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南北の海峡 -The Split Fate-   作者: 伊東椋
第五部 戦火の中で
52/63

50 男の決意


 旭川侵攻の二日前―――


 2015年1月19日午前9時03分

 日本人民共和国・釧路沖



 時化った鉛色の海に聳え立つ城が浮かんでいた。

 周囲を取り囲む白い霧が全方位に渡って視界を遮るが、レーダー制御による恩恵で砲塔は難なく地上への艦砲射撃を済ませていた。21世紀には不釣り合いな巨大砲身が高々と首を上げ、一つの砲塔に三門の砲口からは既に二トン級の砲弾が射出された後だった。

 南日本国内で唯一現役運用されている戦艦『尾張』は釧路沖の海上にいた。平時は伏見宮家の御召艦という御役目を果たしている艦が何故このような北の最果ての海上にいるのかと問われれば、帝国海軍籍を有する伏見宮家の艦故に有事は他の艦艇同様、戦闘艦として稼働する使命も賜っているからである。日本海から石狩湾上陸の支援砲撃にも参加し、その経緯を経て現在は釧路沖にて行き脚を留めている。

 北日本の沿岸地域は、第二次北海道戦争の開戦から現在に至るまで日米同盟軍艦隊と航空機の攻撃目標としてほとんどが殲滅された。

 道東において、更に沿岸都市としても最も人口が多い釧路市は日米同盟軍の占領下に落ち着いた。道東には北日本軍が誇る第5砲兵団(ミサイル部隊。開戦前の奇襲攻撃もこの部隊が先鋒を取った)が置かれていたが、目立った兵力と言えばそれだけで、しかも開戦劈頭に南日本本土への弾道ミサイル攻撃防止のために真っ先に片付けられている。

 道東は自然が豊かで、釧路市域にも湿原や湖があり、大規模な工業地帯を抱えているが軍の兵力は規模が小さい。道央に大規模な兵力を配置する傾向にあった北日本において、道東は防壁としての機能を有するには至っていなかった。



 釧路沖に浮かぶ『尾張』の居住区。部屋はまるでホテルの一室のようで、士官クラスでも最高に値する者の部屋であることが容易に推測できた。

 その部屋に二人の男がいた。どちらも帝国海軍の士官である。一人は右腕に包帯を巻いた佐山寿樹大尉だった。もう一人の士官は程良い筋肉が付いた痩せ型の中年。『尾張』副長兼航海長の小野寺中佐は、佐山とは同じ艦で航海を共にしたことのある間柄だった。

 「君は一応怪我人のはずなのだが、何故このような所までわざわざ好き好んで来るのかね」

 「のんびりとベッドに寝られる程、僕の身分は高くないと思ったもので」

 佐山はくすくすと少年のような笑みを漏らし、小野寺は呆れた息を吐く。

 「まぁ、それが君の変わらない所でもあるのだが」

 「久しぶりの艦も中々良かったですし、しかも世界でも唯一の現役艦として運用している戦艦での生活は貴重な経験でした。70年前の先輩方もこんな心地だったのかと感慨深い思いもしました」

 「しかし君はクルーズを楽しみに来たのではないのだろう?」

 小野寺は佐山の痛々しい程の右腕に巻かれた包帯を見た。佐山は悪戯がばれた子供のように苦い笑みを浮かべた。

 「―――八雲夏苗。伏見宮陽和殿下と共に北の特殊部隊に拉致された彼女が、今や北の英雄だという驚愕すべき情報。これが事実なのか、君は確かめたいのだろう。そして同時に、八雲夏苗の話とは裏腹に一切の情報が無い殿下の行方。あの日、この二人と同じ場所、同じ時に居た君が唯一捜し求められる人間であることを、君自身が自覚しているはずだ」

 伏見宮陽和と夏苗が第803部隊によって拉致された時、佐山は陽和の随行員として共にいたが、第803部隊との戦闘の末に負傷した。陽和は臣下である佐山たちを守るために自ら彼らに随伴し、更に近衛兵だった夏苗までもが素性を明かして北日本に渡った。倒れ伏せ、何も出来なかった佐山たちを残して。

 「ちょっと小恥ずかしいことを言いますが、二人は僕にとって大切な存在なんですよ。ただ、君主とか妹としてではなく、単純に。僕が不甲斐無いばかりに、弱い男だったために、二人を守れなかった。僕はもう一度チャンスが欲しいんですよ」

 夏苗の話が佐山の耳に届いたのは、開戦から暫く経ってのことだった。帝国海軍の病院のベッドにいた佐山の下に、宮内省の人間がやって来た。彼が佐山に手渡したのは、何枚かの写真だった。米軍のヘリが札幌市内で撮影したという写真の中に、見覚えのある人影があった。更に解釈度を上げた写真を見て、佐山は驚愕した。北日本軍の軍服を着ているが、紛れも無く八雲夏苗であった。

 更に佐山は情報局の知人から北日本に蔓延している噂を聞いた。英雄が現れた。その英雄は日米同盟軍が押し寄せる札幌から大勢の兵士や人々を逃がし救ったと言う。その英雄こそ、八雲夏苗なのだと。

 「彼女が本当に北に寝返ったのかわからない。でも生きている。彼女に会えば、殿下のことも何かわかるかもしれない。だから僕はここに来たのです」

 「もし、彼女に会えたとしたらだ。そして彼女が君の知る彼女とは違っていた場合、君はどうする気だ?」

 「いやいや」

 佐山はふっと笑った。屈託のない笑顔だった。

 「夏苗ちゃんは、夏苗ちゃんですよ」


 

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