14・燃える帽子
†前回までのお話†
職安の地下に落とされたタイガと水野。そこは、無能な求職者を処分する「ごみ捨て場」だった。モンスターと化した求職者たちに襲われるも、タイガの帽子が光線を発し、壁を壊して脱出に成功する。
壁を掘っていくと、だんだん感触が柔らかくなった。帽子のドリル光線が止まり、うっすらとした発光に変わる。タイガは天井が崩れてこないのを確かめてから、薄茶色に照らされた穴を這い進んでいった。
すぐ後ろから、水野がついてくる。タイガは何度も振り返り、災害が起きていないことを確認した。
「期待しないで」
水野は言った。ここには水がないので、いつものように洪水や竜巻を起こしたりはできないらしい。
頭を突き出していると、帽子が自然に道を掘ってくれる。ほとんど抵抗はなく、砂をかき分けているような感覚だ。どこへ向かっているのかわからないが、なぜかこの方向で正しいという気がしていた。
水野が言うには、帽子はタイガの力で動いているらしい。強く望めば、相手を締め上げたり吹き飛ばしたり、心地よい音楽を奏でたり、宇宙へ行って小惑星を調査したりもできるという。
とはいっても、今まで帽子が役に立ったのは、水野が一緒にいる時だけだった。自分の部屋で、帽子をかぶって適当なことを念じてみても、何も起きなかった。
「この帽子、なんで俺にくれたの?」
「忘れた」
「ゆとりかよ」
しばらく行くうちに、周りの様子が変わった。見られている、とタイガはすぐに思った。壁の中で何かが光っている。目だ。透明なガラスに黒い鉄球を入れたような目玉が、いくつも壁に埋め込まれていた。
「ゴミ発見」
「捕獲せよ捕獲せよ捕獲せよ」
甲高い声で騒ぎ立て、目玉たちが壁から飛び出してくる。タイガは身をかわしたが、腕と背中に体当たりを食らった。あまりの痛みに声も出ない。目玉たちは床に転がり、押し寄せてくる。
「セキュリティシステムみたいだね」
水野は目玉の上を踏んで通ろうとし、滑って戻され、それを三度繰り返してから言った。タイガは腕をさすりながら、不気味に光る目玉たちを見た。休みなく騒ぎ続けている。
「ゴミ! 流出!」
「阻止せよ阻止せよ」
「職場の安全を守るため」
「略して職安」
そういえば、ここは職安の地下だった。
「ここを越えれば外に出られるのか?」
「ゴミはゴミ箱へ。ゴミの日は毎週月曜と木曜。危険物は最後の金曜。分別せよ分別せよ分別せよ」
押しのけて進もうとしても、弾丸のような勢いで飛びつかれ、骨が悲鳴を上げる。ここで負けたら、あの亡者たちの溜まり場へ押し戻されてしまう。
焼却せよ焼却せよ焼却せよ、と目玉たちは跳ね回る。こいつらが焼けてしまえばいいのに、と思った途端、帽子の中が今までにないほど熱くなった。
目玉たちが金切り声で叫んだ。帽子が燃えている。タイガの頭を包み込むように、オレンジ色の炎が上がる。慌てて頭を振ると、さらに激しく燃えた。
「タイガ、危ない」
水野が後ろから背中を押した。タイガは目玉たちの上に転び、額と腹と膝をひどく打った。体の下で何かが焼ける音がして、火が燃え広がっていく。
「火災発生、火災発生」
目玉たちは転がり、逃げ惑う。水野はタイガを揺さぶり、引きずり回し、炎を煽った。煙が喉に流れ込み、痛いともやめろとも言えなかった。
ゴミ、クズ、不要物、履き古したパンツ、などと悪態をつきながら、目玉たちは壁の中へ戻っていった。
静かになる頃、ようやく火も消えた。
「危なかったね」
水野はタイガを起こし、肩や背中を叩いて煤を落とした。叩けば叩くほど、帽子から新しく煤が降ってくる。
「もう少しで僕に燃え移るところだった」
襲え。
タイガは帽子に命じた。途端に帽子の左右から腕が伸びる。巨人のように大きな両手で水野を捕らえる。ぎりぎりと爪を食い込ませ、締め上げる。襲え、襲え、襲え。こんな奴は、トイレの床を拭いた雑巾と一緒に捨ててしまえ。
「あれ? 帽子……あれ?」
何も起きていなかった。
帽子はすっかり焼け焦げて、煙を上げている。指先で触れると、大きな灰の塊が落ちてきた。壁に向かってドリル光線を思い浮かべてみたが、出てこない。ダイナマイト、つるはし、モグラ、耳かき。何を念じてもだめだった。
辺りは闇に包まれている。
「水野さん、ちょっと聞いてくださいな」
「何でしょう」
「水がないと破壊活動ができないとかいう制限やめましょうよ」
「ところ構わず破壊したらただのメンヘラじゃないですか」
「すでにメンヘラなのに何を言いますか」
ふざけている場合ではない。帽子も水野も使えないとなると、壁を抜ける手立てを失ってしまう。これは大問題だ。
「やった! 開いたぞ!」
突然、晴れやかな声がした。振り返ると、大勢の人が走ってくるのが見えた。痩せこけた骸骨のような、ごみ捨て場の亡者たちだ。
「これであの目玉どもから解放される!」
「ごみ捨て場ともおさらばだ!」
「ありがとよ、ありがとな、清掃人!」
全員が狭い通路に押し寄せ、タイガと水野は壁に貼り付いて避けた。
先頭の男が腕を振り上げ、行き止まりの壁に空手チョップをすると、なんと壁が粉々に崩れてしまった。
後に続く人たちが瓦礫を蹴散らし、目玉たちを踏みつける。その先の壁や岩も、体当たりや跳び蹴りで次々と壊していった。細い体からは想像のつかないパワーだ。
「す、すごい……モンスターだ」
「モンスターではない!」
タイガの声に、男が振り向いた。ごみ捨て場で最初に話をした、中年の男だ。
「私たちは、真面目でひたむきな求職者だ」
道が広がり、光があふれた。行く先はゆるい上り坂だ。このまま進んでいけば、地上に出られるだろう。
どこに行くのかな、と水野が言った。
「うーん……何か、わかるような気が」
職安から来た人たちが大量に流れてくる場所を、タイガは確かに見たことがあった。
仕事、仕事、お金、お金、と叫びながら走っていく亡者たちの背中を見ていると、自分の家の押し入れがとても心配になってきた。
「とりあえず行こう」
タイガは水野を引っ張り、光の差すほうへ急いだ。