錆と死体
あの空襲から一週間が経った。不意討ちのような襲撃だったが、自国軍の素早い対応により、死傷者は最低限で済んだらしい。
なんとも間抜けなことだが、あれでようやく、この国は長いこと戦争をしていたのだという事実を、多くの国民は思い出せたのだ。
この戦争は、もう何十年と続いている。けれど、国内が襲撃を受けるのは、驚くことにこれが初めてだった。
「……」
復旧作業に入った街並み。雑踏のなかのフェイリは、相変わらずの無表情だった。が、重い足取りが、彼女の心情を少なからず表現している。
小さく溜め息を吐いて、彼女は自身の主である青年を思った。
博物館の、研究室の惨状を目の当たりにした彼の取り乱しようは凄まじかった。焼け焦げた瓦礫に腕を突っ込んで、穴を掘る犬のように、ひたすらあのミイラを探した。指が擦りきれ、爪が削れ、掌が裂けるくらい、必死に。
けれど、やっと見つけた布切れに触れて、ボロボロと静かに涙をこぼすエリオは、『察して』しまったのだろう。
そしてエリオは呟く。
「また死んだっ!!」
焦げた布にすがり付く様は、あまりに哀れで。
第三者でしかないフェイリは、彼に同情しながら、ただ傍観することしか出来なかったのだ。
自分が情けなくなる。ああ、なんて不甲斐ない。
大事な彼を、フェイリは慰めることが出来ない。
第一に、今のエリオは、誰の言葉にも耳を貸さない。町外れにある家の自室に籠り、口もきかず、廃人同然になっている。
第二に、フェイリは同情こそすれ、ミイラが焼けてしまったことに関しては、とても喜んでいるのだ。
エリオは優しい。フェイリにとって、かけがえのない男性である。だが、あのミイラに偏執する彼に、フェイリは恐怖していた。
有り体に言ってしまえば、気持ちが悪い。
彼がああなったのは、ひとえに、あのミイラが現れたからだ。フェイリは幼い頃から、彼をずっと見てきたのだ。だからこそ断言できる。彼は、14年も前、海で溺れ、ミイラの眠る棺とともに浜に流れ着いた。あの時から、彼の何かが変化したのだ。
フェイリは、恨んでいた。愛する人を変貌させてしまった、あのミイラを。
だから今は、むしろ精々しているのだ。ざまあみろ、と。
けれど、不安も残っている。
あれから、脱け殻のようになってしまったエリオ。彼は、ずっとこのままなのだろうか。
「……なんて」
何度目かもわからない溜め息。
「なんて、私は無能」
あまりに情けなくて、涙も流せない。