でも、僕はもっと面白いほうがいいんだ」
「面白い?」
手芸よりレジ打ちやチラシ配りが面白いなんて、マアトが聞いたら発狂しそうだ。それ以上話す暇もなく、水野は面接会場のダンジョンへ行ってしまった。一階から百五十階まで、全てのフロアで昼夜問わず面接をしているが、採用率はあまり高くないらしい。
タイガはタイガで、モンスター除去の仕事が増えて忙しかったが、こまめにダンジョン・ステッチに通い、店員の男に話を聞いた。
「私も大したことは知らないんだよ。布を取りに行くだけだからね」
そう言いながらも、店員はタイガが店に来るのが嬉しいらしく、空き時間を使っていろいろ調べておいてくれた。
「古くから布は、冒険者の間で重宝されていたそうだ」
本当はいけないんだけど、と言って、店員は分厚い本を開いて見せてくれた。図書館には置いていない、手芸の専門書だ。
「これがデニムの巻物。こっちがポリウレタンの鎧。これは、オーガニックコットンの剣と盾」
「弱そう」
タイガはがっかりした。魔法のアイテムといったら、もっと豪華で重々しいものだと思っていた。本に載っているのはどれも地味で、武器らしい形をしていない。スーパーで売っている安物の服やタオルと変わらなかった。
「そう、たいていは弱い。でも、魔法の力が手軽に使える便利なアイテムだったんだ」
「たとえば?」
「目からマカロニを出したり、囲碁が上達したり、片手で大木が折れるようになったり、幅広い効果だ」
幅広すぎる、とタイガは思った。
本には他にも、布でできたおかしなアイテムがたくさん載っていた。作った人やデザインした人の影響を強く受ける、とも書いてある。店員はタイガの帽子を見てうなずいた。
「それはちょっと珍しい布だね。大切にしたほうがいいよ」
「うん。まあ、大切にはしてるんだけど……」
この帽子はいつも言うことを聞いてくれるわけではない。作った水野のせいなのか、直したマアトのせいなのか、タイガが使いこなせていないだけなのか、あまり便利とはいえなかった。
「ところ構わず力を使うのがいいとも限らないよ」
訳知り顔で言われ、納得できないと思いつつタイガは家に帰った。結局、地下水のことはよくわからないままだった。
その夜、地震があった。
パスタを茹でようとしていた時だったので、麺をどっさりばらまいてしまった。食卓で待っていたブタと黒ウナギはさんざん文句を言ったが、揺れが収まるまではどうしようもない。
長い、強い地震だった。テレビで速報を見ると、移動ダンジョンが集団で地下を横切り、ハスの地下茎にぶつかったせいで起きたという。この地震による振り込め詐欺や弾道ミサイル発射の危険はないとわかり、タイガはほっとした。
「ウナギなのに、地震予測できないの?」
「それはナマズだろ。地震なんて電気のひも見てりゃ十分」
動いた家具や落ちた本を元に戻し、パスタを食べて寝た。最初は余震を心配していたが、移動ダンジョンの群れはもう遠くに行ってしまったらしく、静かに眠ることができた。
次の朝、電話の音でタイガは目を覚ました。
「もしもし、タイガ? 起きてる? 大変なの!」
マアトの声だ。タイガはゆっくりと頭を振り、眠気を追い払った。
「昨日の地震で、ダンジョン・ステッチの地下道が……!」
タイガは飛び起きた。店員の顔が頭をよぎると思いきや、ホラー映画のゾンビが浮かんでしまい、いやいや違ったと思い直す。
まさか。まさか、そんなはずはない。
昨日までは何事もなかった。元気に仕事をして、タイガに本を見せてくれた。あの後も地下道へひと潜りして、布を取ってくると言っていた。
その地下道が。
言葉が頭を回り、居ても立ってもいられない。出かけよう、とタイガは思った。まずは店員の無事を確かめて、それから聞けるだけのことを聞こう。
帽子をかぶると、頭の中がすっきりと晴れた。大きな冒険の入り口が見えたような気分だった。