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南北の海峡 -The Split Fate-   作者: 伊東椋
第五部 戦火の中で
43/63

41 北からの戦火


 ―――樺太日ロ国境



 北海道北部に位置する樺太(ロシア名:サハリン)は北部をロシア、南部を北日本が統治している。1905年、日露戦争後のポーツマス条約によって北緯50度以南の領地が当時の日本へ割譲された。1918年のシベリア出兵の際に北部も日本が占領するが、1925年に撤兵。そして1944年のソ連軍侵攻によりソ連の占領下に陥るが、日本人民共和国建国直後に千島列島と共に南部を返還。以後、樺太南部(南樺太)は北日本の領土となった。

 樺太北部(北樺太)を領土とするロシアと接していることから、唯一他国と地上の国境線を接しており、北緯50度には北日本とロシアの国境線が引かれている。

 ロシアを考慮してか、日米軍は樺太への攻撃は避けていた。

 北緯50度にある線から、津軽海峡の41度線に並んで50度線と呼ばれることがある日ロの国境だが、国境線に沿うようにバリケードが敷かれていた。地上を分断するようにあるバリケードのそばにある石碑のようなもの。それが両国の領土を表す標識であった。赤い星が彫られた国境標識が北日本側である。北日本側にて銃を持った警備兵が、南の傀儡政権と米帝連合軍との防衛戦争に紛れ密出国を図る輩に対する警備に当たっていた。

 「? 今日は露助の連中を見かけないな」

 違和感に気付いた彼がふとロシア側の方に視線を向けてみると、そこに自分と同じように立っているはずの見慣れたロシア兵の顔がどこにも見当たらなかった。国境を警備する兵が長時間不在なのは異常である。彼は嫌な予感を感じていた。

 「おい、そろそろ交代の時間だ」

 ロシア側のバリケードを見詰めていた彼に、同僚の兵士が呼びかける。彼は近付いてきた同僚に視線を向けた。

 「なあ。 今日はロシアの奴らがいないんだが何か知らないか?」

 「そうなのか? こっちはロシアより内地が気になるよ。 札幌が陥落したって噂だし」

 「それは本当か」

 同僚の言葉を聞いて、彼は血相を変えた。札幌は北日本の首都である。首都が陥落したと聞いて落ち着ける兵士はいない。

 「情報が錯綜していて嘘か本当かも判断つかない状況だからあまり真に受けるな。 偉大なる我らが党が守る札幌が簡単に敵の手に落ちるわけないだろ?」

 彼らは幸か不幸か、札幌だけでなく各地の都市や軍事施設が日米軍の攻撃に晒されたことを知らなかった。

 そんな最中、交代の引き継ぎを行おうとした二人は空から異常な音を感じ取った。見上げてみると、上空には何機もの飛行機が飛んでいる。

 「なんだありゃ。 空軍か?」

 よく見てみると、図太いフォルムをした輸送機、そしてその周囲には戦闘機が飛んでいるのがわかった。しかもロシアの方向から飛んできている。

 「おいおい、許可取ってるのか? もしかして領空侵犯じゃないのか」

 「本部と連絡を取ってみよう。 ひょっとしたらロシアの援軍かもしれないぞ」

 「マジかよ。 まさかロシアも一緒に戦ってくれるのか?」

 ロシア軍の飛行機が国境を越えて侵入する光景を眺めていた同僚の目が期待の眼差しに変わる。しかし彼は、援軍ではないかと言ったものの不安を拭い去ることができなかった。警備本部との連絡を取ろうとした彼は、今度は別の光景に気が付いた。

 「なんか向こうに見えるぞ」

 彼が見ている先は、国境のバリケードの向こう側。つまりロシア側だった。茂みが大きく揺れ、砂埃が舞っている。

 「戦車だ!」

 同僚が叫んだ。彼も目を凝らして見ると、確かに北日本軍も採用しているT72戦車の砲塔が見えた。そしてその砲塔が光ったのも、彼は目撃した。

 次の瞬間、目の前のバリケードが爆発と共に吹き飛んだ。二人は爆風に吹き飛ばされる。舞い上がった砂や煙に咳き込みながら立ち上がると、信じられない光景が目に飛び込んだ。

 「嘘だろ、おい……」

 彼が見たもの。それは戦車を先頭に、多数のロシア軍兵力が国境に雪崩れこんでいる光景だった。目の前に現れたロシア軍は躊躇なく国境線を越えると、北日本側に侵攻を開始した。


 


 ロシア軍が突如、北日本の領土である南樺太と千島列島に侵攻を始めた。これは北日本のみならず、南日本や米国も驚かせた。

 「ロシア軍が、南樺太と千島に?」

 首相官邸地下に設けられた有事対策室に入った葛島は、防衛大臣からロシア軍に纏わる情報を耳にした。

 「そんなことが……」

 葛島はかなり驚いていた。中国の動きは警戒していたが、ロシアが動くことはほとんど予想していなかったのである。

 「本日午前6時過ぎ、ロシア極東方面軍が北日本の南樺太と千島列島に侵攻を開始しました。 北海道本島の侵攻に当たっている現地の軍部隊もロシア軍の動向を注視するようになっていますが、ロシア軍との戦闘は極力避けるように言い渡されています」

 まさかロシア軍まで参戦したというのだろうか。では、どちらに?これが北日本側に着いたというなら、最悪のシナリオが予想できる。

 「待て、侵攻といったな。 ロシア軍は北日本の援軍ではないのか?」

 北日本の援軍なら、侵攻はおかしいのではないか。ロシアを考慮して、ロシアとの国境がある樺太は攻撃しないようにしてきたが、援軍なら南樺太や千島列島に軍を進撃させるのは不自然だ。直接日本海から石狩湾に攻めてくれば良い。

 「北海道には直接侵攻していないんだな?」

 「はい。 小樽に構えている現地司令部は捜索と警戒に当たっていますが、日本海からロシア軍が来る気配はないそうです」

 北日本侵攻の補給基地として機能している小樽に構えた司令部は、日本海側に潜水艦と哨戒機を派遣してロシア軍艦艇の捜索を開始していた。

 「総理、ロシアの狙いがわかった気がします」

 声を掛けたのは官房長官だった。同じ民自党で幹事長としても支えてくれた同期を見つけ、葛島は答えを求める。

 「言ってみてくれ」

 「おそらくロシアは、樺太と千島列島の資源を手に入れようとしているのだと思います」

 冷静に発した官房長官の言葉に、葛島と防衛大臣は顔を見合わせる。

 「資源だと」

 「はい、まず樺太には石油や天然ガスといった地下資源が豊富であることは総理もご存じのはずです。 何せ、その一部を買い取ることに総理は奮闘されたはずですから」

 葛島はエネルギー政策を促進する最中で、エネルギー供給の政策相手をロシアに定め、外交を積み重ねてきた。ロシアとのエネルギー共同開発、輸入を取り付けた経緯を見てもわかるように、ロシアは資源供給外交において最適かつ重要な近隣国である。北日本もまた樺太のパイプラインを通じて、ロシアから資源を供給していた。

 「千島列島付近には石油を始め、マグネシウム、チタン、金、銀など多くの金属や資源が豊富に眠っており、択捉島には非常に希少なレニウムも発見されています。そして南千島列島沿岸は世界三大漁場の一つとして知られており、漁業資源も豊富です」

 ある推計では、千島列島周辺海域の全ての資源価値は2兆5千億ドル、南千島列島の周辺海域だけでも利用可能な生物資源は年収45億ドルになると言われている。

 それ程、豊富な資源があの北の島々と周辺海域に眠っているのだ。

 「それだけの宝の山を前にして、別の誰かに奪われようとしたら……総理なら、どうします?」

 「出来れば私も欲しいと思うね。 可能なら奪われる前に持っていきたい」

 「多分、ロシアもそう思っているのです」

 第二次世界大戦まで、日本が樺太を領有していた頃。樺太は様々な産業を担い、日本の貴重な資源供給源となっていた。ソ連の侵攻で奪われ、北日本に統治されてからは北日本を支える工業の拠点の一つとなった。その樺太が再び侵されようとしている。

 「しかしそうだとしても……ロシア軍とまで戦えるはずがない。 戦後ロシアに求め、返還が叶わないとしても」

 ロシアとの交戦は避けたい。米国も許さないだろう。もしロシアとも戦火を交えれば、事は大きくなり過ぎてしまう。

 葛島は防衛大臣に向き直ると、はっきりと伝えた。

 「現地にはロシア軍との戦闘を今後も極力避けるように伝えてくれ。 樺太や千島がロシア軍の占領下になろうが、我々は北海道を取り戻すことだけを考えよう」

 歴史を辿れば樺太(南樺太)も千島列島も日本のものだったのだが……少なくとも今はどうしようもできない。

 またあの国に奪われるのか、と葛島は一人嘆息するのだった。

 


 ロシア極東軍が北日本の南樺太・千島列島を侵攻した理由は『北樺太への北日本軍の侵攻に対する報復措置』と『現地自国民の保護』である、というのがロシア国防総省の公式発表だった。

 南日本軍と米軍の攻勢から後退した北日本軍が北樺太に侵攻し、現地のロシア軍が迎撃したことが事の発端だと言う。更に南樺太及び千島列島に在住するロシア人の保護を目的とした。

 南樺太及び千島列島には北日本の工業施設や漁場施設が数多くあり、北日本は以前よりこの地に外国労働者の出稼ぎ場を提供してきた。中国人や朝鮮人労働者。ロシア人労働者や技術者も存在する。南樺太の豊原市などの都市には特にロシア国籍の民間人が在住しており、ロシア軍はそれらの自国民の保護を理由に侵攻を開始した。

 「千島列島の海域にはミストラル級強襲揚陸艦などのロシア海軍艦艇が居るようだな。 まるでソ連の北海道侵攻の再現だな」

 太平洋側から北海道沿岸に侵攻する第二艦隊。その旗艦である巡洋艦『最上』。ディスプレイに囲まれたCICに送られた情報に第二艦隊司令官の磯見研二大佐は『最上』艦長の夏木忠松中佐にロシア海軍の情報が書かれたプリントを手渡した。

 「ウラジオストクから出た艦隊でしょうね。 行動の理由から推測するには、少々動きが早すぎる気もしますが」

 「ロシア国民の保護なら、北海道本島にも攻め行って良いはずだろう。 樺太と千島に限定する必要がどこにある? それが答えだ」

 「北海道本島には我々がいるからでは?」

 日米もロシアを考慮して、樺太には上がっていない。ロシアも同じ理由で北海道には下がってきていない。

 「本気でそう考えているのか?」

 夏木は意味を含むような笑みで答えた。磯見も肩をすくめるような溜息を吐き、北海道、樺太、千島列島が描かれたディスプレイを見上げる。

 「今、あの島は三つ巴の渦の只中にある。 単なる南北統一で済まない、世界情勢がもっと複雑に塗り替えられる年になるぞ」

 

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