18・モンスターの見分け方
†前回までのお話†
モンスター復活をもくろむ黒ウナギは、水野を生贄として差し出すよう要求してくる。しかしそこへ水野本人が現れ大乱闘に、タイガの家はすっかり荒らされてしまう。
モンスターたちは栄養不足に苦しみながらも、着々と人間界へ進出してきているというが……。
思っていたより、事態は深刻だった。
肉屋のダンジョンとクリーニング屋のダンジョンに相次いでモンスターが現れ、女性客にしつこく声をかけた。そして八百屋のダンジョンでは、リスザルのようなモンスターが子どもをさらって立てこもり、丸一日バナナの皮を剥かせるという事件が起きた。
モンスターたちは栄養不足で弱っているので、叩くとすぐに死んでしまう。五歳の男の子は夢中になって十匹以上倒してしまい、大量の経験値を得て三十七歳にレベルアップしてしまった。
こんなことが頻繁に起きては困るため、タイガたち清掃人はダンジョンの掃除がてら、モンスターを除去することになった。
駅ビルのダンジョンを掃除した帰り、タイガとマアトはモンスターでいっぱいの網をかついでいた。
「何も、全部持ってこなくても良かったんじゃないか」
「その場で選り分けてたら時間がかかってしょうがないでしょ」
タイガたちは本や映画でしかモンスターを見たことがない。たとえば羽虫を見ても、ただの羽虫なのかモンスターなのかわからないのだ。羽の色が怪しい、飛び方がなんとなく怪しい、と片端から捕まえていたら、あっという間に網が膨れ上がってしまった。
集めたモンスターはギルドに持ち帰り、生ゴミと一緒に処理する。コンポストに入れて肥料に変えるのだ。そうすれば、レベルアップするのはコンポストなので問題ない。
「マアト、袋にネコ入ってないか。さっきから声がする」
「モンスターかと思ったの。でもわからない。全然わからないわ」
罪もない生き物たちを肥料にしてしまうかもしれないと思うと、ギルドへ直行する気になれない。うろうろしている間にタイガの家まで来てしまった。
「とりあえず休もう。ちょっと狭いけど上がって」
中では黒ウナギがピラティス運動をしていた。それだけで部屋は一杯だ。ブタはテーブルの上で本を読んでいる。
「本当に狭いのね」
「……ごめん」
タイガはモンスターの入った袋を下ろし、ふと思った。黒ウナギなら、本物のモンスターを見分けられるのではないか。
「あのさ、ちょっと相談なんだけど」
袋の口をわずかに緩めた途端、蛾のような虫がはらはらと飛び出した。慌てて閉めたが、もう遅い。毛むくじゃらの小動物が這い出し、ミミズとムカデの大群が床にこぼれ、白いタヌキと花模様のヘビが台所を荒らし始める。
「こんなに騒がしいところで相談なんて、よっぽど人に聞かれたくないのね」
ブタが尻尾で虫を追い払い、言った。
話を続けようとしたが、巨大なアブとハチがまとわりついてきて無理だった。マアトは手編みのポシェットをタヌキに盗まれ、追いかけている。
タイガはアブを捕まえようとしたが、手を伸ばした途端に逃げていってしまった。ヘビをつかもうとすると、伸び上がって威嚇する。ミミズとムカデも異様にすばしっこく、捕まえたと思ったら残像だった。
「おい、ちょっとは大人しくしてやれよ」
黒ウナギが言うと、タヌキとヘビが動きを止めた。目を大きく開け、ゆっくり近寄ってくる。
「黒ウナギじゃねえか、こんなとこで何やってんだ」
「めっちゃ久しぶりだよね。ここに住んでるの?」
タヌキとヘビは親しげに黒ウナギのヒレや体を叩いた。それから三匹は、よくわからない言葉で挨拶を交わし、和やかに話し始めた。タイガとマアトが呆気にとられていると、黒ウナギが顔を上げた。
「白タヌキと花ヘビ。昔ダンジョンで同期だった奴らだよ。あとは知らん」
「知らん、って」
「言葉の通じない奴は知らん」
マアトが悲鳴を上げた。今度はポシェットをネズミにかじられてしまったのだ。尻尾を踏みつけても、ネズミはけろりとしている。タイガはうっかり羽虫を叩き殺してしまったが、レベルアップして老人になったりはしなかった。
「あの二匹以外、ただの動物だったってことか」
「だったらもう、逃がしちゃいましょ」
マアトは玄関へ走っていき、勢いよくドアを開けた。ぱん、と音がして、部屋が大きくひと揺れした。動物や虫たちはボールのように弾み、壁や天井にぶつかる。やがてネコがドアから弾き出され、イタチが続き、羽虫が群れを崩して出ていく。
「おお、あれは」
「素晴らしい」
「我々にはできない芸当だ」
黒ウナギと仲間二匹が感嘆の声を上げる。
動物たちは青白い光に包まれ、空中を漂いながらタイガの家を離れていった。踊ったり側転をしたり一輪車に乗ったりして、少しずつ景色の中に溶けていく。そして空に散らばり、気づいた時には星になっていた。
昼と夜の境目がはっきりわからないのと同じで、動物たちがいつ星になったのか、ずっと見ていてもわからなかった。
「おい、やっぱりモンスターだったんじゃ……」
「違うわね」
ブタはタイガとマアトを押しのけ、窓枠に立って空を見た。
「これは自然の力よ。太陽が照ったり雨が降ったりするのと同じこと。動物たちにとっては造作もないわ」
星はまたたき、夜の闇は濃くなる。この町の空に、時折視線のようなものを感じるのはこういうわけだったのか、とタイガは納得する。
いいなあ、とマアトが言った。
「あたしたちにもできないかしら」
「まあ無理ね。人間もモンスターもどうでもいいことに力を使いすぎてるもの」
ブタはきっぱりと言った。
自然の力か、とタイガは思い、斜めに歪んだ自分の部屋を見渡した。すぐそばには水野がぶち抜いた穴、反対側には黒ウナギが丸々入る大きな穴。挙げ句の果てには、動物たちのせいでこの有り様だ。
「いっそ壊して建て替えるか……」
ひゃっほう、と黒ウナギたちが声を上げる。お前らの部屋はないぞ、とタイガが言うのも聞いていなかった。