13・ごみ捨て場
†前回までのお話†
タイガの家の押し入れに、見知らぬ人々が突然現れた。彼らは失業者で、職安から来たという。タイガは水野とともに職安のダンジョンを訪れるが、一歩入ったところで穴があき、地下へ落ちてしまう。
勢いよく落ちて、尻もちをついた。辺りは真っ暗だった。
「どこだ、ここ……」
タイガは腰をさすった。埃っぽく、カビのにおいがする。早く掃除を済ませよう、と立ち上がりかけ、そうじゃなかったと思い出す。
目が慣れてくると、部屋は思ったより広かった。少し離れたところで誰かが手を振っている。
「水野さん」
「僕はこっちだよ」
はっとして振り向く。水野はタイガのすぐ後ろにいた。
「じゃあ、あっちは誰……?」
「山田春男さん四十二歳、好きなものはサッカーとカレーピラフ」
「何その適当なの」
おうい、とその人が呼んだ。細くかすれた声だ。
「よく来たね。ちょっと話そうよ」
骸骨のような男が、ゆらゆらと近づいてくる。タイガと水野は顔を見合わせ、まあいいか、とうなずいた。
男はそばまで来ると、ところどころ歯の欠けた口を開いて言った。
「ここはごみ捨て場のダンジョン。名の通りの場所だ」
「ごみ捨て場? 俺たち、職安に来たんだけど」
男はけたたましく笑った。
「職安か。きみはどこで落ちた? 私は十五階だよ」
「えっ。入ってすぐ……」
聞くやいなや、男はさらに笑った。それから急に咳き込み、背中を丸めてうずくまった。
何もしてないよ、と水野が言った。蹴ったように見えたのは気のせいだろう。
男は胸をさすり、また話し出した。
「職安のダンジョンでは、フロアごとにいろいろな仕事を体験できる。厨房からパソコン業務、ティッシュ配りまである。適正を調べて、活躍できそうな職場に回してもらえるんだ」
「へえ……便利ですね」
「そう思うだろう?」
男は意地悪く目を細める。
「問題は、何をやってもだめな場合だ。職安はそういう奴らを選り分けて、確実に始末する。入ってすぐ落ちたなら間違いない、きみたちはゴミだ」
「ひ、ひどい。水野さんに謝ってください」
「きみ『たち』と言ったんだが、聞こえなかったかな」
ここへ落ちた時のことを思い出す。穴があいたのは水野の足下だった。どう考えても、タイガは巻き込まれただけだ。でも落ちてしまった以上、もうどうしようもない。
タイガが黙っていると、男は話を続けた。
「就労の意志ってものを、私も昔は持っていたよ。でもだめなんだよ。何をやってもだめだった。接客は声が震えるし、パソコンは突き指するし、肉体労働はサボりたくなるし、単純作業は私がやると単純じゃなくなるしね」
「あ、あの」
「そこで私は悟った。働いたら負けだと」
ざざざざ、と男の後ろで大勢の影が立ち上がる。暗闇の中で目を光らせ、ゆっくりと向かってくる。
タイガは身構えた。水野はついでのように顔を上げる。
枯れ枝のような手足をした人たちが近づいてくる。頬がこけ、目は落ちくぼみ、髪は半分くらい抜け落ち、皆同じような顔になっている。十人、二十人、もっとだ。こんなにたくさんの人が、どこに潜んでいたのだろう。
「モンスターだ!」
男は群れの先頭に立ち、得意気に言った。
「私たちはモンスターになった。そうすれば働かなくても生きていける。うろついたり眠ったり、気まぐれに襲いかかったり!」
「それってただの無職じゃ……」
「無職じゃない!」
男は体を縮めて伸ばし、飛びかかってくる。消え入りそうな外見に似合わず、肉食獣のように俊敏な動きだった。引き裂かれる、と思ったが、それよりも早く水野が動いていた。
「聞く耳を持たないと後悔するよ」
水野が手をかざすと、タイガの帽子から霧が吹き出した。襲ってきた男は、霧に触れると勢いよく倒れた。すぐに起き上がるが、何度やっても同じだ。なぜだ、なぜこんなものが通り抜けられない、と男は喚く。
そうしている間に、霧は曇りガラスのように濃くなっていく。
「ちょっと、これ止まらないんだけど」
タイガは帽子を押さえた。水野がもう一度手をかざすと、さらに強く霧が噴射した。
「確かに止まらないね」
「えっ」
動揺すると、瞬時に霧が紫色になった。深呼吸をして落ち着くと、霧も薄まってくる。どうやら、タイガの心に反応しているようだ。
「と、いうことは……」
タイガは壁のほうを向き、図書館で会った黒ウナギのことを思い浮かべた。大きな体、鋭く尖った歯、口から吐き出す光線。真っ白なドリルのような光が、ありありと頭に浮かんだ。すると、まるで脳内から抜け出てきたように、帽子の先からドリル光線が飛び出した。
「これだ! これで壁が掘れる!」
タイガは思わず振り返った。ドリル光線が水野のローブに触れた。ほんの少しかすっただけで、ずたずたに切り裂いてしまった。
ごめん、とタイガは頭を下げた。すると、水野のズボンと靴に光線が当たり、またしてもざっくりと切った。
「タイガ、僕に恨みでもある?」
「ないとは言えない」
ようやく薄まった霧から男が顔を出した。
「清掃人、私たちの仲間にならないか」
「無職は嫌です」
タイガは壁に頭を押しつけた。ドリルの先がコンクリートを削り、穴を広げていく。頭蓋骨が割れるほど痛んだが、構わず掘り続けた。
しばらくすると振動が止まり、痛みも治まった。穴の入り口は、人が一人通れる大きさになっていた。
タイガは暗い穴の中に体をねじ込んでいった。水野も後に続く。
「待て、早まるな。ここを出て行って戻ってきた者はたくさんいるぞ」
男の声が埃のように舞い、消えた。追いかけてくる気配はなかった。