21・おにぎりモンスター
†前回までのお話†
砂時計のダンジョンで、タイガとマアトはモンスターの赤カバに出会う。毒舌な赤カバに裁縫の腕をけなされ、マアトは腹を立てる。一方、水野の作る服は絶品と持ち上げられているが……。
おにぎり屋のダンジョンにモンスターが大量発生した。店の人たちはおにぎりを握ること以外はからっきしなので、またしても掃除ギルドが除去を引き受けることになった。
タイガが網を持ってダンジョンへ行くと、モンスターはどこにも見当たらなかった。代わりに、大量のおにぎりが床に散らばっている。綺麗な三角型に海苔を巻いた、おいしそうなおにぎりだ。
一つ拾おうとすると、勢いよく跳ね上がった。四隅からにょきにょきと細い手足が生える。
「オニギリっ! おニニギっ! ニギッニギッ」
海苔がぺろりとめくれ、小さな目と牙がのぞく。飛びかかってきたところに網を広げると、そのまますっぽり捕まった。
ニギ、ニギ、と暴れるモンスターを、タイガは網の外から眺めた。
「本当に紛らわしい形してるよな」
「何を言うニギ! 我々はオニギリができるより前からこの形だニギ!」
「だったら先輩として模範的に振る舞ってほしいよ」
形よく握られたおにぎりが、いくつもいくつも落ちている。全部がモンスターというわけではなく、普通のおにぎりも混じっている。一つずつ調べて、選別していかなければならない。
「これは……おっ、紅鮭だ」
かつお、梅しらす、昆布、五穀米、そばめし、オムライス風。せっかくのおにぎりも、床に落ちてしまっては出荷できない。というのは表向きで、実はこっそり梱包してコンビニのダンジョンへ送っているという噂だ。
すじこ、たらこ、葉唐辛子、タイガの好きなツナマヨ、と思ったらこれはモンスターだった。
おにぎりとモンスターを別々の網に入れ、選り分けていく。油断するとモンスターが網を破り、襲いかかってくる。ダンジョンにおにぎりが散らばっているのは、モンスターが職人を襲ってばかりいるせいだ。
「いい加減にしろよな」
モンスターをわしづかみ、タイガは言った。
「間違って食われても知らないぞ」
「やれるもんならやってみろニギーッ!」
モンスターはタイガの手をすり抜け、顔に飛びかかってくる。鼻に噛みつかれる寸前でもう一度捕まえた。あまり強く握ってはいけない。うかつに倒すと大量の経験値が入り、腕がレベルアップして千手観音になってしまう、というのはタイガの考えすぎかもしれないが、とにかく厄介なことになるのだ。
いくつか捕まえるうちに、おかしなことに気づいた。モンスターの中には、海苔の代わりに服を着ているものもいる。レースのドレスや、ラメの入ったパンク風の衣装など、凝ったものばかりだ。小さいが、非常に精巧にできている。
「これってもしかして、水野さんの?」
赤カバが水野の作品を褒めちぎっていたのを思い出し、タイガは言った。
「そうニギ。あの精霊は何でも作ってくれるニギ。ゆとり万歳ニギニギよ」
「ふーん。けっこう手広く仕事してるのか」
ダンジョンへ来る途中にも、水野の手製と思われる着ぐるみを着た子供たちがいた。世の中、何が流行るかわからないものである。
「このまま軌道に乗ってくれるといいけどなあ」
「精霊は軌道には乗らないニギ。軌道に乗るのは衛星ニギ」
「はいはい、賢いおにぎりだな」
黒ウナギが言うには、精霊の本分はモンスターの栄養になることで、それ以外の仕事をしてもうまくいくはずがないという。
遅かれ早かれそうなるのだから急ぎはしない、と言って笑う黒ウナギを見ると、無性に腹が立つ。水野がまともに働けるかどうかは別として、何としても阻止してやらなければと思った。
「これがもっと自由に使えたらなあ」
タイガは帽子をさすった。SMクラブのダンジョンでも砂時計のダンジョンでも、ピンチの時に帽子は助けてくれなかった。今も、帽子が勝手にモンスターを選り分けてくれたらどんなに楽だろうと思う。
結局今回も帽子は役に立たず、タイガは自力でモンスターを網に閉じ込め、ギルドへ戻った。ニギニギ騒いでいたモンスターたちも、これからコンポストで処理されることがわかっているのか、すっかり大人しくなった。
「ちょっとかわいそうだけど、仕方ないよな」
ギルドの広場へ行くと、マアトが先に来ていた。タイガの持っている網を見て、首をかしげた。
「それ、お弁当?」
「残念でした、モンスターだよ。ほら……」
網の上からつついてみたが、どれも身動きひとつしない。試しに一匹取り出し、海苔をめくってみる。赤くて立派な梅干しが入っていた。
「間違えた! 網ごと全部!」
マアトは笑い出した。
「ドンマイ。次からは一口ずつ食べてみてからにすれば?」
「そうするよ。ツナマヨは全部食べる」
ひとしきり笑った後、そういえば、とマアトが言った。
「さっきコンビニに寄ったら、着ぐるみが売ってたの。お店の人に聞いたら、流行ってるから置くことにしたんだって」
「着ぐるみって、まさか」
「そう、水野さんの。なんか悔しいな。あたしも作ったら置いてもらえるかしら」
その日の帰り、さっそくコンビニのダンジョンに寄ってみた。ガラスのドアを開け、地下一階に降りると、タイガは着ぐるみのことなど一瞬で忘れてしまった。
「ニギ! ニギ!」
「オニギリっ! おニニギっ!」
「今なら全品百円ニギ!」
おにぎりの棚で、袋詰めにされたモンスターが一斉に叫んでいた。面白そうに手に取る人、体当たりを食らって倒れる人、気にせず買って食べる人までいる。
「あっ、清掃人ニギ!」
「お前のおかげで出荷してもらえたニギ!」
「フリーター万歳ニギニギよ!」
タイガはくるりと背を向け、急いで店を出た。網いっぱいに集めたおにぎりは、とりあえず持ち帰ることにした。黒ウナギとブタがあっという間に食べてしまうだろう。