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南北の海峡 -The Split Fate-   作者: 伊東椋
第六部 運命の収束点
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59 日本国案

 

 間取は夢見ていた。愛する日本が一つの国家となる日を。


 間取は夢見ていた。民衆が主人公となって国を動かす日を。


 間取は自分の意志に共感した同志たちと共に長年北日本を蝕んできた独裁政権を打倒し、新たに理想する日本の礎を築くことを、長い間待ち望んでいた。

 何度も障害にぶち当たってきた。しかしようやく実が生った。札幌空襲の際に負った火傷が間取の人間性を大きく歪めてしまったが、求める理想だけは依然として変わることはなかった。

 「皇族は庶民の上に立ち、支配する王の存在に等しかった。しかし古来より日本の王とは、民衆を支配するのではなく、常に民衆のためを想う世界でも類に見ない種類の王だった。それこそが日本という国なのだ。王は王ではない。民衆の象徴だ。つまり、王の象徴を有して初めて日本は真の国家となるのだと、私は信じている」

 そのための下準備だった。南日本から伏見宮陽和を拉致したのもそのため。

 札幌で独裁政権を打倒した後に、新たに設立した新政府の上に彼女を立たせる予定だった。

 間取が望む理想の日本とは、単なる君主制国家ではなかった。

 共産主義でもなかった。

 国民主権。当初からこれだけは間取にとって理想とする日本の国体として必要なものだった。

 つまり、国家分断後の日本人民共和国を除くこれまでの日本にあった皇帝を国家元首としたものではなく、皇帝を全国民の象徴とする象徴制という制度の設置だ。

 皇族は存在するが、あくまでその君は元首ではなく国民の象徴であり、国政への関与・介入は一切認められない。

 現在の南日本は戦後の憲法改正で帝国君主を国家元首としながらも、国政は国政担当首長に位置する内閣総理大臣に全面的に委譲される制度を採用している。しかしそれでは不十分である。

 君を完全に切り離し、民をそこへ据える。

 間取の提案は完全に君は元首でもない象徴的存在と位置付けられているものだった。

 国民が主権を得るには、その方向しかない。

 日本人民共和国の党首、日本帝国の帝国君主、どちらも国民と同じ高さに足を付けなかった。

 遥か高みの存在を認めてはいけない。国民のための国を作るには、国民が主役でないと話にならないのだ。

 

 間取は自らの理想国家像をまとめた提案――――日本国案を、南日本に向かって提唱した。

 


 



 葛島たち帝国政府は驚愕した。陥落寸前の旭川に潜む臨時政府から突然、統一国家案の一種が提唱されるとは夢にも思わなかったからだ。

 「これはつまり、降伏するということか?」

 少なくとも敵側は戦闘の終結を望んでいる。でなければ、このような場合に統一国家案など示さないからだ。

 「ここに来て、『日本民主連邦共和国』の再来か?」

 

 ―――日本民主連邦共和国。


 かつて南北関係が回復傾向にあった頃。

 険悪ムードが殆どだった南北関係にも、そのような時代はあった。

 当時の日本人民共和国日本共産党党首が、党大会の中で南日本側に提唱したもので、将来の南北統一像を描いた国家観だった。

 南北ムードが良好だった当時、北日本の党首が将来の南北統一に向けて『一民族・一国家の二制度・二政府による連邦制』による統一を主張した。これは言わば中国で言う所の香港に似た制度を南北両国が採用し、二つの政府で一つの国家を運営するという形だ。

 提唱した理由としては、南日本が日米関係を強固なものとし、北日本の武力による統一の可能性が薄らいでしまったためとも言われているが、諸説ある。

 北側からの珍しい平和的な案だったが、一部には国内の共産党結成の容認や在日米軍の撤退などの要求が含まれており、当時の南日本には到底受け入れられる内容ではなかった。

 結局、ほぼ同時に起こった北日本主犯のテロ事件が発生し、拒絶する方針を固める南日本の姿勢は決定的なものとなり、良好だった南北関係は一気に冷え込んだことで日本連邦の夢もあっけなく消え去った。

 「ただの命乞いですよ」

 「しかし、停戦の望みには変わらない」

 葛島は頷く。

 既に旭川に侵攻中の日米同盟軍は旭川における北日本軍の防衛拠点である基地を制圧しつつあり、その前には市内全域に降伏勧告が発せられている。こちら側の降伏勧告の後に届いた北側からのメッセージは、すなわち停戦を受け入れるということではないのだろうか?

 「しかしこの『日本国案』とやら、とんでもないですね」

 閣僚の一人が、提唱された旭川臨時政府の統一案の中身が記載された書面を見詰めながら口を開く。

 日本古来より在る帝国君主の制度改革。国家元首とした君を、象徴制に変革するという内容が特に閣僚たちの目に留まった。

 しかし―――それ以外の内容も、葛島は真剣に目を通していた。確かにそれは理想に近かった。

 この案を作った者は、余程に自由でありながら理性もある。これを基にすれば、これまでの南北日本の双方とは違う、全く別の日本が誕生する可能性があるかもしれない。

 それこそが統一した日本の在るべき姿。案を作った者は、明らかにそう言っているようにしか見えなかった。

 「この案を受け入れるかは別として、とりあえずこれを受諾したように見せながら、停戦となるよう取り計らった方が良いのでは」

 「現段階では当然、この『日本国案』とやらは採用されると決まるわけではない。しかし統一が叶えば、今後の統一日本をどうするかを議論する機会は必ずあります。その時に、この案を検討することにしても、充分過ぎると思う」

 統一を前提とした戦後処理はかなり複雑なものになるだろう。旭川の臨時政府が発した『日本国案』を受諾し、採用するにしても、慎重な議論が必要だ。統一日本の国家像をどのようにするかも、改めてかつての北日本の人間たちと話し合わなければならない機会も必ず訪れる。

 今後の日本をどうするか。

 まずはこの戦争を終わらせてからでないと話も出来ない。

 このタイミングで案を提唱した者もそう言っているのかもしれない。

 「……そして、伏見宮の陽和殿下が臨時政府の手中にある。これらの事実を踏まえた結果、我が国は臨時政府が提唱した統一案を受け入れ、停戦交渉に入る他ないと思う」

 しかも相手側には“人質”がいる。

 こちら側を頷かせる用意をとっくの昔から始めていたのだ。これがもし誰かが考えたことだとしたら、素直に関心するしかなかった。

 葛島は決断した。

 潮時だ。葛島はその瞬間が今であると直感した。

 「日本人同士の戦争はもう終わりだ。停戦交渉のテーブルを急いで用意するんだ」

 葛島は力が抜けそうになった身体をぐっと堪えた。まだ気を緩んで良い段階ではない。これからが正念場だ。葛島は停戦の宣言書にサインを書くつもりで席を立った。




 ―――その時、立ち上がった葛島の耳に、突き刺すような警告音が鳴り響いた。



 「北日本から、弾道ミサイルが発射されました!」

 アラートに気付いた誰かが叫び、立ち上がった葛島の身体を硬直させた。

 

■解説



○日本民主連邦共和国

かつて北日本の最高指導者であった建国以来の初代党首が南日本側に唱えた南北日本の統一案にあった連邦制国家、国名。

日本民族による一つの日本という国家像を描く一方、二制度・二政府の連邦制による統一を主張したもの。南日本が米国との同盟を強化させたことで北日本による武力的な南北統一の可能性が薄らいでしまったことなどが背景にあると言われているが、政治面が北日本側に優位にあった仕組みであったために、この案は南日本側には到底受け入れられない中身となっている。

当時、南北関係が回復傾向にあった頃に唱えられたものだったが、ほぼ同時期に発生した北日本の関与が濃厚に疑われる一連のテロ事件によって完全にこの案は南北関係の悪化と共に消え失せている。

間取が提唱した日本国案は、日本民主連邦共和国と異なり連邦制ではなく完全な一政府・一制度による一国家であり、皇帝制を認めている節があることなどからその内容も南日本側に殆ど近いものとなっている。但し同時に大きく異なるのが元首としてきた帝国君主を象徴とする制度の採用を謳った象徴制であり、それを始めとした皇族や国民主権に関する事項の数々である。



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