18 告白
前回の後書きに、追記として解説を付け加えました。浅はかな知識故に、相変わらず稚拙すぎる文章でありますがご了承ください。
何分まとも(?)な架空戦記をここまで執筆しているのも初めての経験ですので、見苦しい部分が今後も多々見受けられるかと思いますが、どうかご容赦ください。
戦場に木霊する一発の銃声―――
全ての者の視線が、ある一点に向けられる。
彼らの視線の先には、一人の皇女が手に握った拳銃を天空に向け、引き金を引いた姿があった。
「もう……止しなさい。 争いは、ここで終わりです……」
少女の外見に不釣り合いな、彼女の威厳の籠った声色に、夏苗は驚いていた。
シンと静まった空気の中で、立ち上がる陽和。
「貴方方の目的は私なのでしょう。 もしこれ以上、私の臣下に手を掛けるのであれば―――」
そう言って、陽和はその手に握った拳銃の先を、自身の頭にぴたりと付けた。
「―――私はここで自決致します」
「殿下……ッ!?」
驚いたのは夏苗だけではなかった。襲ってきた北日本の特殊部隊の面々にも、微かな動揺が見られた。
彼らの反応を見て、判明する。予想通り、彼らの狙いは陽和であり、しかも陽和が命を落とすことを彼らは望んでいない。
陽和は自身を差し出すことで、夏苗たちを救おうとした。
「……いけません、殿下」
その声に、夏苗はハッと視線を向ける。地に伏せた佐山が、這いつくばりながらもゆっくりと口を開いていた。
「佐山大尉……!」
「……申し訳ありません、殿下……わたしが……不甲斐無いばかりに……ぐッ!」
言葉を続ける佐山を、そばにいた璃乍が踏み付けた。スコーピオンの銃口を、佐山の頭に向ける。
「やめなさい……ッ! 私が申したことを、もうお忘れですかッ!?」
「……………」
自らの頭に拳銃を向けたままの陽和が、語気を強めながら言い放つ。璃乍はこの場の状況に対応する指揮権を持つ浩に視線を向けた。浩は璃乍の視線に答えるように、微かに頷いて見せた。
「……………」
「ぐ……ッ」
璃乍はスコーピオンを呻く佐山の頭から離し、踏み付けていた足もどける。解放されたとしても、動ける程の力は佐山にはなかった。
「小娘が。 生意気なことを……」
闇の中からの声に、陽和や夏苗が視線を向ける。闇の向こうから、一人の女将校が堂々と歩み寄ってきた。
沙希の憎悪を孕んだような視線が、陽和を射抜く。二人の間に視線がぶつかり合い、火花が散った。
「……貴様が、伏見宮陽和内親王殿下だな?」
「……お尋ねの通り、私こそが伏見宮陽和です」
「我々と一緒に来てもらおう、内親王殿下。 その物騒な物を下ろしてもらおうか」
「貴方方こそ、そのような物騒な物を下ろすべきです」
陽和は対抗心を丸出しにするように言い返した。沙希はこれ見よがしに舌打ちする。
「……さっきから生意気な口をきく小娘が。 この状況を見ろ、自身の置かれた立場を理解していないのか」
「……念の為申し上げておきますが、私は本気です。 貴方こそご自分の立場を理解されていますか?」
「………ッ」
ぐっと拳銃の銃口を自らの頭に押し付けて見せる陽和を前に、沙希は動けなかった。
彼らの目的は生きたまま彼女を祖国まで連れ帰ること。
その身を少しでも傷つけてはならない。命令は絶対なのである。
もし彼女に何かあれば―――そしてもし命令に則した結果になり得なかったら、自分たちの命が危険に晒される。
「(殿下……)」
夏苗は立ち尽くしていた。双方が膠着した状況を前に、夏苗はどうすれば良いのか頭を巡らせていた。しかし良い答えが一向に出てこない。
「(私は殿下をお守りすると誓った……なのに……ッ)」
拳を痛いほどに、強く握り締める。
「(私はまた……大切な人を、護れないのか……!)」
夏苗は内に沸き起こる悔しさに震えていた。だが、この状況から彼女を護り通す手段は出てこなかった。
「―――良いだろう」
「―――!!」
その場にいる全員の視線が、ある男に集中する。夏苗はそばにいたその男へ振り返る。鋭い瞳。陽和を狙い、飛び込んできた特殊部隊の兵士だった。
「そちらの要求を呑もう。 これ以上、手を出さない」
「同志上尉……ッ!?」
沙希が驚いた声を上げる。しかし浩は冷静だった。
「その代わり、大人しく我々に付いてきてもらおう。 抵抗をせず我々に身柄を引き渡してくれれば、我々も無駄な殺生は自重する」
「……わかりました。 従いましょう」
「―――!?」
夏苗は陽和の言葉にギクリと震える。
彼女の身が、彼らに渡ってしまうことが決定されてしまったのだ。
「もし約束を破れば、私は何時如何なる場合、手段を用いても自分の命を絶ちます。 もし私を拘束した後にこの者たちを殺めれば、私は貴方方を絶対に許しません」
「必ず約束する。 他の者は見逃す」
「同志上尉、何を言って……」
「同志中尉、彼女は本気だ。 それに、もし本当に彼女に何かあったら、俺たちも只では済まない。 それは同志中尉の方がよく知っているはずだ」
「……………」
沙希は何か言いたげだったが、唇を噛むように黙り込んだ。
浩が手を掲げ、合図をすると、他の兵士たちが夏苗たちのそばから離れていく。
佐山を倒した璃乍も、浩の指示に従って闇の中へ姿を消した。
兵士たちがいなくなり、陽和や浩たちだけがその場に残される。いや、闇の中からは彼らが見張っているはずだ。他の兵士たちがいなくなった今、やろうと思えば目の前にいる彼らを倒すことはできるかもしれない。しかしそれは愚行だ。結果は容易に想像できる。
ただ、その行動は彼らなりの示しなのかもしれないと、夏苗は思った。それともそれだけ自信があるということなのか。あるいは、その両方か―――
「―――では、伏見宮陽和内親王殿下。 我々と一緒に来てもらおう」
「……………」
陽和のそばへ、近付く浩。
夏苗はその光景を、ただ見ていることしかできない。
倒れた佐山は、重傷を負って動けない状況だった。
つまり彼女を護れる者は、この場でただ一人、夏苗自身。
「(私は……どうすれば……)」
彼らの手によって、もうすぐ親愛する彼女が連れていかれようとしている。
目の前でまた大切な人が失われようとしている―――
自分のそばから、彼女がいなくなってしまう。
「(嫌だ……! 私は、離れたくない……!)」
大好きな人と離れる苦しみをもう味わいたくない。
お姉ちゃんがそばに行くから。離れてしまうあなたのもとへ、私が行かなくちゃ……!
波に引き離され、それでも近付こうと無我夢中で泳いだ、あの時。
護ると誓った人を、二度と裏切りたくない―――
「(私は……私は……!)」
夏苗は、あの時と同じように夢中だった。大切な人から離れないために。
だけどもう同じ過ちは繰り返さない。もう一度、自分の方から近付くのだ。
そして―――ずっと離れない。
「―――待って!」
夏苗は、気が付けば大きな声で叫んでいた。
陽和に触れようとしていた浩の手が止まる。陽和は驚いた表情で夏苗の方を見ていた。
浩は振り返る。浩の鋭い視線の先には、強い意志を宿した夏苗の蒼い双眸があった。
「私も……連れていって!」
大きく息を吸い込んだ夏苗は、その一言を、はっきりと告げた。
陽和はひどく驚き、見守っていた佐山も驚愕の色を顔に浮かべる。
「かなちゃん……!?」
「……………」
持っていたニューナンブM60を捨てると、夏苗はゆっくりと浩と陽和たちの方に歩み寄った。沙希が警戒しマカロフを抜くが、その手を浩が制した。
浩の目の前まで歩み寄ると、夏苗は真剣な表情で浩と対峙した。
「はっきり言っておくわ」
夏苗はまっすぐに、浩の瞳を見据えた。
夏苗は内に隠した緊張を研ぎ澄まそうと息を吸い込み―――そして、言い放つ。
「―――私は、北日本人よ。 昔、北日本から脱北してきた人間なの」
ざわ、と震える空気。一番驚いていたのは沙希だった。
はっきりと言い放った夏苗は恐怖もない表情だった。陽和は大きく目を見開いて夏苗を見詰め、佐山もさすがに夏苗の行動に驚きを隠せなかった。
「貴様……!」
沙希は震える声で呟いた。沙希は政治総省の人間だ。脱北の取締を主導している政治総省の立場から考えれば、脱北者と自称する夏苗は正真正銘祖国と党の敵だ。政治総省の人間は自国民の裏切りが一番許せないのだ。
しかし夏苗は、そんな沙希の憎悪の視線さえ、真正面から受け止めて口を開いた。
「私が脱北者なら、貴方達は私を見過ごすわけにはいかなくなるはずよ」
「かなちゃん、どうして……」
陽和は夏苗の意図に気付いてしまった。
夏苗は自身が脱北者だと告白することで、陽和と一緒に彼らに拘束され、北日本に行こうとしているのだ。
夏苗は覚悟を決めていた。彼女がどうやっても離れてしまうのなら、自分から行くしかない。自分の身にどんなことが振りかかろうとも、彼女のそばから離れないことだけを考えようとした。
もう、何もできずに大切な人が離れていくのを、二度と見たくなかったから。
脱北者を自称する人間を目の前にしたら、彼らも黙って見過ごすことはできないはず。しかし彼らの反応は未知数だ。どうなるかはわからない。夏苗はジッと浩の方を見詰めた。
「……同志中尉」
夏苗の視線を正面から受け止めていた浩は、不意に沙希に言葉を投げた。
「脱北行為の疑いがある人間を前に、我が国はどういった対応をすべきだとする?」
沙希は浩の意図を読みかねた。そして微かに戸惑うように、口を開いた。
「……他国が我が国の国民の脱北を受け入れた場合、我が国は直ちに公式の上で脱北した国民の引き渡しを要求する対応を取る」
「では、もし引き渡しが実現した場合は?」
人権主義が根強い南日本がそのような要求に応じるケースは滅多にないが―――
「政治総省の権限を以て厳重なる事情聴取を行う。 そして然る後に“適正な処罰”を科すことになる」
「……では、疑惑のある者は逮捕すべきと?」
沙希は無言で頷く。
浩はもう一度、夏苗の方に視線を向けた。
「我々には貴様を逮捕する必要性があるようだ」
そう言って、浩は夏苗の蒼い双眸を見据える。
「名前は」
「……………」
浩は目の前で、その蒼い双眸に強い炎を宿した、軍服を着た少女を見据える。その少女は口を開き、はっきりと言葉を紡いだ。
「近衛兵団第1連隊所属、北日本出身―――八雲夏苗中尉」