表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
南北の海峡 -The Split Fate-   作者: 伊東椋
第二部 運命の交叉路
22/63

20 衝突の序章

 休戦協定の失効とも言える津軽海峡上での武力衝突は、軍事境界線の有効性を同時に失わせた。北海道と本州の狭い狭間で南北両国の戦火が半世紀ぶりに交わっている。しかしその模様は半世紀前とは比べ物にならない火力を南北共に有していた。

 

 「全弾迎撃されたか……さすがは“最強の防空艦”と云わしめるイージス艦だ」

 敵艦に向けて発射された13基ほどの対艦ミサイルは、その全てを撃ち落とされてしまった。


 三笠級駆逐艦はロシア製のS-300FMフォールトMの輸出型艦隊防空ミサイルシステムを搭載し、高い防空能力を有している。そして対艦ミサイルとしては国産の83式を有している。

 前級の夕張級駆逐艦のような大型のフェイズド・アレイ・レーダーはないが、ミサイル誘導用に回転式のフェイズド・アレイ・レーダーを搭載している、人民海軍における最新鋭艦だ。


 実際に目の前であっけなく迎撃されると、敵のイージス艦の優秀性に思わず感心してしまうほどだった。

 「だが、我々の勝利は決して揺るがない。 たとえ相手がどんな敵だろうと」

 名倉艦長は自らが発射した誘導弾が全て迎撃されたと言う報告を聞いても、全く動じる様子を見せていなかった。その表情には、むしろ余裕さえある。

 「第二波攻撃を継続、他の艦にも伝えろ。 83式対艦ミサイル発射用意!」

 艦内通信を通じて各配置に伝達される。名倉は期待を込めるような眼差しで、波立つ海面を見詰めた。

 「我々がここまでやっているのだ。 為すべき勝利の光景を余すことなく披露してみせてくれよ」




 「―――第二波攻撃来ました! 誘導弾多数、急速に接近中!」

 電測士官の叫び声に、『金剛』のCICが再び緊張感に包まれた。

 「目標誘導弾、依然接近中! 数10……16……! まもなく防空圏エリアディフェンスゾーンに入る」

 画面上には新たな敵の誘導弾が明確な輝点として表されていた。それが徐々に数を増やし、真っ直ぐに彼我の間隔を狭めていく。

 「―――SM-2発射用意よし!」

 「撃ち方始め!」

 『金剛』の後甲板から排煙が立ち昇り、幾条ものSM-2が打ち上げられる。迫り来る敵の誘導弾を次々と撃墜し、その数を減らしていく。津軽海峡に響き渡る爆発音。それは誘導弾が粉々に吹き飛んでいく証。しかし生き残った誘導弾が、尚も喰らい付こうと突っ込んでくる。

 「目標誘導弾三、依然接近中! 『村雨』『雷』がSAM(短距離艦対空誘導弾)を発射しました!」

 依然接近する三基の誘導弾は、まるで意志を持ったかのようにそれぞれの目標とする艦へと近付いていく。三隻の艦が個々に狙いを定められた。

 「命中まで5秒……3、2、1……今! ―――命中! 引き続き報告、敵第三波攻撃確認! 目標誘導弾新たに12基接近中!」

 「―――ッ!」

 予想通り飛来してきた敵の第二波のほとんどを『金剛』のSM-2が撃墜し、しぶとく生き残った三基を『村雨』と『雷』のSAMが迎撃した。しかし引き続けるように第三波が休む暇も与えず襲いかかってきた。

 そしてこれもまた『金剛』のイージス対空システムが自動的に9基の誘導弾を撃墜、『村雨』と『雷』の短距離誘導弾SAMが2基を撃ち落とした。残ったただ1基が猛然と間近に迫り来る。

 「127mm速射砲撃ち方始め!」

 「撃ち方始め! 用意ヨーイ……ェーッ!」

 ぐいん、と旋回した『金剛』の唯一の主砲が動き出した。イタリアのオート・メラーラ社が開発した艦載砲システムが稼働、その5インチの砲口から火を噴いた。高発射速度と軽量化を両立し、優れた性能を有する127mm速射砲は毎分45発の発射速度で接近する誘導弾を撃ち落とそうとする。発射の度に空になった薬莢が、砲塔下部の排出口から滑り落ちていく。

 撃ち落とすまで何発も発砲を続ける速射砲の映像が映し出されるCICは緊張感に張り詰められていた。

 「―――命中!」

 最後の1基はあと400メートルという距離で爆発した。粉々になった誘導弾の破片が火の粉となって『金剛』の周辺の海上に降り注ぐ。幾つかの破片が『金剛』の船体を叩いた。

 

 一方的な防戦を強いられてきた三隻だったが、遂に彼らは捕捉した敵艦隊に対して攻勢に転じる機会を得た。

 鳴嶋はいよいよ敵に一矢報いる時が来たと確信した。三隻によるSSM対艦ミサイルによる攻撃。数的には劣勢だが、勝てない相手ではない。それよりも犠牲になった海保の英霊たちに報いるためにも、敵に一矢を報いるのは意味があった。

 「目標敵艦船、SSM―――」

 しかし鳴嶋の号令は途中で途切れることになる―――

 「―――ソナー感! 敵潜水艦のピンガーです……ッ!!」

 ソナーマンがバネのように跳ね上がった声をあげる。報告を聞いた瞬間、鳴嶋の中で何かが引き潮のようにさっと引いた。

 「敵潜水艦だと……ッ!? いつの間に―――」

 ピンガーとは、潜水艦のアクティブソナーの探信音である。自身も発見されてしまうアクティブソナーを打ったということは、敵潜水艦は既に攻撃準備が整い、魚雷も装填済みで発射管も開いた状態だと推測できる。

 もしかしたら敵潜水艦は既に魚雷を発射したかもしれない―――

 「発射された魚雷は確認できるかッ!?」

 「魚雷の探信音は確認できません……!」

 ソナーマンは必死に耳を当てるが、魚雷が艦を捕捉するための探信音は中々聞こえなかった。

 「そんな馬鹿な……」

 冷静に励んでいた鳴嶋は、艦長としては絶対に言ってはいけない一言を漏らしてしまった。

 それは周りの全ての者を絶望の淵に突き落とすこととなり―――

 そして彼らにとって、余りにも理不尽な運命を決定づけてしまった。


 米国の同盟国として享受された南日本のイージス巡洋艦は、確かに戦闘艦としては優秀な艦だった。米国以外で最も多い数のイージス艦を保有している南日本に対し、北日本は潜水艦という兵器を重点に海軍力の強化に努めた。


 工作員を輸送させる潜水艇、小型潜水艦を始め―――北日本の潜水艦建造能力は陰で増強していった。


 北日本最新鋭の原子力潜水艦である『知床』は、今回が初となる実戦であり、本領発揮の時だった。


 平時の頃から、静粛性に劣るはずだった原子力潜水艦が米軍の索敵すら潜り抜けたと言う北日本の潜水艦の優秀性は、南日本の脅威として認識された。もし有事になった場合、北日本の最新式の原子力潜水艦は、南日本軍に牙を向く存在となる。


 その恐れていた事態が、今正に自分たちの身に振りかかっていることに彼らは戦慄を覚えた。


 敵に気付かれない―――それは現代の戦艦を自負する潜水艦にとって必要最小限の条件であり、最強の兵器を語る上で欠かせないものだった。

 通常の潜水艦を遥かに越えた長期間の潜航が可能な原子力潜水艦だが、静粛性に難があるのが問題だった。原子力潜水艦は高速回転する蒸気タービンの軸出力で低回転のスクリューを回すが、それに必要な減速ギヤは大きな騒音発生源となる。

 又原子炉作動中の場合、冷却水循環ポンプを常時動かしておかねばならず、加圧水型原子炉ではこのポンプも大きな騒音発生源となっている。

 しかし昨今の南日本を取り巻く他国の保有する原子力潜水艦の性能はその静粛性の改善と共に優秀性を増している。

 西方の中国海軍が保有する原子力潜水艦も日米が驚く程の性能を証明しており、北方の北日本も同様なのである。

 しかしそれにしても―――魚雷が発射されるまで敵艦の存在に気付けなかったのは大きな痛手だった。

 「何故今まで発見できなかったんだ!?」

 幾重にも重なる敵ミサイルの波状攻撃、それに対する迎撃―――彼ら人民海軍の艦隊が発射した対艦ミサイルの波状攻撃と原子力潜水艦『知床』が接近するタイミングは絶妙だった。津軽海峡のソナー効率の悪さ、そして迎撃された対艦ミサイルの爆発音や破片が海に落ちる音が『知床』の存在を隠すのに大きな手助けとなった。

 耳にすれば信じられないような連携業に、帝国海軍側は上手く弄ばれた。内戦以来となる帝国海軍と人民海軍の初の対決は、この時決した―――


 対空能力に優れたイージス艦の欠点は、対潜戦に関しては他の護衛艦と変わらないことである。『金剛』は自らに狙いを定めた魚雷に対し迎撃を試みようとするが不幸にも間に合わなかった。

 「対潜戦闘! 警戒を厳となせッッ!!」

 鳴嶋はマイクに絶叫し、来るべき瞬間に身を固めた。ふと、鳴嶋は魚雷探知の報告をしたソナーマンの顔を見た。彼は罪悪感を示すような、真っ青な顔で鳴嶋を見詰めていた。鳴嶋はそんな彼に怒鳴ることもできなかった。そうする前に、艦を揺さぶる大きな衝撃が襲ったからである。

 

 北日本最新鋭の攻撃型原子力潜水艦『知床』が発射した53-65KE魚雷は『金剛』の船体に接触する直前に爆発、膨張した水圧が『金剛』の船体を抉った。『金剛』の推進器から発生する微細な気泡をソナーで捕捉し追尾する航跡誘導ウェーキホーミングは、音響的な対魚雷防衛法にほぼ影響されなかった。

 弾頭から生まれた強大なエネルギーは『金剛』の船体を突き破ると、直接心臓部となる機関室に侵入し、機関科乗員たちを即死させた。彼らの身体を呑みこんだソレは機関室から船内中を駆け廻り、炎となって暴れ狂った。

 船体は紙のようにくしゃりと折れ曲がり、艦首と艦尾が海面から天空に向かって突きぬけた。真っ二つに折れた『金剛』の船体を、大きな水柱が覆った。 


 イージス巡洋艦『金剛』が撃沈し―――それが決定打となったように、津軽海戦は幕を閉じた。







 2014年11月23日午後21時00分

 日本帝国・帝都東京・首相官邸―――



 北日本軍のミサイル攻撃を端に発した軍事行動を受け、南日本政府は北日本軍の奇襲に対する声明を発表した。


 「本日午後18時ごろ、我が国は不当な攻撃を受けた。 これに対し、我が軍は直ちに交戦守則に基づき対応したが、北日本が我が国に対し更なる追加挑発を加えるのであれば、我が軍は断固対応する方針であることをここに断言する」


 南日本の政府声明は国内外のメディアによって速報として伝えられた。官邸内の記者会見は騒然足るものとなった。

 南日本が声明を発してから20分後、北日本軍の人民軍最高司令部声明が発表された。今回の軍事行動に踏み切ったのは、南日本が再三に渡る警告を無視したことへの報復だと説明した。


 「南日本が再三の警告にも関わらず軍事的な挑発(軍事境界線での実弾訓練)を敢行したことは、我が国に対する悪質な挑発であり、南北の平和に対する冒涜として許される行為ではない。我が革命武力は軍事的挑発には即時強力な物理的打撃で応じる方針であり、たとえ同じ日本人であろうとも、挑発者を無慈悲な鉄槌で治めるのが我が軍の伝統である」


 人民軍最高司令部の声明は南日本に対する攻撃行為を正当化する意志を示していた。

 更に北日本は津軽海峡での戦闘に際し、南日本のイージス艦が撃沈された例をあげながら、最後に付け加えるように強調した。


 ―――今後も南日本が我が国の領海を0.001mmでも侵せば躊躇なく軍事的打撃を加える―――


 北日本から発せられた声明は南日本国内を震撼させた。武力を行使することに躊躇のない精神は、南日本の国民には理解し難いものだった。

 更に南日本軍の損害が国民に知れ渡るようになると―――国内の不安や恐怖は自然と増していった。最前線の大湊を始めとした東北各地の壊滅、津軽海峡でのイージス艦撃沈―――奇襲とはいえ、余りの大きな損害に、北日本軍の実力を初めて実感した国民は畏怖せざるを得なかった。

 半世紀ぶりの戦争が再び始まるのではないか―――抗戦か和解か、世論はあっという間に紛糾する結果となった。

 

 南北日本の武力衝突への事態拡大―――極東の片隅に浮かぶ列島の火薬庫の爆発は目前だった。






■解説




●83式対艦ミサイル

北日本の人民海軍が開発した対艦ミサイル。人民海軍の主力対艦ミサイルであり、射程距離を大きく強化された派生型を含め広く装備されている。

史実の中華人民共和国人民解放軍海軍の保有するYJ-8ミサイルと似た性質を持っている。




●53-65KE魚雷

旧ソ連が開発した53-65K対艦魚雷の輸出型。北日本や中国など多くの国に輸出された。

53-65KEの誘導システムは航跡誘導というもので、敵の船体及び推進器より発生する微細な気泡をソナーで捕捉し追尾するが、これは音響的な対魚雷防衛法にほぼ影響されない。北日本の原子力潜水艦『知床』が搭載する魚雷として登場した。




第二部終了。第三部へ続きます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ