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南北の海峡 -The Split Fate-   作者: 伊東椋
第三部 北の大地
31/63

29 全面戦争への道


 太平洋と日本海には各主要の軍港から出港した連合艦隊の姿があった。

 太平洋艦隊の基地として名高い苫小牧港から人民海軍の中核を成す太平洋艦隊が出港した。函館港、室蘭港からもそれぞれ国境警備隊、潜水艦隊の艦隊が合流し、北日本の連合艦隊とも呼べる威容とした光景が軍事境界線付近の海上に広がっていた。

 旧ソ連から購入した空母、北日本自慢の潜水艦、巡洋艦や駆逐艦など北日本海軍の総力が太平洋に集結しつつあった。

 「敵艦隊の位置、軍事境界線3海里。 非武装海域の目の前で停止しています」

 先の津軽海戦で功を得た三笠級駆逐艦一番艦『三笠』は、人民海軍太平洋艦隊における最新鋭艦らしい佇まいで、艦隊の先頭にて敵艦隊の動向を見守っていた。

 「前の戦いもあって、南の連中も慎重なんだろう」

 名倉艦長は他人事のようにそう言った。彼自身、あの半世紀ぶりとなった南北の大海戦にて先頭の陣を取り、敵に深い痛手を負わせた張本人のはずだった。

 「近代化に関すれば敵は我が軍を圧倒している。 先の戦いでは辛うじて勝利を手にできたが、このように総力を以てすれば我が軍の不利は確実だ」

 唯一の最新鋭艦は本艦の三笠級や潜水艦程度である。その他の空母や駆逐艦といった艦種は冷戦時代の御下がりだ。一回の戦いに勝てても、長期戦となるとまた話は変わってくる。

 「―――同志艦長、今のは聞き捨てならないな。 それは党と国家を守る人民海軍の軍人としては余りに不適切な言動であると受け止めるが?」

 名倉の背後に立つ政治将校が口を開く。名倉は彼の反吐が出そうな憎たらしい笑みを一瞥し、唇を動かした。

 「現実を見据えての、現場の指揮官としての分析だ」

 「先の海戦で愚かな南日本の艦を葬ったのは我々自身ではないか。 同志艦長こそこうした現実を再認識し、指揮官にふさわしい言動を心がけるべきだ」

 名倉はにやにやと笑う政治将校から眼を背いた。

 ―――現実を見据えていないのはどっちだ。

 大した知識も判断能力もなく、精神論で戦争を語るのは愚の骨頂だ。前の戦闘までいた政治将校が異動し、代わって新たに乗艦してきたこの政治将校は最悪の一言だ。艦橋に堂々と居座り、馬鹿を曝け出すように口を挟むのはこの場にいる全員にとっても耳障りであった。

 「(かつて米帝と互角で戦い抜き、今や世界有数の海軍力を誇る帝国海軍を侮れば、我々は確実に痛い目を見ることになる……)」

 勿論一介の軍人として最善を尽くす所存だった。しかし同時に名倉は軍人として敵との差を理解していた。名倉が覗き込んだ双眼鏡の先には、ぽつぽつと水平線上に浮かぶもの―――それらは最新鋭の空母や巡洋艦、駆逐艦など、総力は人民海軍を圧倒する南日本の大艦隊が揃っていた。

 

 ―――南日本からの宣戦布告。


 本当なら北日本から既に宣戦を布告したと言っても良いぐらいだった。

 今まで受け身過ぎた南日本が異常だったのだ。

 北日本のミサイル攻撃を始めとした奇襲は、確かに南北間の開戦の火蓋だった。

 あの戦闘を機に、南日本はとうとう目覚めたのである。

 平時では絶対に撃ってこなかった相手が、本物の有事と認めると、その本性を露にした。

 気が付けば、自分たちを取り囲むように、太平洋と日本海には南日本の大艦隊が集結していた。


 太平洋、日本海にそれぞれ展開した帝国海軍の連合艦隊を前に、北日本の太平洋艦隊はその威容に気圧される思いを抱いていた。

 今まで党や軍司令部が見下してきた敵の戦力は、明らかに我軍とは圧倒的な差があった。

 近代化に優れた南日本海軍の装備に対し、旧式が大半を占める北日本海軍は足元にも及ばない。

 北日本の原子力潜水艦が南日本のイージス艦を沈めた前海戦―――しかし総力戦となれば結果は目に見えている。それは北日本軍人でさえ気付いている者が大半だった。

 

 日清戦争、日露戦争、そして大戦を経て南日本の刀としてある連合艦隊は、半世紀ぶりの艦隊行動へと出た。

 かつて太平洋を支配する米海軍を相手に互角又はそれ以上の戦いを見せ付けた連合艦隊。その雄姿は健在だった。

 連合艦隊の姿と共に見えるのは、日米安全保障条約の下出撃した米海軍第七艦隊の空母群の姿だった。

 釘を刺していた米国に対し、南日本政府が条約の第5条を下に在日米軍の支援を要請、そして開戦を決断した南日本政府の本気を知った米政府は更に条約の第3条を認め、第七艦隊の出撃を命じた。

 太平洋に姿を現す日米艦隊―――南日本の本気を、北日本は感じ取っていた。

 



 各港を出航し、太平洋と日本海から北日本を据えた連合艦隊は既に攻撃準備を整えていた。この日のために合同演習を積み重ねてきた同盟国の米海軍の艦隊も全力で帝国海軍をバックアップする態勢だった。

 

 御召艦『尾張』は現役に運用される日本最後の戦艦だった。近代化改修の恩恵を受け、なんとか現役を持ちこたえている老嬢だが、遂に退役が囁かれるようになっている。

 しかし彼女は艦隊の中でも一番に拳を強く握り締めていた。主を敵に囚われた番犬は、その怒りの牙を以て、敵の喉元を噛み千切らんとしている。

 「副長」

 『尾張』のCIC(戦闘指揮所)にて、艦橋から降りてきた艦長の声が副長を呼んだ。

 「艦長」

 「緊張しているか?」

 周りに聞こえないような声で、問いかける。

 「正直、気持ちが高ぶっています。 同時に、焦りもあります」

 「焦り?」

 「これからの攻撃に対する焦りではありません。 殿下の事です」

 かつて自分たちと同じ現場に立っていた高貴な少女を思い出す。

 この艦に乗り組んで演習を見守り、その後の北の襲撃で行方不明になった一人の皇女。

 君主の身を案じない従者などいない。

 『尾張』艦長もその一人だった。

 「殿下ならきっとご無事さ。 安心しろ」

 「しかし……軍が不甲斐無いばかりに、殿下が敵に……」

 「俺たちは殿下を救うためにも、これから戦に赴くんだ。 この戦いに勝てば殿下は帰ってくる、そう信じろ」

 御召艦である『尾張』が日本海にいるのは、他艦隊と共に日本海側から北日本を攻撃するためだった。

 『尾張』は太平洋戦争終戦直後の1946年に就役し、北海道戦争では北海道沖で砲撃支援を行った(『尾張』にとってこれが初めての砲撃となった)が、第二次日本海海戦で損傷した後一度退役し、1986年に御召艦として再就役した。それ以降主に帝国海軍の籍を有する伏見宮家皇族の御召艦として現役を維持し、現在まで何度も退役が検討されたが、2014年現在、日本、そして世界最後の戦艦として存続している。

 何度も近代化改修を受けたがさすがに限界らしく、近い将来退役の日が訪れるのは明白だった。

 これが最後の戦いになるだろう。この艦にとっても。

 「少しは肩の力を抜け。 部下に示しがつかんぞ」

 「……はい」

 艦長は副長の肩を叩き、薄暗い空間に何十台もの敷き詰められたディスプレイの画面を見渡した。

 日本列島、そして北海道の図が描かれている。敵艦隊は目の前に見え、軍事境界線もすぐそこだった。

 「空母『飛龍』から報告。 『飛龍』の第101航空隊が上空を通過します」

 通信科の士官の報告に、艦長は頷く。ディスプレイの画面には、航空機を示す味方識別のマークが幾つも表示されていた。

 帝国海軍は世界初の機動部隊を持った海軍である。その航空戦力の実力は現在も尚世界屈指の座にある。

 艦載用に開発されたF-2の編隊が『尾張』の上空を通過し、躊躇なく軍事境界線へと飛び去っていく。 更に他の空母、そして米艦隊からの情報が続々と入り、いよいよ時が間近であることを悟る。

 「帝国海軍の本気を見せ付ける時だ」

 先の戦闘で撃沈されたイージス巡洋艦『金剛』。彼らの内には『金剛』の敵討ちも含まれていた。

 総力を以てすれば、旧式が大半の北日本海軍など、充分に勝てない相手ではない。

 今回の軍事行動に関して、中国やロシアが批難の声を上げているが、実際に北日本の後ろ盾にはどの国の姿もない。

 対して南日本には、世界最強の軍隊を持った米国が付いていることもある。北日本は日米という最強のコンビを相手に全面戦争を戦い抜かなければならないのである。

 『尾張』を始めとした艦隊は、今正に軍事境界線に吶喊せんとしていた。



■解説



●人民海軍太平洋艦隊

北日本太平洋側にある人民海軍の艦隊は太平洋艦隊と呼ばれている。水上艦艇等は主に苫小牧港、潜水艦は室蘭港、国境警備隊に所属する艦艇は函館港等。人民海軍太平洋艦隊の主要基地は苫小牧港とされている。軍事境界線に近い函館港もまた太平洋艦隊の主な停泊港となっている。




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