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南北の海峡 -The Split Fate-   作者: 伊東椋
第一部 2つの日本
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07 帝国の不安

 

 2014年11月18日

 日本帝国・帝都東京―――


 本格的に冬が近付く11月の中頃、東京を始めとした関東地方各地で初雪が観測され、僅かに雪が残った帝都の地を、内閣総理大臣―――葛島秀雄かしまひでおが乗った車が一路首相官邸に向かっていた。

 葛島は流れていく外の光景に、その皺が端に刻む細い瞳を向けた。雪にまみれながら路上に座り込む人々の姿がちらほらと見えた。鹿島はそれらの光景を、ただ流れていくのを見届けるだけだった。

 葛島は、一年前に起こった帝国の一大事件を思い出す。

 


 2013年1月13日―――

 

 静岡県東部を震源とする大地震が東海地方を中心に発生した。首相官邸内を発祥に地震対策本部が設置され、国内は再び災害による混乱に呑みこまれた。

 日本列島は様々なプレートが集結した世界に類を見ない地震大国であり、二つの国家に分断されてからも、地震と言う災害だけは南も北も共通して持っていたものだった。

 北日本においても北海道南西部や東部などで大きな地震はあった。しかし南日本は特に、関西と東北という二つの大震災を経験していた。

 静岡で発生した大地震は南日本にとっては関西、東北の大震災に次ぐ、戦後における大規模な災害となった。過去の震災の教訓もあり、対応の迅速さは評価に値するものではあったが、南日本は再び震災によるダメージを受ける羽目になった。

 「原発が運転を停止していたのは不幸中の幸いか……少なくとも、東北大震災の二の舞は防いだということで良いんだな?」

 過去の東北で発生した大震災に関連し、甚大な被害を受けた原発事故の教訓を得て稼働を停止していた浜岡原発も地震とそれに伴う津波被害が、地震発生前から懸念されたが、東北の大震災にあった原発事故のようなことは起こらずに済んでいた。

 しかしまだ安心はできない状況であることは変わりないし、しかも世間では浜岡原発の被害に根も葉もない噂を付けて迷惑な憶測が広まっている。

 「そうです。 しかし……世間はそう考えてはいません。 国民の原子力に対する反発はこの東海地震でますます膨らんでいる模様です」

 「また全ての原発を停めろと?」

 「……………」

 原子力エネルギーは東北の大震災以降も国にとっては手放すには惜しいものに変わらず、しかも当時の政権は国民に真実を明かすことを躊躇った。

 おかげで民自党の信用は原子力エネルギーの安全と共に失墜し、葛島が総理大臣の座に昇ってもその傾向は変わらなかった。信用というのは一度失ってしまえば、取り戻すことは非常に難しい。

 しかし何があっても、エネルギーは国家にとって生命の源なのだ。それがたとえどんなに大きなリスクを背負うものであっても、石油すら自国で産出できない無資源国家が贅沢を言っていられる余地はない。

 「東北の大震災と違い、今回はあの時のような失態は繰り返されておりません。 しかしそんなことは世間には関係ありません。 信じるのは、自分のみです」

 「それもそうだ……我々を信じろ、と言う方が無理な話だろう」

 「そ、総理……」

 原発はやはり不要―――かつて、国内で初めて原発が運転を開始した時は、未来のエネルギーとして期待された。しかしその正体が如何に恐ろしいかが実証されると、こぞって反対の意が日本中から溢れ出た。



 「(そう……あの頃からただ一つ、『資源』と言う名目のために躍起になったものだ)」

 あの震災で帝国は大きな転換点を迎えた。原子力に代わる代替エネルギーの促進、無資源国家としては最大の課題となった。

 今や少数であるが幾つかの原発は稼働を再開(世論の原発反対の意思は変わらないが)、諸外国とのエネルギー確保のための外交も重ねてきた。

 おかげで諸外国との共同開発、輸入を取り付けることに成功し、帝国は着々とエネルギー事情の改善を進めている。

 やはり原子力から得た恩恵には到底辿り着かないが―――

 「(我々日本人が如何に、原子力に頼ってきたのかが思い知らされるな……)」

 日本周辺に眠る、原子力エネルギーの代替に成り得る新エネルギーの採掘と開発が実現すれば、そんな悩みも解消されるのだが―――世の中と言うのは、そう簡単にはいかないようだった。



 「―――しかしこの列島にいるのは、我々だけではありません」

 

 「―――!」

 葛島は顔を上げた。ふと見渡してみると、広い会議室に閣僚たち、そして防衛省からの軍関係者も同席している姿が目に入った。ここは首相官邸内で開かれた安全保障会議の場であることを、葛島は思い出した。

 「こちらをご覧ください。 米国の偵察衛星が撮影した写真です」

 葛島の正面―――大きなスクリーンには、何枚もの上空写真が映されていた。平地、港、滑走路、様々な場所の上空写真がある。

 「これは二日前に撮影された、北日本の主要の航空基地、軍港、ミサイル基地などの写真です。 ご覧ください、北日本主力の戦闘機部隊がある千歳基地には多数の機体が確認できます。 室蘭や函館などの軍港においても艦艇、船舶の出入港が活発になっています。 同じく、道東各所のミサイル基地でも―――」

 若い軍関係者の一人がスクリーンの写真を元に説明する。スクリーンが明滅を繰り返しながら写真や比較データ等を映し出し、その度に闇の中から彼らの姿を浮かび上がらせた。彼らは微動だにせず、映り変わったスクリーンを注視し続ける。

 「―――この北日本軍の行動が活発化している要因は、おそらく我が海軍の境界線付近で予定されている演習に対しての行動ではないかと分析されます」

 「なら、演習を中止にすれば向こうの気も収まるのではないか? 無理にする必要は―――」

 閣僚の一人が言った言葉に対し、言い終わらない内に即答する。

 「それは絶対にあってはならないことです。 この演習は諸外国からの侵略を想定し、我が国を境界線にて迎え撃ち防衛することを目的としています。 外部からの圧力に屈し、演習を中止させることは既に侵略される前に我々が敗北するということです」

 「しかし、悪戯に双方の間で摩擦を作るのは本末転倒と言うべきじゃないのかね?」

 軍人と政治家は相容れない部分が大きい。戦争を起こさないためにあるのは軍人と政治家に共通した部分ではあるが、『現場』と言う最も異なる部分が双方の間を隔てている。それはお互いが理解を得るには難しいものだった。

 「一つ、良いか?」

 閣僚の一人が手を上げる。経済産業大臣だ。

 「疑問に思うのだが、何故この時期に動き出す? 奴らを動かしているものは、一体何なんだ」

 北海道戦争以来、半世紀もの間、分断した国家として在り続けた南北日本。この半世紀の間、停戦でありまだ一応の戦争状態とは言え、北海道戦争のような大規模な衝突はなかった。ここまで活発な軍事行動も前例がない。

 故に目立ち、怪し過ぎる光景だった。これでは余計にこちらの警戒心を強めるようなものだ。

 北日本の燃料事情が悪いことは軍なら勿論、政治家まで知る周知の事実だ。そんな国の軍隊が大きく動ける程、燃料に余裕があるとも思えない。

 いや、だからこそか―――そんな気付きたくない事実に薄々勘付いてしまう者も何人かいた。

 「まさか、ヤケになっているとは思えないが」

 「……案外、間違いでもないかもしれないな」

 「おいおい、悪い冗談はよしてくれ。 たまったものじゃない」

 共産主義国家は何を考えているのかわからない。

 盟主だったソ連が滅び、冷戦が終わったと言うのに、この国は未だに敵性陣営に囲まれた不幸な境遇を強いられていた。

 これほど相性が悪い国々に囲まれている国は、そうそう無いだろう―――

 「一つ近い可能性としては、向こうの後継者問題が絡んでいることもあり得ます」

 北日本を統治している日本共産党のトップ―――その党首の後継者問題が近年からの北日本の議題だった。最近療養中と言われている北日本の現党首に関して、政府は情報収集に勤しんでいる。それに関連して、北日本国内では次期党首への後継問題が浮上していた。

 次期党首は既に決定されていると言う未確認情報はあるが、それは現党首が逝去しない限り確証が得られない。

 次期党首への後継に絡んで、内外への圧力として軍事行動を起こす可能性は否定できなかった。

 「最近、姿を見かけないが……だからこそ、その可能性は大きいな」

 「何であれ」

 葛島が、席を立つ。辺りの視線が葛島に集まった。

 「如何なる理由であれ、目の前に危険な動きがあることは事実だ。 これに対し、我が国は適正な方法を以て事態に対処しよう」

 緊張感が、室内に漂った。理由はどうあれ、半世紀前以来の危機がこの国を襲うかもしれない事実は明確だ。そのことが彼らの息を呑ませた。

 「ところで……」

 葛島はふぅ、と息を吐くと、真っ直ぐに軍関係者たちへ視線を向けた。

 「もし向こうが攻めてくるとして、やはり……」

 今までスクリーンを元に説明していた彼が頷く。

 「青森沿岸―――大湊への攻撃が先手となるでしょう」



 青森県、大湊―――

 

 北方軍事境界線がある津軽海峡を目と鼻の先にした大湊は、南日本における最前線と名高い港だ。国境保安隊を含む多数の戦闘艦が集結しており、日々軍事境界線付近の警備に当たっている。



 雪が舞う大湊飛行場の滑走路に、四発のプロペラを回したOP-3Cが姿を見せる。

 着陸体勢に入ったOP-3Cは真っ白な滑走路へ滑るように、そのまま雪降る最前線の地へと降り立った。


 「雪です、かなちゃん! 真っ白、そして寒いですっ」

 機体から降り立った陽和は、降ってくる雪を掴むように手を上げながら、子供のように走った。

 もこもことした真っ白な防寒着に、その上に大き目のマフラーで顔の下半分を埋めた陽和は正に皇女ではなく一人の少女のようだった。

 「殿下、あまり走られては……」

 「きゃうッ!」

 夏苗が言い終える前に、見事に滑って転ぶ陽和。

 「殿下……!」

 顔を青くして、慌てて駆け寄る。

 「ご無事ですか、殿下……!」

 「ち、ちめたい……」

 夏苗は、鼻の上に雪を乗せた陽和を支えるように立たせる。身体に付いた雪を丁寧に払い、大事がないか注意深く観察する。

 「お怪我は……」

 「大丈夫です、ちょっと滑っただけです。 えへへ、恥ずかしいですね……」

 「これから移動となります。 あまり無理をされるのは……」

 「そうですね、ごめんなさい……雪は、久しぶりですから……」

 顔をほのかに赤くした陽和は小さな笑みを浮かべた。夏苗は目の前の少女らしい笑顔を前に笑みがこぼれた。

 しかしそんな少女たちを歓迎していないかのように、雪が降る空は淀んだ灰色を濃くさせていった。


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