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南北の海峡 -The Split Fate-   作者: 伊東椋
第一部 2つの日本
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06 死地の部隊

 北日本の特殊部隊は――――質を省いても、数は多い。

 内戦より半世紀、南侵を諦めなかった日本共産党の不屈さが自国における特殊部隊を育て上げた。

 停戦から10年と経たぬ内に特殊部隊の前身を作り上げ、組織の改編と粛清を繰り返し、今や8万の兵力を誇っている。

 数は多くとも、質もまた当然見過ごせないものだ。

 その中でも最精鋭と言われる部隊が、第803部隊である。

 彼らは南との戦争時、敵国内に潜入し後方で錯乱させる任務を帯びているが、平時に限っても過去のテロ等の事件の関与を疑われる程、南日本にとっては要注意すべき存在だった。

 彼らを生み出したものが一体どんなものなのか。想像を絶する過酷な訓練。それは日本共産党の南侵に対する執着が強固なものの現れに過ぎない。

 

 党首様の命令があればいつでも死ぬ覚悟がある―――その忠誠心の表れは、別の意志によるものの偽りに過ぎなかった。


 「いつでも死ぬ――――それは、いつ死んでも良い存在と言う裏返しでもある」

 第803部隊の訓練施設。そのブリーフィングルーム。部隊の兵士たちが集う場には、一人の若い男が彼らの前に立ち、注目を集めていた。演説をする彼の背後には日本人民共和国の領土である、千島列島を含めた北海道の地図があり、その隣には共和国の指導者様の額縁が飾られている。

 「貴様達は俺を含め、この国にとっては使い捨てるための駒のようなものだ。 党や祖国にそう思わせる程の経緯を個々は持っていると思うが、今の我々にはそんなものは最早関係ない。 ただ、俺たちは死ぬために生きるだけである」

 若い男は、襟に見える階級章やそれを与える功績を記した勲章を胸にさげている。部隊の指揮官として彼はこの場に立っている。彼の目つきはひどく鋭い―――そんな彼の目を、部屋の隅に控える将校の女が見詰め、彼の自虐的な演説を聴き、微かに笑った。

 「俺たちは他の奴らとは異なる。 だが、同時にそれが俺たちの救いでもある」

 彼の―――八雲浩上尉の言葉を、兵士たちはぴくりとも動かずに聴いている。

 「俺たちの目的は、死ぬことだ。 この国から出て行くことだ。 それを忘れず、任務に精進せよ!」

 演説は終わり、兵士たちの起立、敬礼に見送られる。浩は答礼し、解散を告げた。

 同等の比率である男女混同、まだあどけなさすら残す平均年齢と外見―――そんな奇妙な集団が部屋からいなくなると、それを見定めるようにその場にずっと立っていた浩に声が掛かる。

 「政治将校わたしの前でよくあそこまで言えたものだな。 相変わらずだが」

 浩の天然の鋭い目つきが彼女に向けられる―――黒い長髪を繊細に揺らし、真っ白な肌と整った顔立ちの上に、掛けられた眼鏡は彼女の美貌をこの上なく形成していた。踵を鳴らし、彼女は微笑をたたえながら浩の方へ歩み寄っていった。

 「そこまで死にたいか、同志上尉」

 浩のそばまで歩み寄り、眼鏡の奥から浩を見据えた彼女は若干仰ぎ見る。

 「先も言った。 それが俺たちの任務だと」

 「前から思っていたが、どうやら同志上尉は誤解をされているようだ」

 ぴくりと微かに動く眉。彼女―――政治総省から派遣され、第803部隊の政治将校として籍を置く東堂沙希中尉の滑らかな唇が微笑した。

 「我が共和国の8万の特殊部隊の中でも最強と謳われた第803部隊は、忠誠を誓う党にとっても最早無くすには惜しい存在だ。 それを知ってか知らずか、同志上尉はまるでその第803部隊を全滅させるかのような勢いで死ねと連呼する。 それが純真なる党への忠誠心だと思いたいが、同志上尉は別の意味で純真にそれに従おうとしているように思えてしまう」

 「……………」

 「同志上尉、第803部隊を無くすことを党は望まない。 そして―――」

 それは妖艶比類ない政治将校として名高い彼女の―――囁きだった。

 彼女の人差し指が、滑らかに浩の唇を伝い、最終的に頬へ触れる。

 「私自身も、それは望むべきものではない」

 彼女の細い指が浩の頬を愛おしく撫で、そっと離れる。

 「私は同志上尉と第803部隊の兵たちを監視する義務がある。 変な気を起こさないように、な」

 そう言って、沙希はクスクスと笑った。

 「……同志中尉、貴官こそ俺たちを誤解している」

 「そうかな? ふふ、そうだと良いがな」

 「忠誠心の対象である党や祖国に仇名す愚公など金輪際考えてはいないよ。 勿論、反共的な意図は皆無だ」

 「その言葉、信じても良いのだな」

 軍の施設と言えど、壁の内部に盗聴器ぐらいは仕込まれているだろう―――しかし、浩はまるで臆していなかった。

 「ああ」

 浩は一言頷き、沙希は―――浩の胸に手を添え、踵を上げた。

 背伸びした沙希の唇が浩のものと重なり―――数秒間の静寂が訪れた。

 お互いの柔らかな心地良さと湿り気を共有する。離した互いの間に細い橋を引き、沙希は踵を付けた。

 「わかっていると思うが、私は裏切れないぞ。 同志上尉」

 ほのかに頬を朱に染め、変わらない微笑を浮かべる沙希の言葉に、浩は無言で頷いた。微かに赤の色を浮かべる反応を示した沙希に対し、浩の顔は鋭い目つきを含め、全く変わっていなかった。浩の脳裏にあるのは、ただ、新たな任務を告げる一枚の辞表だけだった。

■解説



●第803部隊

南日本への潜入工作を主任務とする北日本の特殊部隊。北日本国内の特殊部隊の中でも最精鋭と呼ばれる程の最強部隊だが、指揮官の八雲浩上尉を含め、隊員個人に謎が多い。浩が配属された頃は今ほどの名誉を得ていなかったが、浩の加入以来、現在の名誉を至る程の成長を遂げた。その功績を含め、浩自身も年齢に見合わない地位と名誉を得ている。



普段の作品では主人公に対する表記を名字で書いてしまう癖がある私ですが、この作品ではその方向だとややこしくなる恐れが出てしまうので、一般に見受けられるファーストネーム表記で書かせていただきました。

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