古き魔女は幻魔を狩る
むかしむかし、世界には 悪魔や魔物、妖精などの
悪い生き物……幻魔があふれていて、人々を苦しめていました。
彼らがいれば人々は苦しんで生きていかなくてはいけません。
しかし彼らを全て消してしまうのは可哀想だ、と神は考えました。
そこで、神様は彼らの住む場所を定め、そこから彼らが出てこられないようにしたのです。
「こんにちは、魔女殿」
私の家に入ってくるなり、神父はキツイ薬草の匂いに顔をしかめた。
もう何度も来てるんだしいい加減慣れろってんだ。……まあ、匂い以外にも嫌悪する理由があるのかもしれないが。
「やあ、神父様、今日は何の用だい?」
いつものように、薬の調合の手を止めずに神父の要件を聞く。
「最近、また森の幻魔が活発化しているようでね。村に被害が出る前に鎮めてほしい」
「あーはいはい、魔物退治ね。毎度毎度面倒なこったね」
「……同族殺しに心が痛むのかね?」
皮肉たっぷりに神父様が言う。やれやれ、聖職者は性格が悪いヤツばっかりだな。
「さあ。私らは人と魔の中間だからね。どっちもお仲間かもしれないし、そうでないかもしれない」
だから私も魔女らしく、善良な人間を煙に巻いてやるのだ。
夜。私はランタン片手に森の中を歩いていた。もう片方の手には、とっておきの魔法具を構えている。
そんな私の前に現れたのは、緑の衣をまとった、長い耳と髪の美青年。これまた典型的な『森の人』だ。
「よう、森の妖精さん。最近村にちょっかいかけてるそうじゃないか」
「魔女よ、お前も人間の味方をするのか」
「人も魔も、ついでに私らにも守らにゃならんルールがある。それを破るならお仕置きだ」
「フン、人の味方につくか。所詮貴様も人間だったという事か!」
「だから違うっちゅうに」
ったく、美系の幻魔はどいつもこいつもこう偏屈なのかねえ。
私の弁解を聞くわけもなく、エルフは何事か詠唱を始める。直後、エルフの周囲に魔法陣が展開され、共鳴するように周囲の木々がざわめきだす。
「おっと、こいつはやばいか」
私はすかさず懐のポーチから特別調合の魔除の粉薬を取り出し、バッとばらまいてやる。するとあっという間に魔法陣は霧散した。
「フン。さすが魔女、と言ったところか」
「魔法は厳禁だぜ、妖精さんよ。こっちも正当防衛せにゃならなくなった」
私は金属の筒をエルフに向ける。
「そいつか……知っておるぞ、鉛玉を射出する人間の兵器だ。愚かな、文明の道具など私には――
エルフの言葉が終わる前に、ズドン、と一発。眉間に風穴の空いたエルフは驚愕の表情で言葉を漏らす。
「……馬鹿な……!? 人間の兵器など、我々には効かぬはずだぞ!!」
さすが幻魔。もし人間がそんな重症でそこまで激昂したら、額の風穴から血を噴き出して間抜けな死に方をしているところだ。
いや、風穴空いた時点で即死してるのか? まあ、どっちでもいいや。
「だろうな。幻魔を殺すのは幻想だけだ」
「だが! それは確かに……!」
うろたえるエルフに、私は堂々と言い放ってやる。
「私だって少しは知ってるさ。こいつがカガク……錬金術の弟分の産物だってのは。
だけどな、私は魔女だ。それ以上の仕組みは知る必要が無い。なにせこの世は精霊と神々の御業で動いてるんだ。
こいつだって火の精霊が閉じ込められている小型兵器。『そういう事になってるんだよ』、私の中じゃあね」
外の人間はもはや幻魔を倒せない。
あらゆる物事の仕組みを暴き立て、なにかしらの理由をつけて、「現実」に縛りつけてしまったから。
人は現実を確かなものにするために、幻想を手放してしまった。
だからもう、幻魔たちには人間のいかなる武力も届かない。
――だが幻想は、人間の空想の上にある。人が思いこめば無は有となり、虚が実に影響を及ぼすのだ。
「……お前という奴はぁあぁあぁ!!」
「さあて、そろそろ退場ねがおうか。もう私の『魔法』は喰らったろ、大人しく消えてくれ」
私は襲ってくるエルフに狙いを定め、もう一度、引き金を引いた。
■ ■ ■
数日後。今日も神父様が魔女の家にやってきた。
「おかげさまで村に平和が戻ったよ。ありがとう」
そう言って神父は報酬をテーブルの上に置く。
幻魔は死体が残らないから「倒した証拠を見せろ」などと言われたら厄介だが、この神父は、村への被害が無くなった=私の仕事は成功、という事にしてくれる。
その辺の寛大さだけは、この神父の長所だと思う。
「魔女という存在は許し難いが、君が魔女を継いでくれたおかげで村が安泰なのもまた事実だ」
「おいおい、あんたが褒めるなんて気味悪いぞ」
「とはいえ事実、君が破天荒なおてんば娘で助かっているよ。先代では、とても幻魔を倒せはしなかっただろう」
「違いない」
私は苦笑した。
私の先代魔女、ばあ様は、言っちゃあなんだが、薬草に詳しいただのばーさんだった。学なんざない、文字だって読めるか怪しかったくらいの人だった。
ただ彼女は、長年受け継がれた知識と経験で、魔女狩りをくぐりぬけ生きながらえ、やがて私に魔女の業と歴史を継承した。
私はそんなばあ様を……受け継いだ『魔女』の名を誇りに思っている。
「これからも頼りにしてますよ、魔女殿」
「ああ、任せておけ」
だから、私は胸を張って答える。
「私は、正統な知識と血統を受け継いだ魔女だからな!」
この世界には、まだ幻魔たちと渡りあえる存在がいる。
外の人間からしてみれば、彼らは古い時代に生きる無知で愚かな妄想屋。
だが皮肉なもんだ、人間が幻想を否定し、魔法を否定する現代だからこそ、彼らの抱き続けた『幻想』が求められている。
ムシのいい話だ、とも思うが、私はそんな人間の勝手さに感謝しなけりゃならん。
彼らの身勝手のおかげで、私はこの時代にあってなお魔女として生きていられるのだから。