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南北の海峡 -The Split Fate-   作者: 伊東椋
第四部 南北の狭間
40/63

38 札幌空襲


 眼下に燃え盛る紅蓮の炎。

 雪の街にそれらの花を咲かせたのは自分たち自身なのだが、F/A-18Fのパイロットたちは感慨深けに見下ろした。

 彼らは砂漠で花を咲かせたことはあっても、雪の街は初めてだった。砂漠の花は何とも味気ないものだったが、雪の花はある種の芸術を思わせる程に美しかった。

 見渡す限りに白い大地。北半球の戦場も悪くない。その空もまた凍てつくような空だった。

 「目標の開花を確認した。 これより帰還する」

 彼らの目的は首都札幌の赤軍司令部を始めとした各軍事施設・飛行場の空爆だった。米軍単独による首都空爆任務。実行は空母『ジョージ・ワシントン』の第102戦闘攻撃飛行隊であった。

 機首を石狩沖に向けた時、警報音が彼らの耳に鳴り響いた。

 「敵機。 フランカーF2だ!」

 見上げた視線の先に現れた敵戦闘機の姿。青迷彩に赤い星を翼に煌めかせた宿敵の機体を米軍パイロットたちは視認した。



 「いたぞ。 絶対に逃がすな」

 4機のSu-30が敵を前に突っ込んでいく。明らかに劣勢の状況であっても彼らは敵に背を向けることを許さなかった。

 30mm機関砲が火を噴く。尻を見せる敵機に喰いつかんとする。

 目の前にいる祖国の敵を討つ。それが、優勢であるはずの米軍パイロットを苦戦させる程の、北日本空軍の執念深さを披露する札幌上空空中戦の始まりだった。




 地上に出た浩と夏苗は、地上の惨状を目の辺りにすることになった。

 司令部は敵の盲爆によって地下を除き、地上の施設は徹底的に破壊し尽くされていた。施設の外に出ると、その被害は国道や周囲の民家にまで及んでいた。

 「……ッ」

 目を背けたくなるような惨状。夏苗は吐き気がこみ上げてきた口元を手で覆った。

 「……コウ?」

 浩は夏苗とは別の方向に視線を向けていた。嫌な感覚を胸に覚えながら、夏苗は浩のもとに行く。

 「―――ッ!」

 国道に出る正門の側。二人の目の前には更なる惨状が広がっていた。大破した戦車や車両。そして周囲に散らばる遺体。それらは司令部を囲っていたクーデター軍部隊の兵士たちだった。

 その内には投降した秘密警察の人間たちの無残な姿もあった。

 「向こうにとっては、北の人間はみんな敵ってこと……?」

 クーデターの件は向こう側も知らないはずはなかったはずだ。それでも攻撃に踏み切った。向こうの考えていることが、夏苗には理解できなかった。

 「―――!」

 夏苗はハッとなって浩の方に視線を向ける。

 「殿下は……! 伏見宮陽和殿下はッ!? ご無事なの!?」

 ここに連れて来られたのは自分だけではない。自分よりも大切な人物が、この街にいる。

 声を上げて詰め寄る夏苗に対し、浩はゆっくりと口を開いた。

 「彼女は、真駒内に―――」

 浩の言葉を遮るように、上空から轟音が覆いかぶさった。

 二人が仰いだ大空には、アフターバーナーの排気音が幾重にも入れ交っていた。今正に、近代都市の上空で熾烈な空中戦が繰り広げられていた。



 焼けただれた敷地内の隅で無事だった軍のオートバイを拾い、二人は真駒内基地に向かった。

 浩がオートバイを駆り、人気がない国道を駆け抜ける。所々に停車する軍用車両のそばを通り過ぎるが、兵士すら見かけない。クーデターの混乱から、米軍機の空爆。度重なる事象に、市内の軍の統制も最早ガタガタだ。

 後方に座る夏苗が、浩の身体を後ろからぎゅっと抱き締める。何も語らない夏苗の様子を察しつつ、浩はアクセルを踏んだ。


 


 同時刻

 石狩沖―――


 「米海軍第七艦隊戦闘部隊司令部から帝国海軍連合艦隊司令部に緊急要請」

 周囲の駆逐艦や潜水艦に守られた陣形の中心に陣取る航空母艦。真珠湾攻撃に参加した空母の一隻から名を受け継いだ南日本最大の空母『飛龍』に、米空母からの通信が届く。

 「我が方の航空隊を、米軍戦闘機部隊の作戦行動範囲内に回してほしいと?」

 艦隊指揮官の黛は確かめるように繰り返した。首都攻撃に先走った米軍側からの要請は、貴軍も我に続け、と言うメッセージのように聞こえた。

 「米軍の第102戦闘攻撃飛行隊が既に札幌市内の各軍事施設への爆撃を敢行しました。 しかし敵の反撃もあるとのことで……」

 「……我々に一言も言わず、勝手に仕掛けていきながら。 日米同盟軍が聞いて呆れる」

 首都攻撃は米軍の単独行動だった。情報を聞かされたのは米軍機が札幌上空に到達した後のこと。情報収集を行った時には、既に大きな獲物は気付かぬ間に横取りされてしまった。

 「しかし要請に応じるのも日米同盟に基づく行為です」

 友軍の要請に応えることは同盟国としての責務である。先の事情が不満だったとしても、同盟に規定された条項に背くわけにはいかない。

 「……合わせて司令部からの伝達事項があります。 札幌への軍事行動、航空機の派遣は司令部も了承しているとのこと」

 今まで札幌への攻撃などは司令部から自重されていた経緯があった(それも米軍に先を越された一因とも言える)。黛は司令部の意向から政治の匂いを微かに感じ取っていた。

 「(米軍は既に手を出した。 遂に司令部も決断したのか、それとも……)」

 同盟国軍の要請。司令部の容認。既に答えは決まっていた。黛は現場の指揮官としての正しい方針を取る。

 「我が方の戦闘機隊を出撃させろ」

 「了解」

 


 真駒内基地は既に基地としての機能を失っていた。敷地内は降り注いだ爆弾の雨によるものか、幾つものクレーターを残し、焼き尽くされた残骸が散乱していた。その光景は札幌司令部とほとんど変わらなかった。

 クーデター発生時からクーデター軍の拠点として使用されていた真駒内基地。その惨状を見渡す限り、クーデター軍首脳部の全滅を想像するのは容易かった。実際、破壊された基地内部を捜索しても生きている人間は見つからなかった。

 破壊し尽くされた真駒内基地を目の前にした時、夏苗は自失したかのように動かなかった。捜索する間も夏苗は一言も話さなかった。見慣れていないはずの無残な遺体を見つけても無反応。まるで何も見えていないかのように。

 夏苗の目には、ある人物しか見えていないのだ。海を映した宝石のように美しかった蒼い瞳には夜のような陰りが射しこんでいる。

 「殿、下……」

 その手には、瓦礫の山から見つけた鈴。リボンは焼け千切れ、所有者から切り離されたことを物語っている。焼け焦げたリボンの切れ端が、所有者の安否を最悪の方向に予想させるかのようだった。

 彼女がいつも付けていたもの。それしか彼女の証は見つけられなかった。

 「夏苗姉さん」

 浩に呼びかけられ、ゆっくりと視線を向ける夏苗。変わり果てた目。それに似たものを、浩はこの国で何度も見てきた。

 「…………」

 浩は無言で夏苗の頭を抱き寄せた。相変わらず口数は少ない。知らない間に無口になったものだ。でも優しい所だけは変わっていない。夏苗は二度目となる浩の温もりに触れ、大粒の涙を流した。

 頭上の空が、一段と騒がしくなった。



 2012年12月6日午前2時00分―――

 石狩沖―――


 闇に染まった石狩沖の空にサジタリウスの矢が放たれる。その矢は流れ星となって地上に降り注いだ。

 石狩沖に集結した日米同盟軍艦隊は深夜の内に北海道本島への攻撃を開始した。石狩港、小樽両方面への巡航ミサイルによる攻撃は特定の施設や建造物を破壊し、更に朝になって『尾張』の艦砲射撃が実施された。

 午前6時過ぎ。日米同盟軍は遂に本島への上陸作戦を開始した―――

 

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