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22・手芸屋の秘密

†前回までのお話†

おにぎり屋のダンジョンでモンスターの除去をしたタイガは、モンスターの代わりに大量のおにぎりを持ち帰ってしまう。一方、町では水野の手芸作品がますます人気となっていた。

 針に糸を通したら、玉結びを作る。布に刺し通し、バク転をしながら返し縫い、激しく踊りながらかがり縫い、海老反りをしながら玉留めをする。


「わかった?」

「全然わからない」


 タイガ、マアト、ブタ、黒ウナギは、目を皿のようにして水野の手元を見ていたが、何ひとつわからなかった。もう一回やって、とマアトが言った。


 水野は針に糸を通し、猿のポーズで玉結びをし、お経を唱えながら縫い始めた。


「わかった?」

「さっきと違うみたいだけど」

「同じ宝石をルビーと呼ぶかサファイアと呼ぶか、その程度の違いだよ」


 マアトは腑に落ちない様子で猿のポーズをする。タイガもやってみたが、勢い余って黒ウナギの脇腹に針を刺しそうになった。


「あたし、やっぱり向いてないのかしら……」

「こんなの水野さんにしか向いてないよ」


 ダンジョン・レミュエラで子供たちに着ぐるみを配ってからというもの、水野の人気はうなぎ登りだ。黒ウナギが言うには、うなぎというのはそれほど激しく滝を登ったりしないというのだが、とにかく作品の質が高いと評判だ。


 コツを教わりたい、とマアトが言い出したので、タイガの家で講習会をすることになった。しかし、聞けば聞くほどわからなくなる。水野の言うことがまともにわかったためしはないので、当然といえば当然だ。


「これでどう?」


 ブタは胸を反らせ、鼻を膨らませた。小さな両手に針と糸を持ち、ふん、と大きく息を吐くと、鼻から白い花吹雪が舞った。針と糸が踊り、花びらの間でちかちかと光る。


「わあ、すごい」


 しかし花吹雪が止んでも、糸は針に通っていなかった。

 タイガはヘッドスピンをしながら、黒ウナギは演歌を歌いながら縫ったが、結果は散々だった。そうこうしているうちに、マアトが持ってきた糸と布を使い切ってしまったので、買いに行くことにした。


「いつもここで買うの。ちょっと高いけど、いい素材が揃ってるから」


 商店街のそばの「ダンジョン・ステッチ」は、カントリー風のかわいらしい店だ。といっても中はダンジョンなので、暗い階段を下りていかなければならない。

 階段の途中には大きな針山があり、走って跳び越えると今度は毛糸の草地に足をとられる。マジックテープの床に服の裾がくっつかないように注意して、時々横切る全自動ボビンをかわしながら進む。


 ようやく明かりが見えてきた。帰りは同じ道のりを上っていかなければならないと思うと、今から気が重い。


「ここよ」


 フロアの入り口でマアトが立ち止まった。光が差し、穏やかな音楽が聞こえてくる。しかし、階段はまだ下へ続いている。


「この先は?」

「はらわたコットンのコーナーとか、爆発ミシンのコーナーとか。下に行くほど上級者向けなの」


 その時、階段の下から細長い影がぬっと現れた。モンスターが来たのかと思うほど唐突な気配だったが、よく見るとエプロンを着た店員だ。


「いらっしゃいませ……あれ? 何だ、清掃人じゃないか!」

「えっ。あ、無職の!」


 ごみ捨て場のダンジョンで会った、元・失業者の男だ。身綺麗になり、髪も短く切りそろえ、ぱっと見では同じ人だと気づかないほどだ。


「まだここで働いてたんだね」

「接客は下ろされたけどね。今は布の仕入れをやってるよ」


 店員は腕いっぱいに布を抱えている。キルティングやデニム、シルクのように滑らかなものもある。マアトはそれを見ただけで、ふんわりと笑顔になった。


「仕入れって、どこから?」

「それは企業秘密だよ。そんじょそこらの手芸屋とは違うからね」


 店員は得意気に布を広げて見せ、まあでも、と言った。


「特別に教えてあげよう。地下水だよ」

「地下水?」

「一日にほんの数枚、地下水から布が取れる。それを乾かして巻いて持ってくるのが私の仕事だ」


 店員は見違えるほど活き活きとした顔で話す。ごみ捨て場でホームレスのように過ごしていた頃が嘘のようだ。


「この奥に地下水が湧いてるの?」


 タイガは階段の先を覗き込んだ。店員は笑い、遠いよ、と言った。


「このダンジョンの最下層から、ガラス工場跡のダンジョンに通じてるんだ。あっちの入り口はもう壊れてしまったけど、ここから地下道を通っていけば入れる。本当に遠いけどね」

「ガラス工場跡?」


 タイガとマアトは同時に声を上げた。ガラス工場跡のダンジョンといえば、水野が洪水を起こして全壊させた場所だ。


「そこに地下水があるの?」

「おっと、喋りすぎた。地下道は関係者以外立ち入り禁止だよ。不用意に近づくと警報装置が鳴るぞ。目玉の形したやつ、見覚えあるだろ」


 店員は小走りでフロアに入り、陳列棚の間に消えていった。タイガはマアトに向き直り、どう思う、と言った。


「地下水から布が取れるなんて本当かな?」

「どうかしら。本当だとしたら、水野さんが上手に扱えるのもうなずけるわ」


 マアトは悔しそうに言った。


 タイガは別のことを考えていた。不思議な力を持つ地下水があるのなら、それを黒ウナギのすみかに引いてくることはできないだろうか。そうすればモンスターの栄養不足も解消され、本来の力を取り戻し、町中で火を吹いたり空を飛び回ったり、表計算ソフトを使いこなしたりするようになるかもしれない。


 想像し、身震いした。そんな世界で、果たして生活していけるのだろうか。マアトの買い物に付き合う間も、考えが地下水のように湧いて巡った。


挿絵(By みてみん)

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