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南北の海峡 -The Split Fate-   作者: 伊東椋
第四部 南北の狭間
38/63

36 苦渋の選択

まさか三ヶ月も空くとは思わなんだ。


 首相官邸の地下に設置された危機管理センター。危機管理センターというが、実際は戦争遂行における事実上の戦闘司令部だった。

 開戦以来、当事国である南日本の首脳部が一日の大半をここで過ごすようになって数日。北方から次々と飛び込む情報は日増しになる戦況の優勢を語っていた。

 「……総理、総理」

 「ん。あぁ」

 秘書官の呼びかけにハッと気付いた葛島は、こめかみを手で摘みながら応える始末だった。

 「総理。 お疲れの様でしたら、少し休まれては……」

 「大丈夫、大したことはない。 心配はいらないよ」

 開戦、いや、北日本のミサイル攻撃があった衝突からろくに身体を休めていない葛島の身を知っているからこそ、秘書官は心配を拭い切れない様子だった。

 「防衛大臣、現状の報告を」

 「はい、総理」

 席から防衛大臣が立ち上がり、スクリーンの前に移動する。閣僚たちが囲う席の前には、様々な情報が敷き詰められたスクリーンの大画面が置かれていた。スクリーンの画面が黄緑色に光ると、コマによって各々が表示された北海道に進む軍勢のマップが映し出された。

 「現在、我が帝国海軍は連合艦隊と航空艦隊を中枢に北海道沖に集結しています。艦隊を日本海側、太平洋側に分け、それぞれ挟みこむように強襲を仕掛ける予定です。既に会敵した敵艦隊と交戦しましたが、我が方の損害を微小に抑えたまま北海道沖への侵攻に成功。陸軍部隊を乗せた輸送艦を引き連れ、もうすぐ上陸作戦を実行できます」

 画面に映る艦隊の先から、侵攻ルートを示した矢印が北海道を挟みこんだ。まずは敵の首都を含めた北海道の半分を制圧することが目標だった。

 「米軍は?」

 「在日米軍の第七艦隊は空母群の攻撃戦闘部隊が全面的に支援を行ってくれています。上陸作戦には米軍の部隊も加わります」

 「助かるな……しかし紛争とは言え、これ程までの大規模な軍事行動は周辺諸国にも影響を及ぼしかねないだろう。 その辺はどうなのだ?」

 「今の所、台湾海峡や東シナ海に異変はありません。その点に関しましても米軍との情報交換を怠らないようにしていますが、中国や朝鮮の動きは特に無いそうです。ロシアに関しましても、同じく……」

 「そうか……」

 自分の国のそばで戦争が起こっては、黙って平気でいられる国は無い。いつその戦火が飛び火するかもわからないのだ。中国軍等の周辺国の軍隊は確かに警戒態勢を敷いているが、軍事行動に踏み切るような予兆は感じられなかった。極東の片隅に浮かぶ日本列島。その列島で分断された南北日本の関係は、冷戦時代から極東の爆弾だった。それが爆発した時、その影響がどれだけ広がるのかは未知数なのだ。

 「一日でも早く戦争が終わることを祈っている……」

 しかし、始まった。始めてしまった。北日本が爆弾の紐に火を付けた。しかしそれに水を掛け、消すことはできなかった。爆弾の爆発を容認したのはこちらだ。

 報復。主権。平和。これらの言葉のために剣を手に取った。その言葉を実現し、そのために行う行為の責任を果たすためにも、始めてしまった戦争を終わらさなければならない。

 「一刻も早い『解決』のために、あらゆる手段を講じる。どんな手段を使ってでも……!」

 覚悟を決めた。戦争を始めた張本人として。

 剣を手に敵を殺めることを許した者として、葛島は責任を果たすと決めた。

 「総理!」

 飛び込んでくる声。その慌てように、葛島は何事かと視線を向ける。

 「アメリカ大統領から、総理にお電話です」

 



 霞ヶ関・外務省 アジア太平洋局統一部―――


 外務省の内部部局の一つとして作られたアジア太平洋局。アジア・太平洋地域の安定と繁栄の確保を目指し、域内地域や諸国間における未来に向けた友好関係を構築した望ましい国際環境を確保するという地域別外交の基本目標を基としている。その局内において統一部は日本列島の南北関係、南北統一に向けた努力や交流等の施策を行う組織として在る。

 「統一部としては、今回の政府と軍の方針には不満ですかな?」

 気に障るような男の声が響く。休憩室に腰を下ろした彼は返事もせず自動販売機で購入したコーヒーを口に寄せた。

 「どういった形であれ、南北統一は日本民族の悲願だったのではないですか?」

 「……統一以前の問題だ」

 勃発した南北日本の武力衝突。統一部として予想していた最悪の事案が現実に起こってしまっていた。

 「我々は一体何のために北との交流を重ねてきたと思っているんだ。 ただの海だけでなく、見えない鉄のカーテンが敷かれた北の人々との交流がどれだけ困難なものだったのか政府はわかっていない。 今までの血の滲むような我々統一部の努力は、全て水の泡と化した」

 「確かに、赤い同胞と親睦を深めるのは簡単ではなかったですね。 それに……」

 男は彼の顔を覗き込み、嫌らしい笑みを浮かべる。

 「党と統一部、二つの組織に身を置く貴方には心中お察し致します」

 かん、とコーヒー缶を勢い良く机に叩き置く。そして立ち上がると、彼は無言でゴミ箱の中に缶を投げ捨て、背中を向ける。

 「おや。もう戻られるのですか?」

 「これ以上ここに居るのは不愉快極まりないので」

 「それは失礼した」

 「何度も言いますが、わたしは自分の意志を変えるつもりはありません。 ……総理にそうお伝えください」

 彼は男に言葉を残し立ち去っていった。一人残された男は、肩をすくめながら溜息を吐いた。



 「……総理? 大統領と何を話されたのですか?」

 米大統領の電話から帰ってきた葛島の只事ではなさそうな様子に、閣僚たちは慌てて問いかけた。葛島の表情は青く、思い詰めたような色を浮かべていた。

 「総理、やはり一度休まれては……」

 「いや、そうではない。そうではないんだ……」

 体調に気をかけた秘書官の言葉にも、葛島は制する。しかし葛島の言葉とは裏腹に、葛島の様子は誰が見ても平常ではなかった。何が葛島をここまで思い詰まらせているのか、誰もわからなかった。

 「……いや、少し疲れ気味なだけだ。 大統領とは、今後の両国の方針を再確認しただけだ」

 「総理……?」

 「何でも無い。何でも……」

 葛島は自分が吐く言葉にどうしようもできなかった。他の者にさえ話せない、これから起こる事実。葛島は封じられていた。見えない鎖に。

 自分自身への嫌気が増す。罪悪感が増す。しかしどうしようもできない。今の自分には。

 「すまない……」

 葛島の呟きの意味を、その場にいる誰も理解ができなかった。


 

【解説】



●アジア太平洋局統一部

外務省の内部部局内に設けられた国家行政機関。南北統一及び南北対話や交流、協力、人道支援に関する政策。国内への広報や統一教育、その他統一に関する事務を管掌する。アジア太平洋周辺地域の安定と繁栄の確保を目標とするアジア太平洋局内の組織として置かれている。アジア太平洋局は、史実のアジア太洋州局。




忙しい時期と暇な時期が極端ですが、暇な時期に出来るだけ更新したいと思います。

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