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南北の海峡 -The Split Fate-   作者: 伊東椋
第三部 北の大地
29/63

27 衝動

 

 2014年12月1日午前9時25分―――


 この日、札幌の空は快晴に恵まれていた。地上に降り積もった雪が眩しく光っている。

 今年の締めくくりとなる最後の月に入ったこの日は、北日本にとって政治的に緊張した日となった。

 午前9時、日本人民共和国を司る日本共産党最高人民議会が国民向けに、予告していた緊急放送を発表。北日本国民が見守るテレビの画面には、看板とも言える見慣れた国営放送の女性レポーターが映っていた。しかし普段とは様子が違っていた。格好は、いつも着ている和服ではなく、黒を模した喪服。そして今にも崩れそうな表情を必死に抑えているような顔。ただならぬ事態を予感させるような雰囲気の中、女性レポーターはようやく眼下の紙を震える声で読み上げた。


 「―――我ら人民の偉大なる同志党首様が、療養中の自宅にて御逝去されました」


 震える声で国の指導者足る党首の死亡を伝えた女性レポーターは、大粒の涙を流しカメラを見据えた。

 この衝撃的なニュースは北日本国内のみならず、南日本、全世界に発信され世界各国に衝撃を与えた。事前の情報を掴んでいなかった南日本や米国を始めとした国々は初めてここで党首の死亡を知ったのだ。

 しかし衝撃的なニュースはこれで終わりではなかった。

 悲しみに涙を流したと思われた女性レポーターは、今度はまるで憎き相手に怒りを向けるような形相で、視聴者に告げた。

 

 「来るべく人民への再指導に向け療養に専念されていた同志党首は、憎き南傀儡政権の刺客によって殺害されたのです」


 党首の死亡―――それは暗殺されたという内容であった。

 女性レポーターが怒りや悲しみを混ぜたような震える声で読み上げる内容は、党首が自宅で南日本の思惑によって暗殺されたという事実無根の内容だった。

 日本共産党最高人民議会、人民軍最高司令部などは即時、南日本への報復措置を宣告。

 これに対し、南日本では帝国陸海空軍が非常警戒態勢に入った。

 しかしこれに一番驚いているのは、南日本だった。


 



 2014年12月1日午前9時50分―――


 日本帝国・帝都東京―――


 

 北日本の党首死亡とそれに纏わる内容は、南北の日本に極度の政治的緊張を起こさせた。

 見覚えのない濡れ衣に、南日本政府は困惑していた。すぐさま北日本の発表に触発された各方面から政府への真偽の確認が殺到した。

 「北日本の発表は事実なんですか!?」

 「政府は本当に日本共産党党首の死亡に関わっているのか」

 「政府としてはどのような立場を取られるのか」

 首相官邸では直ちに官房長官による記者会見が開かれた。官房長官は質疑応答と政府の立場を明確に告げた。

 「北日本の今回の発表にあった、我が国の関連を謳った中身は事実無根です」

 マスコミは一挙に日本共産党党首の死亡、そしてそれが政府による陰謀の可能性を報道。国内は先日の最前線での南北衝突と同じような混乱に包まれた。

 南日本政府は北日本の発表を事実無根と公式に否定。むしろ党首死亡の報を北日本の発表で初めて知ったと説明した。

 

 「北日本の発表によって、官邸や党本部、各事務所に苦情が殺到しています。 どれも党首暗殺の件です」

 「ひどい濡れ衣だ。 何故こんなデタラメなことを……」

 葛島は焦燥仕切ったような顔色を浮かべた。官邸前には報道関係各社や市民団体、一般市民までが押し寄せ、機動隊が出動しているほど混乱していた。

 「軍はしっかりとやっているのだろうな」

 「はい、総理。 軍は直ちに非常警戒態勢に入り、有事に対しては即時対応できる態勢を整えています」

 防衛大臣の言葉を聞いても、葛島は難しい表情を変えない。

 北日本の国営放送による発表直後、帝国陸海空軍は非常警戒態勢に突入し、北日本軍の動向を見守っていた。

 「第一特殊旅団の作戦に支障は?」

 「……まだ何とも言えません。 ただ、潜入した第一特殊旅団は作戦を継続する方針です」

 北日本の特殊部隊に誘拐されたとされる伏見宮陽和殿下の救出。その過程で、まさかこのような事態が起こるとは予想だにしていなかった。あまりに最悪過ぎる。

 しかし彼らは知らなかった。既に希望の第一特殊旅団が敵に制圧されたことを―――

 「総理……その第一特殊旅団に関してなのですが……」

 外務大臣は言いにくそうに口を開いた。

 「構わん、言いたまえ」

 「……はい。 北日本の主張によりますと、党首暗殺の実行犯は―――」

 次に放たれた外務大臣の言葉に、葛島は衝撃を打たれた。葛島は自分の中で何かが崩れていくのを感じた。


 

 

 「一体どういうことですか……?」

 移動する車内で、陽和は責めるような顔色で隣に座る間取を凝視した。車内のラジオからは北日本当局の声明が流れている。札幌の町並みが流れる窓に視線を向けていた間取は淡々と語り始めた。

 「党首は死にました。 いえ、正確に言うのなら党首は既に死んでいました―――」

 間取の言葉に陽和は驚きを隠せなかった。しかし陽和は静かに間取の話を聞くことにした。

 「党首はとっくの昔に病気で死んでいた。 ただ、今まで政治的に生かされていただけです」

 その言葉に感情が込められていないかのように、間取は淡々と言ってのけた。陽和は震える手をぎゅっと抑える。

 「しかし今の放送では……」

 「勿論、この放送は真っ赤な嘘です。 ただある思惑のために、このように事が進んでいるだけに過ぎません」

 間取は窓から視線を外し、手を組む。横顔に見た間取の目は更に細められていた。

 


 「―――同志党首様を殺害した憎き犯人は、南の傀儡政権特殊部隊兵士による暗殺であることが判明しております。 党と軍、そして人民は一丸となって南の傀儡政権の犯した大罪を―――」



 声明内容の放送がラジオから流れ続ける。その一部に言及された南の特殊部隊―――北日本は党首が暗殺されたという虚偽の主張を行い、南日本を貶めようとしているように聞こえる。

 「こんなことをして一体……」

 「これが、同志閣下の陰謀ですよ」

 間取の発言に、陽和はハッと間取の方に視線を向ける。

 「馬淵首相は党首の死亡を南日本の手によるものという嘘を作ることで、北日本人民の結束を自分の下に集めようとしている。 この国を手に入れたいという馬淵の思惑ですよ」

 「どうして……」

 「人民最高議会で決定された次期党首候補はまだ青二才の若輩者です……一国の指導、統率を満足に出来るかも怪しいほど未経験の人間が選ばれたのは、世襲という我が国の悪い所が完全に露になった証拠です。 しかし馬淵は逆に利用することを考えたのです」

 実力や経験を積んだ人材を無視し、身分のために高い所へ自動的に昇れるエレベーター。そんな世襲制度が北日本の悪しき根源の一つでもあった。まだ経験もない身分だけで選ばれた次期党首―――しかしそんな人間では、半世紀をかけて築き上げたこの国の存続は叶えられないと馬淵は思った。

 親の七光りで王の座に座った人形を陰から操り、更に不満を募らせる人民の関心を外部に向けさせる―――そうすることで馬淵は陰からこの国を掌握し、国を亡くさないよう考えたのだ。

 「党首の死亡は馬淵にとって利用するのに良い材料となりました。 今回のために馬淵は党首の死亡を隠蔽した―――あらゆる手を使ってね」

 間取はその一つが自分であると言う風に、陽和に向かって微笑みかけた。

 そして次に放った間取の言葉が、陽和を凝固させた。

 「失礼ですが、貴女もその材料に過ぎなかったのです」

 「……どういうことですか」

 「貴女を誘拐し、南日本の手が我が国の内側にまで伸びてくるように誘導する……貴女をここに連れてくることで、貴女を助けに来た南日本の部隊を誘き寄せたのです」

 「……ッ!!」

 陽和の誘拐―――それは、党首暗殺の犯人とするための南日本の部隊を誘き寄せるための餌だった。

 頭をハンマーで叩かれたような衝撃を感じ、陽和は顔を真っ青に染めて黙り込む。自分が誘拐などされなければ、馬淵の思惑が防げたのではないだろうか。様々な思いが、陽和の中を駆け巡った。

 更にラジオは、党首暗殺の実行犯である南日本の特殊部隊に鉄槌を下したという発表を流した。大半の兵士が殺され、数人の兵士を逮捕したと言う。陽和は身を震わせ、ぼろぼろと涙をこぼした。

 「私のせいで……私の……」

 陽和の中に罪悪感が駆け巡り、絶望が染まりゆく。身分も構わず陽和は間取の前で身を震わせて涙を流す姿を見せる。

 「貴女の所為ではない、ご自分を責めることはありません。 それでも尚、貴女に贖罪の意思があるのなら……私に協力してほしい」

 「協力……?」

 「そうです。 私は馬淵を同志閣下と呼んでいますが、彼を同志と思う気持ちは既にありません」

 陽和は顔を上げ、間取の顔を見た。陽和の疑問を投げかける瞳を見据えた間取は、初めて見せる真剣な表情で口を開いた。

 「言ったでしょう、私は日本の未来を守りたい。 『北』や『南』ではなく、日本の未来を……」

 『日本』―――それは、北日本人である間取と、南日本人である陽和を境界線上に導く奇跡の言葉だった。

 間取の手が、陽和の手を掴む。そして―――頭を下げた。

 「お願いします。 日本を、共に守ってはくださいませんか―――」

 これは南北の日本という二つの国家を守るためではない。一つの日本を守るための懇願だと陽和は理解した。北の国防大臣である間取、南の皇族である陽和……国という共通した意思を常に強く意識してきた二人が、日本という一つの終着点に至ろうとしている。

 陽和は自身の小さな手を、大事に掴む間取の手を見下ろし、間取の顔を見た。彼はここで何を見て、思ってきたのかは知らない。しかしどこかで共通する思いはあると、陽和は確信していた。

 「……頭をお上げください」

 陽和の言葉に、間取の肩がぴくりと震える。

 「私達は、同じ日本人です。 同胞の願いを聞くのは、当然の事……」

 「では……」

 顔を上げた間取は驚愕に目を見開いた―――彼の目の前には、美しい少女の笑顔があった。

 「私のような者が力になれるのなら、私は喜んで……日本のためにこの身を捧げる覚悟です」

 陽和の中には固い決意が芽生えていた。それは強固であり、太陽のように熱く、強い光を宿していた。

 雪が積もった札幌の町並みから抜けた車は、そのまま中心部から離れていった。


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