2・新人が来た
掃除ギルドに新人が入ることになった。朝、いつもの集合場所へ行くと、主任の横に、何やら不思議な格好をした男が立っていた。
「今日から配属された水野さんです。手順は一通り説明しましたが、掃除経験はゼロだそうなので、皆さんで教えてあげてください」
メンバーたちはざわついた。掃除経験ゼロってどういうことだ、ふざけるな、と数名が声を上げる。
静かに、と主任は言った。
「タイガ君とマアトさんのチームに入ってもらいます。何かあったらすぐに連絡すること。では解散!」
他のメンバーはほっとしたように、自分の持ち場へ向かっていく。タイガとマアトは顔を見合わせた。
新人の男は長い紺色のローブを着て、大きな三角帽をかぶっている。アーモンド型の目は深い色をして、どこか妖しげな雰囲気が漂う。
効率重視のマアトは、露骨に不愉快な顔をした。自分の部屋の掃除もしたことがない男に教えるなんて、誰でも嫌に決まっている。
「あのー、水野さん」
どこ住んでるの。今まで何やってたの。適当な会話の切り口はないか、タイガは考えた。
違うよ、と新人は言った。
「水野さんじゃなくて、水の精霊」
「え?」
「僕は水の精霊。よろしくね」
先を歩いていたマアトが足を止め、振り返った。タイガは目をまたたき、新人の顔を見た。
セイレイ。政令指定都市。いや、多分それじゃない。
「精霊って……精霊?」
「その通り。精霊は精霊」
話が広がりそうにない。
精霊の詳細は置いておき、とりあえずダンジョンを進むことにした。
今日の割り当てはガラス工場跡のダンジョンで、生ゴミやプラスチックの他に危険物も選り分けていかなければならない。
タイガとマアトが尖った足場に苦戦している間に、新人は素手でガラスを拾い、片付けていった。
かと思うと、二人が床の汚れを拭いている一方で、新人は夢中で壁を掘っていた。水脈を見つけると、そこを掘り広げた。床にも穴を掘り、水を流し込んだ。ガラスを握って砕き、星のように浮かべた。
タイガがたわしで床をこすっていると、水が押し寄せてきた。泡が一気に流れ、綺麗になったのも束の間、みしみしと足場が音を立て始める。
「揺れてる!」
マアトが叫んだ。壁が崩れ、床や天上にひびが入る。土埃に混じって、大きなレンガの固まりが落ちてくる。
壁から大量の水が噴き出してくる。どこもかしこも、いつの間にか水脈だらけになっていた。
「こっちだ」
タイガはマアトの腕を引っ張り、階段があるほうへ走ろうとした。ところが、さらに激しい水の流れが行く手を阻む。
「やばい」
「何これ、どうして……」
脱出するには、階段を上っていくしかない。どんなに立派な仕事をしても、素晴らしい発見をしても、帰りは自力で階段を上る。それがダンジョンというものなのだ。
タイガはリュックをかき回した。浮き輪、救命ボート。そんなものはない。二人とも、掃除用具しか持っていなかった。
大きな波が目の前に迫ってくる。
もうだめだ、と思った時、ひゅっと風を切る音がして、波がねじれた。
水が渦を巻き、タイガとマアトを包み込む。体が浮き上がり、強い風にぶつかる。
タイガは目をこじ開けた。そこは竜巻の中だった。水滴がいくつも連なってできた、大きな竜巻だ。上を見ると、風を引き連れて誰かが飛んでいる。
それはセイレイ。セイレイって何だ。セイレイはセイレイ。よくできました、そうですセイレイです。
風の中、意識が遠くなる。
気がつくと、外へ放り出されていた。
シャツとズボンがぐっしょり濡れている。帽子は飛ばされてしまったらしく、見当たらない。マアトはデッキブラシを持って、水たまりの中に座り込んでいる。
「おい、大丈夫か?」
タイガは駆け寄った。マアトは黙って、ダンジョンの入り口だったところを指さした。
大きな穴があいている。階段は完全に崩れ、砂煙を上げていた。壊してしまった。ダンジョンを一つと、今日の仕事を一つ。
タイガは立ち上がった。全身から水がしたたり落ちる。
振り向くと、新人が立っていた。
「面白かったね。次はどこに行く?」
三角帽の下、満面の笑みを浮かべる。
タイガは濡れた顔をぬぐった。背中と腕がひどく痛む。体が重い。まるで宇宙を旅してきたように、ぐったりと重い。
マアトは新人を一瞥し、役立たず、と言った。