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南北の海峡 -The Split Fate-   作者: 伊東椋
第六部 運命の収束点
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58 最後の花火



 2015年1月21日午後2時51分

 日本人民共和国・十勝・第5砲兵団十勝ミサイル基地跡―――



 道東に集中配備されている北日本のミサイル基地は、平時の時から南日本にとって脅威と見なされてきた。第二次北海道戦争の発端となった、大湊を始めとする各地への奇襲攻撃の先手も、道東の基地から発射されたミサイル攻撃だった。

 道東各地の地上のミサイル基地はことごとく壊滅した。南日本本土のほぼ全域を射程範囲内とする北日本の弾道ミサイルは最も高い脅威だった。実際、大湊などが攻撃を受け壊滅した。日米同盟軍は戦争の初期段階から北日本のミサイル基地に対する攻撃を重視し、そして実施した。

 日米同盟軍の空爆部隊は道東のミサイル基地を徹底的に駆逐し、地上から北日本のミサイル基地は葬られた。

 晴れて平時の頃より忌わしき弾道ミサイルの脅威は取り除かれ、日米両国は安心して北海道へ侵攻する。

 しかし荒れ果てた荒野が続く広大な十勝平野の地下に、導火線の先を燃やさんとする火がまだ残っていた。

 「……同志少佐。また神に祈っていたのか」

 第102地下砲兵基地。表には記載されていない第5砲兵団の秘密部隊、第102砲兵部隊。地下に基地を構え、その規模は北日本最大のミサイル部隊第5砲兵団一を誇る。

 第102砲兵部隊を率いる皆本佳樹少佐は合掌していた両手を解き、ミサイル部隊の年老いた科学者の呆れ笑いを含ませた顔へ振り返った。

 「俺たちの国ゃ、宗教は認められていないんじゃなかったけか?」

 「現状ではそんな祖国も無いも同然だろう」

 「それを言っちゃおしめえよ」

 カッカッカと笑う科学者。刻まれた皺が更に濃くなり、皿が入りそうな口を更に大きく開けた。

 「それに、これから俺たちが無くすことになるんだ」

 「で……少佐は神に祈ざるにはいられなかったってわけか」

 白髪の科学者の言葉に、皆本は無言を返事とする。人民国防軍の濃緑色の軍服を着た皆本は白衣を着た老いた科学者に上官としての確認を促した。

 「旭川から命令が届いた。そちらの準備は万全か」

 「当たり前だ。いつでも、そしてどこにでも飛ばせる」

 南日本と米国の連合軍に絶賛フルボッコされている旭川から受け取った最後の指令に、皆本は従順する体を保持した。

 地下深くに隠された基地の存在を、敵はまだ気付いていない。

 根絶したと思われた弾道ミサイルが、突然地下から幾数も発射されたら、南日本と米国は度肝を抜かれるだろう。

 平時の発射実験の際、自らを棚に上げて批難し続けた敵の監視を欺き、発射を強行したことは一回ではない。

 今回が、敵に対する最後の花向けとなるだろう。

 「これが最後の仕事とは、お互い報われないな……」

 「俺たちぁ今までの人生を無駄だったとは思っていません。同志少佐に付いていけただけで幸せだったさ」

 言葉を紡ぎながら白髪の頭を掻き始める。

 「個人の意志なんざ関係ねえこの国で生きるために皆必死だった。この仕事のために、国民の米代が予算に注がれたり、開発に勤しんだ親友や部下たちが失敗の責任を問われて処刑されたこともあった。俺たちぁ仲間を犠牲にしても、生きるために仕事を続けた。だけど、俺ぁこの仕事を誇りに思っているんだ。死んでいった仲間や、俺たちの人生そのものだったからな」

 中小国も弾道ミサイル技術を取得できるようになった1970年代の時点から、北日本は中国などと並んで高度な弾道ミサイル技術を保有していた。

 これは1960年代に当時盟邦だったソ連からの提供が発端だった。

 ソ連から譲り受けた弾道ミサイルを研究し、開発した北日本の弾道ミサイル技術はその後急速に進展した。

 更に北日本の弾道ミサイル技術は諸外国に流れるようになり、外貨獲得手段として確立させるまでに至り、多くの国に弾道ミサイルが輸出され経済低迷に陥り始めた北日本に潤いを与えた。

 道東を拠点とする第5砲兵団は人民国防軍の伝統あるミサイル部隊であり、北日本の弾道ミサイル技術の進展と共に発展の道を歩んできた。北日本の弾道ミサイルが南日本にとって真剣に脅威と認定された2000年代の時点で、第5砲兵団は世界屈指のミサイル部隊にまで成長した。

 故馬淵首相が目論んだ大湊などへのミサイル奇襲攻撃を実施したのも第5砲兵団である。

 開戦劈頭において日米同盟軍の最大の敵として徹底的に叩かれたと思えば、最後の力がまだ彼らには残されていた。

 「国民を食い物にして丸々と太った俺たちが、最後にようやくこの国に幕を下ろせるのなら、俺ぁ満足だよ少佐殿」

 「……君たちは、俺の誇りだ。そして神が君たちを赦してくれることを願うよ」

 「はっはっ! 俺ぁとっくの昔から地獄行きが決まってんだ。 赦しなら閻魔大王様から貰ってくるよ!」

 「地獄の点に関しては、俺も同じだよ。じいさん」

 また豪快に笑い出したを目の前にして、皆本は穏やかな笑みを久しく浮かばせた。

 

 ―――最後の点火が、行われた。


 地下から通じる発射塔が口を開ける。その地下深くから弾道弾を抱えた車両が動き出していた。

 もうすぐその奥からオレンジ色の光が順次、天に向かって飛び立っていくのだ。

 「死は全てを解決する。人間がいなければ、問題は起こらない」

 この国の全ての結晶、自分たちの結晶が点火する様子を見詰め、皆本はぽつりと言う。

 「……ソビエト連邦かの独裁者の言葉ですね」

 二年前にプロジェクトチームに参加したと言う隣にいた若い科学者が呟く。彼がチームの中で一番の若輩者だった。たった二年という歳月の中で、彼もまた自分の人生を発射台に備えられた弾道ミサイルに注いだ一人だった。皆本は口元を緩ませ、言った。

 「数千万の命を虐殺し、尚も崇拝される男の言葉としてはふさわしすぎると思わないか?」

 「一部の言葉に限っては我々も同じですね」

 「俺たちにはそれだけで十分だ。俺たちは、崇められるような格ではないからな」

 消えようとする自分の命を前に、一片の悔いはないと言っているような表情で、皆本は言った。皆本が見上げた先に、幾線の光が天に向かって昇っていった。


 

 北海道沖の日米同盟軍艦隊は衝撃に打たれた。日米の各イージス艦が殲滅したはずの道東のミサイル基地付近から、発射された飛翔体を捕捉した。

 戦争の初期段階から潰したはずの十勝基地から放たれた飛翔体に日米同盟軍艦隊は動揺した。南日本本土に着弾する可能性を危惧した艦隊は弾道ミサイルの迎撃を試みる。

 弾道ミサイルに対する迎撃は、必ずしも成功確率が百パーセントではない。

 しかも基地を既に壊滅させたとばかり思い込んでいた艦隊にとっては余りにも不意打ちだった。

 艦隊は急いで迎撃態勢に入り、飛来に備えた。

 しかし発射された幾数の飛翔体は南日本本土に向かわなかった。

 飛翔体は上に打ち上げられ、そして――――また下に落ちていった。



 

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