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南北の海峡 -The Split Fate-   作者: 伊東椋
第三部 北の大地
23/63

21 試される大地

北海道編突入!……です。




 2014年11月28日午前8時25分

 日本人民共和国・千歳市・千歳航空基地―――




 北海道の大地は真っ白に染まり、濃い雪に覆われていた。



 

 吹く風に混じってぱらぱらと降る雪の中を、人民国防軍のAn-12が千歳基地の滑走路に降り立った。4発のターボプロップエンジンが駆動するプロペラが雪を弾き、半ば凍結した滑走路に車輪を滑らせ、大きな図体に似合わない慎重さで停止した。

  

 「ここが……北海道……」


 初めて北海道の地に降り立った陽和は、雪が降る目の前の光景を見詰めながら呟いた。

 日本列島の陸地でありながら、一度も地面を踏んだことがない場所。

 近くて遠かった北海道の大地に陽和は足を踏み入れた。

 陽和のそばには以前と同じように夏苗が傍についていた。それは捕虜と言うには余りに似合わないものだった。その光景は人質というよりはさながら観光客のようである。

 そして二人のそばについているのは浩と沙希の二名だけで、他の兵士の姿はなかった。

 北日本の国内まで来てしまえば、逃げられる所などないと告げたいのか。しかし夏苗はただ陽和の護衛をこんな場合でも務めるつもりだった。同時に自分たちの置かれた状況を理解していないわけではなかった。

 「(何のつもり……?)」

 夏苗は彼らの真意を理解しかねていた。ここまで辿り着く間、彼らはまるで客人にように自分たちを丁寧に扱った。むしろ捕虜と言う意識をおぼろげにしてしまいそうになる程だった。それとも陽和が帝国内では高貴な存在であるから、それなりの礼節を弁えているのか。何にせよ、少なくとも彼らが国際条約に準じた態度を取ってくれていることは救いだった。

 「……………」

 夏苗は一人の男に微かな意識を向けた。

 何物も寄せ付けないような固い雰囲気を身に纏う男。

 まだ名前も知らない鋭い瞳を持った男。

 彼は沙希のように自分たちに対する敵意は感じられなかった。むしろ夏苗は浩に対して敵意とは違う、別の意識を感じた。それが何のかはよくわかっていないが。

 特殊部隊のリーダー……成程、それ程の逸材の空気を感じる。

 しかし夏苗はそれとは別として、出会った時から彼のことがどうも気になって仕方がなかった。

 


 千歳基地は北日本最大の航空基地であり、北日本軍の戦闘機部隊も配備されている。

 北海道戦争前は南日本軍の前線の航空基地として活用されていたが、札幌占領の果てに北日本軍の手に渡った。以来、千歳基地は北日本最大の航空基地として引き継がれていった。

 他にも千歳基地の近隣には人民陸軍の誇る機甲師団も駐屯し、千歳の地は陸と空の軍備に塗り固められている。

 民間の空港と併用している航空基地だが、先のミサイル攻撃から始まった衝突の間には、ここから戦闘機部隊が出撃し、三沢のF-2とやり合っている。

 結果的に双方痛み分けで終わったらしいが、先の衝突は全面的に北日本軍の一方的な戦闘だった。

 軍事境界線が敷かれた津軽海峡では南日本軍のイージス艦が沈められ、北日本軍側の損害はほとんど皆無だった。

 初期のミサイル攻撃を受け、南日本軍も直ちに反撃に移ったが、確たる戦果は確認されていない。

 いつか再び始まるのだと思っていた。しかし結果はご覧の通り。南日本は半世紀と言う程の備える時間があったにも関わらず、満足に戦い合うこともできなかった。

 これ以上の事態拡大を望まない安保同盟国の米国を始めとした世界各国は北日本の行動を非難しながらも、国連の決議に伴い事態の収拾を薦めている。

 しかし最終的に、列島の運命を、事をどう運ばせるのかは南北の日本に懸かっている。

 だが、ここには―――北日本の地には、彼らの手によって伏見宮陽和殿下がいる。

 陽和の存在自体が、北と南の日本の運命を握っていた。

 「(本当に戦争なんてものが始まるというの……?)」

 一度目の戦争が終わって半世紀。再び二つの日本が戦う時が来るのだろうか。

 いや、もうその時は来ているのかもしれない。

 どちらの日本にいても―――二つの日本が戦うことは、変えられない運命なのだろうか。

 「(私たちはこの先どうなるのだろう……)」

 夏苗はロビーのガラス窓から、雪が降る真っ白な光景を眺めた。

 久しぶりに足を付けた北海道の大地。視界に入れた自然溢れる光景。久しぶりに帰ってきた故郷はどこも変わっていなかった。

 



 同時刻

 日本人民共和国・首都札幌―――


 

 千歳と同様に雪が降る札幌の街並みを見渡せる国防省の大臣室には、三人の人間がいた。

 しかし誰も人民が半世紀に渡って築き上げた札幌の街を眺めている者はいない。

 彼らは互いの人間を眺め合っていた。

 二人と一人が向かい合うように大臣室のソファーに座り、その間にある机の上には南日本製のノートパソコンと書類が置かれている。敵国製ながら高性能を誇るノートパソコンには、今回南北の間で発生した軍事衝突の様々なデータが液晶画面に描かれていた。

 「今人民軍の方から連絡が入りました。 彼らは千歳に着いたそうです」

 携帯を手にした間取の報告に、馬淵はふっと笑った。

 「本当にやってみせるとはな。 よくやってくれたものだ」

 馬淵の言葉に、間取は微かな安堵感を覚える。今回の作戦の主となった彼らを快く思っていなかった馬淵の節を受けていた分、間取は彼らの功績が素直に馬淵に認められたことを嬉しく思っていたのだ。

 「罪人共ではあるが、その行為は認めるものだ。 結果として我々の貢献になったのだからな」

 「彼らも同志閣下に認められたとなれば光栄の極みでしょう」

 間取も微笑み、携帯を閉じた。

 「彼らも同志です。 確かに一度道を誤った者ではありますが、彼らは再び革命戦士として更生し、今は祖国の肉となり血となろうと懸命に働いてくれています」

 間取は馬淵に、そして自分たちの目の前に座る者に対し、人民軍が誇る最強の特殊部隊を誇示するように言葉を並べた。

 「いやはや本当に素晴らしい。 有能な兵士を持てて羨ましい限りです」

 目の前に座る男が中国人訛りの英語で褒め称えた。馬淵と間取の前に座っているのは、人民軍との同盟関係にある中華人民共和国人民解放軍の将校服を着た男―――中国からの赴任である北日本の中央委員会顧問軍事委員だった。

 「彼らは北日本最強―――いえ、東アジア最強の特殊部隊です。 このような事は造作もないことです」

 「ほう。 一度、我が国のものと手合わせしてみたいものです」

 「ご冗談を。 貴国の特殊部隊はデルタフォースやスペツナズとも勝るとも劣らないものばかり。 東アジア最強の部隊が世界最強の部隊に敵うとでも?」

 間取は口元をゆっくりと緩ませ、そんなことを言いながら片眉を上げた。

 人民解放軍は地域紛争等の小さな戦争―――変わる戦争の形、その時代の変化を見据えて特殊部隊の拡充を加速させた。現代の人民解放軍特殊部隊は多種多様な任務作戦を実施し、世界の優秀な特殊部隊員が参加し多くが脱落するといわれるArmy international Bootcampにも合格者を輩出している。

 ―――もっとも、我が第803部隊にも同様に合格した男が存在するが。

 「謙遜ですね。 その謙遜こそ日本人の美徳であることを私達は理解していますが、それでも私達は貴方方の持つ力、その能力を素直に認めています」

 「光栄です、同志」

 中国人の軍事委員は穏やか笑みを讃え、その笑みする所の内側から言うように言葉を並びたてた。

 「聞きましたよ? 初期のミサイル攻撃では向こうは甚大な被害が出たというのに、そちらは反撃を受けたにも関わらず、基地の遠くにある田んぼが幾つか穴を開けた程度だったそうじゃないですか。 そして津軽海峡ではイージス艦を一隻撃沈……我が国が貴国との軍事的な交流や技術提供、武器輸出を続けてきた甲斐があったというものです」

 「その点に関して人民は貴国に対し大変感謝しています。 冷戦の末にソ連が崩壊し、我が国が武器の更新や資源の供給が不可能になった時、救いの手を差し伸べてくださったのが貴方方、中華人民共和国でした。 ソ連が崩壊したのを良い事に我が国に対して暴力で脅す南の傀儡や米帝を前に、我が国が今になっても存続していられるのは、貴方方が我々の敬愛する党首同志にお力添えをしてくださったからこそ。 人民は決して中国の恩恵を生涯忘れはしないでしょう」

 「我々は貴方方こそが円の所有者たる日本国だと思っています。 我が国も南部に米帝の傀儡政権を抱えている身ですから、貴方方の気持ちは理解できる。 似た境遇の同士である日本人民共和国と中華人民共和国は手を取り合うべきなのです」

 「同感です、同志」

 二人とも素直に友好的な会話をしているように見える―――しかし馬淵はわかっていた。そして中国人の彼を見詰め、内心嘲笑した。彼は間取に比べて、仮面の被り方が下手であると。

 中国人の軍事委員の瞳には、言葉とは裏腹の卑下を孕んだ色が透けて見える。彼ら中国人は日本人を対等に見ることはしない。いや、中国人と日本人に限らず、どこの民族も異なる相手を対等に見ることはない。

 北日本の軍事事情は主にロシアと中国という二つの国が根本となって築かれている。ソ連の援助があってこそ人民軍の養成は成り立っていたし、ソ連が崩壊した直後、中国の援助があってこそソ連の後に続いた他の東欧諸国の仲間入りをせずに済んだ。

 今となっては主にロシアの兵器からライセンス生産を取り付け、徐々に国産化を目指している。

 現代の中国と北日本の軍事的形態に大きな差はない。むしろ中国はロシアの兵器をコピーしては、それを繰り返して他国に輸出し、次なる兵器供与の足枷にしている。ソ連と対立し、ロシアに睨まれている中国とは違う。

 確かにソ連崩壊直後は中国の世話になった。しかし今や中国の助けなど必要としない。

 我々だけでも共和国は存続できる―――

 

 先の南北衝突での北日本軍の華やかしい戦果のおかげで、共産主義出身の兵器が中東やアフリカ諸国を中心に発注が増え、ますます売れるようになっている。

 中国は多くの兵器を諸外国に輸出している。北日本が代わりに商品の効力を実際に証明してくれたおかげで、北日本、中国共通で使用されている共産系兵器が更に売れ行きを伸ばしている。中国にとって、北日本は売却する兵器の実証アピールに欠かせない存在なのだ。


 「(ずる賢い中国人は我々を利用している気なのだろうが……そういう者こそ自らが利用されていることに気付かないのだ)」

 

 中国は今や世界最大の経済大国であり、友好関係にある北日本は中国の最大の貿易相手国である。北日本の工場が機械や部品を製造し、中国に輸出されている。このように北日本にとって中国は一番の輸出相手国だが、同時に21世紀以降最大の輸入相手国にもなっている。

 中国が発展する。北日本も恩恵を授かる。人民軍と人民解放軍は同盟関係。経済も軍事もここまで良好な関係にある両国にとっては正に最高の関係だった。

 「ところで同志張」

 中国人の軍事委員の視線が、馬淵に向けられる。その瞳に透けて見える意思は相変わらずだ。

 「貴方は南の皇族をご覧になったことはありますか?」

 「ありませんな」

 「では同志は南の皇族について、何か存じている事はありますかな」

 「私の友人に、南日本へ留学した経験のある者がおりますが……南日本の人民は、帝国君主に対する忠誠心に関しては一般的には前大戦時ほどの飛び抜けたものはないそうです。 ですが、南日本の政治家の未熟さのために政治不信が強まる一方、公務を全うする皇族の支持は不屈だとか。 政治家が幼稚なために蔑ろにされる人民を慈悲するかのような皇族の姿に、南の日本人民は騙されている……」

 馬淵はまるでその通り、と言わんばかりに頷いた。

 「やはり同志もそう思われますか。 正にそれこそ南の傀儡政権と同様に我々の討つべき敵です。 人民から摂取した財産で築き上げた城の上でのうのうと暮らす存在……一刻も早く、そのふざけた城を壊し、南の同胞たちを帝国君主の悪しき手から解放してやりたいと思うばかりです」

 不敵に笑い、言葉を紡ぐ馬淵の表情は―――間取とは別の意味で上手にはめられた仮面だった。

 「日本人民と中国人民は友人であり兄弟です。 私達は貴国への協力を惜しみません」

 「ありがとう。 中国の寛大な心遣い、その善意に感謝する」

 手を差し出し、馬淵は彼と固い握手を交わした。お互いに視線を絡め、にこやかな笑みを浮かべた。

 「しかし大丈夫ですか? 皇族を拉致して、南の傀儡が……そして米帝が何か仕掛けてくるかもしれませんよ」

 「ご心配には及びません、同志。 弱腰で臆病な南の傀儡は恐れるに足りません。 現に南の傀儡はこの事実が国民に知れ渡るのを恐れて情報統制を敷いているようです。 そしてメリットがない限りは動こうとしない米帝など懸念する必要もない」

 「随分と自信がおありのようで、大変頼もしい限りですな。 しかし気を付けた方がよろしいですよ? 貴国は我が中国に次ぐ素晴らしい共産主義国家ですが、どこから綻びが生じるかはわからない。 我が中国も日々国家の維持のために必要な事を心がけている。 それを忘れたとあっては、如何に我が中国のかけがえのない友好国の貴国であっても、助けられないかもしれませんから」  

 「それは、我が国を見捨てる可能性があると?」

 「誤解がないよう言っておきますが、我が国は貴国に限らず世界中と経済的に深いパイプを幾つも持っている。 その中には当然、憎き米帝や南日本も含まれている。 我が国は貴国よりもっと複雑な立場にいることを、貴方方はよくご存じのはずですよね」

 「ええ、勿論」

 「しかし先にも申した通り、我が国は貴国への協力を今後も続けていく所存です。 せいぜい現在の立場や事情を維持できるようお心掛けください」

 中国人の軍事委員は不敵な笑みを浮かべ、言葉を紡いだ。馬淵から見れば、その笑みは酷く醜いものに映った。



 国防省の門前から立ち去った中国人の軍事委員の車を見届けると、馬淵の隣に立った間取が白い息を燻らせた。

 「お疲れ様です、閣下」

 「まったく、馬鹿の相手ほど疲れるものはないよ。 しかし格下風情を眺めるのは少し楽しくもある」

 「心中ご察し致します。 あの中国人チャンコロ、一度も同志閣下や私を同志と呼びませんでしたね」

 「見下される者こそ嘘も言えないものだ。 あのような馬鹿を相手にするだけで中国との調整が取れるなら、これ程楽な仕事もない」

 「しかしあの中国人……事態の進退によっては、我が国に対する中国の擁護を盾に脅すとは……どこまで小汚い奴らなんでしょう」

 「彼らは今なお、我が共和国が中国無しでは生きられないと思い込んでいるようだが……そう思わせることは我が共和国としても便利だ。 我々の願望のためにも、あの国にはとことん勘違いをさせてもらおう」

 馬淵はククッと喉を鳴らして笑う。冷たい風が、二人の肌を撫でた。

 「今日も冷える。 中に戻ろうか」

 「はい、閣下」

 馬淵は踵を返し、降り積もった雪を踏みしめながら国防省の中へ戻る。

 

 国防省のシンボルマークを描いた旗と北日本の国旗が、曇り空の下、冷たい風に吹かれてぱたぱたと揺れていた。



■解説



●An-12

当時ソ連からライセンス生産し、保有した北日本軍の輸送機。元々は旧ソ連(現在はウクライナ)のアントノフ設計局が開発した軍用4発ターボプロップ輸送機。同じアントノフ設計局が開発したAn-10旅客機の軍用版。北日本では人民空軍と人民国防軍が保有している。




●千歳基地

北日本最大の航空基地。北海道戦争前は南日本軍の前線航空基地として利用されていたが、北海道全域が北日本の領土に落ち着いてから北日本軍の航空基地として生まれ変わった。スホーイ戦闘機部隊が配備されており、この戦闘機部隊は先の軍事衝突の際に三陸沖でF-2と交戦している。



●千歳は人民空軍と陸軍の最強部隊が配備されている。

上記に記した千歳基地は人民空軍の航空基地で、第2航空軍団が置かれている。そして人民陸軍の東千歳基地には人民陸軍最大の普通科連隊や機甲師団を始め、多くの部隊が配置されており、北日本陸上兵力の中核をなす基地となっている。これらの事情から、千歳市は陸と空の軍備が厳重に配備されている地とも言われる。



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