表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/37

14・燃える帽子

†前回までのお話†

職安の地下に落とされたタイガと水野。そこは、無能な求職者を処分する「ごみ捨て場」だった。モンスターと化した求職者たちに襲われるも、タイガの帽子が光線を発し、壁を壊して脱出に成功する。

 壁を掘っていくと、だんだん感触が柔らかくなった。帽子のドリル光線が止まり、うっすらとした発光に変わる。タイガは天井が崩れてこないのを確かめてから、薄茶色に照らされた穴を這い進んでいった。

 すぐ後ろから、水野がついてくる。タイガは何度も振り返り、災害が起きていないことを確認した。


「期待しないで」


 水野は言った。ここには水がないので、いつものように洪水や竜巻を起こしたりはできないらしい。


 頭を突き出していると、帽子が自然に道を掘ってくれる。ほとんど抵抗はなく、砂をかき分けているような感覚だ。どこへ向かっているのかわからないが、なぜかこの方向で正しいという気がしていた。


 水野が言うには、帽子はタイガの力で動いているらしい。強く望めば、相手を締め上げたり吹き飛ばしたり、心地よい音楽を奏でたり、宇宙へ行って小惑星を調査したりもできるという。

 とはいっても、今まで帽子が役に立ったのは、水野が一緒にいる時だけだった。自分の部屋で、帽子をかぶって適当なことを念じてみても、何も起きなかった。


「この帽子、なんで俺にくれたの?」

「忘れた」

「ゆとりかよ」


 しばらく行くうちに、周りの様子が変わった。見られている、とタイガはすぐに思った。壁の中で何かが光っている。目だ。透明なガラスに黒い鉄球を入れたような目玉が、いくつも壁に埋め込まれていた。


「ゴミ発見」

「捕獲せよ捕獲せよ捕獲せよ」


 甲高い声で騒ぎ立て、目玉たちが壁から飛び出してくる。タイガは身をかわしたが、腕と背中に体当たりを食らった。あまりの痛みに声も出ない。目玉たちは床に転がり、押し寄せてくる。


「セキュリティシステムみたいだね」


 水野は目玉の上を踏んで通ろうとし、滑って戻され、それを三度繰り返してから言った。タイガは腕をさすりながら、不気味に光る目玉たちを見た。休みなく騒ぎ続けている。


「ゴミ! 流出!」

「阻止せよ阻止せよ」

「職場の安全を守るため」

「略して職安」


 そういえば、ここは職安の地下だった。


「ここを越えれば外に出られるのか?」

「ゴミはゴミ箱へ。ゴミの日は毎週月曜と木曜。危険物は最後の金曜。分別せよ分別せよ分別せよ」


 押しのけて進もうとしても、弾丸のような勢いで飛びつかれ、骨が悲鳴を上げる。ここで負けたら、あの亡者たちの溜まり場へ押し戻されてしまう。


 焼却せよ焼却せよ焼却せよ、と目玉たちは跳ね回る。こいつらが焼けてしまえばいいのに、と思った途端、帽子の中が今までにないほど熱くなった。


 目玉たちが金切り声で叫んだ。帽子が燃えている。タイガの頭を包み込むように、オレンジ色の炎が上がる。慌てて頭を振ると、さらに激しく燃えた。


「タイガ、危ない」


 水野が後ろから背中を押した。タイガは目玉たちの上に転び、額と腹と膝をひどく打った。体の下で何かが焼ける音がして、火が燃え広がっていく。


「火災発生、火災発生」


 目玉たちは転がり、逃げ惑う。水野はタイガを揺さぶり、引きずり回し、炎を煽った。煙が喉に流れ込み、痛いともやめろとも言えなかった。

 ゴミ、クズ、不要物、履き古したパンツ、などと悪態をつきながら、目玉たちは壁の中へ戻っていった。


 静かになる頃、ようやく火も消えた。


「危なかったね」


 水野はタイガを起こし、肩や背中を叩いて煤を落とした。叩けば叩くほど、帽子から新しく煤が降ってくる。


「もう少しで僕に燃え移るところだった」


 襲え。


 タイガは帽子に命じた。途端に帽子の左右から腕が伸びる。巨人のように大きな両手で水野を捕らえる。ぎりぎりと爪を食い込ませ、締め上げる。襲え、襲え、襲え。こんな奴は、トイレの床を拭いた雑巾と一緒に捨ててしまえ。


「あれ? 帽子……あれ?」


 何も起きていなかった。

 帽子はすっかり焼け焦げて、煙を上げている。指先で触れると、大きな灰の塊が落ちてきた。壁に向かってドリル光線を思い浮かべてみたが、出てこない。ダイナマイト、つるはし、モグラ、耳かき。何を念じてもだめだった。


 辺りは闇に包まれている。


「水野さん、ちょっと聞いてくださいな」

「何でしょう」

「水がないと破壊活動ができないとかいう制限やめましょうよ」

「ところ構わず破壊したらただのメンヘラじゃないですか」

「すでにメンヘラなのに何を言いますか」


 ふざけている場合ではない。帽子も水野も使えないとなると、壁を抜ける手立てを失ってしまう。これは大問題だ。


「やった! 開いたぞ!」


 突然、晴れやかな声がした。振り返ると、大勢の人が走ってくるのが見えた。痩せこけた骸骨のような、ごみ捨て場の亡者たちだ。


「これであの目玉どもから解放される!」

「ごみ捨て場ともおさらばだ!」

「ありがとよ、ありがとな、清掃人!」


 全員が狭い通路に押し寄せ、タイガと水野は壁に貼り付いて避けた。

 先頭の男が腕を振り上げ、行き止まりの壁に空手チョップをすると、なんと壁が粉々に崩れてしまった。

 後に続く人たちが瓦礫を蹴散らし、目玉たちを踏みつける。その先の壁や岩も、体当たりや跳び蹴りで次々と壊していった。細い体からは想像のつかないパワーだ。


「す、すごい……モンスターだ」

「モンスターではない!」


 タイガの声に、男が振り向いた。ごみ捨て場で最初に話をした、中年の男だ。


「私たちは、真面目でひたむきな求職者だ」


 道が広がり、光があふれた。行く先はゆるい上り坂だ。このまま進んでいけば、地上に出られるだろう。

 どこに行くのかな、と水野が言った。


「うーん……何か、わかるような気が」


 職安から来た人たちが大量に流れてくる場所を、タイガは確かに見たことがあった。

 仕事、仕事、お金、お金、と叫びながら走っていく亡者たちの背中を見ていると、自分の家の押し入れがとても心配になってきた。


「とりあえず行こう」


 タイガは水野を引っ張り、光の差すほうへ急いだ。


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ