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南北の海峡 -The Split Fate-   作者: 伊東椋
第二部 運命の交叉路
16/63

14 北の襲撃


 2014年11月23日17時59分―――

 日本帝国・青森県・大湊地方司令部


 水平線の方へ沈んでいく太陽に比例して、薄暗くなっていく空を夏苗はなんとなく窓から眺めていた。

 北日本との軍事境界線に接する津軽海峡を警備する大湊地方隊の総司令官との会談のため、陽和は佐山と共に司令官室に入室中だった。陽和の護衛とは言え、軍とは独立した武装組織である近衛兵団の夏苗は、不本意ながら部外者のような扱いで、部屋の前で待機を命じられていた。

 「(まぁ……曲者が入ってこないための見張りと言われれば納得できなくもないけど……佐山おじさんめ……)」

 陽和と共に部屋に入っていった佐山の意味ありげな笑顔を思い出し、夏苗は苛立ちを覚えた。

 帝海軍人である佐山は自分たちと海軍の間を繋げる連絡役としての存在であり、個人的における関係もあった。陽和も皇族ではあるが帝国海軍の軍人でもある。そんな陽和との連絡役に通ずる佐山はただの一軍人でもなかった。

 故に度々見受けられる陽和と佐山の仲睦まじい関係を、夏苗は若干(?)不満に思いながらもずっと見守っていた。

 「大体、あんな男に殿下が……」

 言いかけて、口を噤む。自分は今、何を言おうとしたのだろう。

 自己嫌悪を抱きつつ、深い溜息を吐く夏苗。

 「……………」

 そういう存在を、自分はとうの昔に失ってしまっている。

 これは、そんなことを考えてしまう自分が嫌になる気持ちだった。

 「私は……」

 唯一日本人離れした蒼い双眸に、そっと手を当てる。

 「………ううん、決めたの。 もう過去に縛られてばかりにはいかないって」

 助けられた頃から、近衛の戦士になった頃から、前に進むことを決めた自分。

 彼女を護るためにも、因縁のある場所に再び訪れても、立ち止まらない勇気を。

 

 夏苗は窓の向こうに、ふと視線を上げた。その瞬間、夏苗は変な違和感を覚えた。


 「……?」

 薄暗い空に、きらりと光るもの。それが少しずつ聞こえてくる轟音と共に、こちらへ近付いてくる。

 それがここまで到達するまでは一瞬であったが、夏苗はその間にそれが何なのかを知り、血の気が失せるのを感じた。

 

 どん、と大きな爆発音と衝撃。目の前の窓がびりびりと響き渡り、夏苗はよろけて手すりに捕まった。

 

 夏苗は瞬時に動き出していた。背の方にあった扉を開き、まるでロケットのように部屋へ入り込んだ。

 部屋の中に飛び込んだ夏苗が見たものは、驚愕に顔を染める司令官と、佐山に庇われるように腕の中にいた陽和の大きく見開かれた瞳だった。





 それは突然起こった北日本からのミサイル攻撃だった。道東から飛来した多数のミサイルが、南日本の青森へ次々と襲いかかった。目標は41度線の警備を司る大湊の海軍基地を始めとした東北地方にあるその他の陸海空軍基地や施設だった。

 空軍のレーダーサイトが道東のミサイル基地からの飛来を察知し、迎撃態勢に入り対処に当たるも、次々と発射されるミサイルの数に押され、やがて命中弾を許してしまった。

 18時00分丁度の奇襲攻撃だった。

 帝国空軍の三沢基地でもスクランブルが下った。パイロットたちは夕食を途中で切り上げ、真っ先に愛機へと走った。

 「そのうちここにも敵のミサイルが降ってくるぞ! 急げッ!」

 北日本のミサイル攻撃を受ける前に、稼働可能機として待機していたF-2『彗星』が緊急発進スクランブルした。

 道央から現れた航空機と思われる飛行物体を空軍のレーダーサイトが捉えたのである。

 三沢から離陸したF-2のパイロット、麻生中尉は同期や後輩たちが乗る僚機と共に北上した。道央から現れた敵機の情報が伝えられる。

 「きっと千歳のフクロウ共だ。 散々舐めてかかってきた奴らを見返してやれッ!」

 麻生は強い語気で他の僚機に伝える。それに応えるように、全員の了解の声が木霊した。

 今まで北日本軍機による領空侵犯に対して、麻生は何度もスクランブルを経験した。南北関係を刺激させたくない方針のために、撃墜すらできない自分たちはいつも北日本軍機に舐められてきた。しかし今回は領空侵犯等と言う生易しいものではない。本物の戦争だ。

 「Rader contact! おいでなすったぜ!」

 遂に自分たちの識別範囲内にも目標が捉えられる。麻生の操縦桿を握る手の力が、自然に強くなる。

 レーダーで確認された敵の数は8機だった。対する麻生たちは6機。数は負けているが、一人一人のパイロットの腕が勝負だ。

 領空侵犯のスクランブルなら警告を発する。だが、既に友軍が敵の攻撃を受けている。遭遇は空戦開始を意味する。

 徐々に距離が近付く。そして―――敵機から放たれた誘導弾の接近を知らせる警告音がうるさく鳴り響いた。

 「くそ…ッ!」

 敵誘導弾からの回避行動に従い、麻生機を始めとした各機が散開する。敵誘導弾が各々のロックオンしたF-2へと向かった。

 「北のアカ野郎共……ッ!」

 追ってくる敵誘導弾から逃げ惑う僚機を視界の隅に過ぎらせながら、麻生自身も後方から接近する敵誘導弾の回避行動に身を奮い立たせていた。チャフをばら撒きながらぐるぐると機体を廻らせる麻生は、視界の隅で咲く炎を見た。



 北日本からのミサイル攻撃で始まった戦闘の火蓋は、確かに切って落とされた。

 千歳基地から飛び立ったSu-30KJが三陸沖で三沢のF-2との空戦を繰り広げている。

 道東の第5砲兵団の基地から発射されたミサイルは大湊基地や港、関連施設を攻撃した。

 当然、司令部も攻撃目標だった。そして一発のミサイルが司令部に命中した。



 「また次のミサイルが狙ってくるはずだ! ここは危険です! すぐに避難を!」

 司令官は陽和に向けて言い放つ。しかし佐山の手に支えられた陽和の表情は真っ青だった。

 「まさか……ミサイルだなんて……そんな……ッ」

 顔を青ざめた陽和は微かに震えていた。佐山に支えられているからこそ、立っていられているかのように見えた。

 「どうして……一体何故……」

 「殿下! ここは危険です、直ちに避難をッ!」

 ぶつぶつと呟く陽和のそばへ駆け寄る夏苗。

 陽和の状態を見た夏苗は、アイコンタクトを佐山に送る。佐山は夏苗の意思を汲み取って頷いた。

 「ともかく殿下を安全な場所に避難させましょう。 司令官―――」

 「ああ、大湊地方司令部は直ちに補助司令部へと避難する。 警備隊を呼んで、殿下を誘導させる!」

 司令官の指示に、佐山は強く頷く。

 「八雲中尉、手を貸してくれ」

 「はっ」

 当然のように夏苗は佐山と共に陽和を支え、急いで部屋を出る。部屋を出た時も、びりびりとした振動が伝わった。

 今度はどこに落ちたのか考えたくもない。夏苗たちは急いで陽和を連れ、避難を始めた。






 「……予定通り、友軍の攻撃が始まった」

 港を一望できる丘の上から、浩は双眼鏡で燃える港を見渡していた。ミサイルの攻撃を受け、港湾施設や艦船が燃えている。逃げ惑う港湾の人間たちの姿が浩に目に入った。

 「全員、移動開始。 準備は済んだな?」

 後ろに控えた部下たちに声を掛ける。黒い戦闘服に身を包んだ武装集団が佇み、各々の武器を手にする。

 「我々の目的は狐ただ一匹。 他の邪魔する者はどう処分しても構わない」

 浩の声が全員の耳に伝わる。静かに佇む兵士たちの顔を、浩は鋭い視線で見渡した。

 「我々の真価が発揮される時だ。 死ぬことを覚悟し、今まで生きてきた我々にしか達成できないことを胸に刻め。 我々の最終的な目的はただ一つ、俺はそれをここで命じる」

 既に沙希は咎めるのも諦めた。浩は沙希の意思など最初から構わずに、その言葉をはっきりと紡ぐ。

 

 「総員、死ね。 そして生きて祖国の大地を再び踏むことがあったら、それを喜ぶなッ!」





 警備隊が手配した人員輸送車に乗り込んだ陽和や夏苗たちは、急いで郊外にある補助司令部への避難のために発車した。

 「まさか本気で始まってしまうとはね。 常に最悪の事態を予測するのが軍人の務めだけど、的中してしまうとさすがに軍人とて嫌になりますねぇ」

 いつもの調子で笑いを含ませながら佐山は言った。その隣で、怪訝に佐山を一瞥した司令官は重たそうに口を開いた。

 「活発化する北日本軍の軍事行動は以前から確認されていた。 今思えば、この時の下準備だったのかもしれん」

 「にしても、タイミングが気にならなくないですか? 今日、奴らが奇襲を仕掛けてきた理由は何だと思います?」

 「……………」

 黙り込んだ司令官の顔には、薄々勘付いていたと書いてある。

 「……軍事境界線付近で実施された我が軍の軍事演習。 それに関連した北日本の警告。 答えは既に出ていますね」

 「……最悪だ。 ……しかしまさか、本当に仕掛けてくるとは。 こんなことをして、奴らに何のメリットが?」

 「そんなものですよ。 起こらないと思っていても起こるから最悪なんですよ。 でも、確かに妙ですね……」

 佐山は流れていく風景に視線を向け、空に昇る煙を見ながら呟いた。

 「警告を背いた我が国に対する報復? 指導者の後継に纏わる圧力? それだけが理由なのか……私にはどうも魚の小骨が喉に引っ掛かるような感覚です」

 佐山は目を細め、言葉を紡ぐ。

 「軍部の暴走? だとしたらクーデターの序章かな。 全く、何にせよとんだ迷惑だねぇ」

 北日本も一枚岩ではない。だが、佐山の考えたどの推測も気持ち良く当てはまる気がしなかった。

 もっと別の理由か……何にせよ、再び日本人同士の殺し合いが始まると思うと、うんざりする事には変わりなかった。

 「……それより、私としては殿下の事が気にかかりますが」

 「それは私も同意見だ。 だが、八雲中尉が付いているからとりあえずは彼女に任せよう……」

 「そうですね。 うん、その方が良い」

 佐山は一番後ろの座席に座る二人の少女を一瞥する。

 顔を青くしたまま身を寄せる陽和と、優しく抱き寄せる夏苗。

 そんな二人を見て、佐山は改めて確信した。

 自分なんかより、彼女のような者がそばにいる方が良い。

 そう、まずは彼女たちを安全な場所まで送り届けることが先決だ。考えるのはその後でもいくらでも出来る。

 と、佐山が思った矢先だった。突然、ガラスが割れたような音が聞こえたかと思うと、車体が丸ごと振り回され、最終的には停車した。

 「どうしたッ! 一体何が起こった!?」

 司令官の怒声が響く。すぐに操縦席の方から、警備兵の声が上がった。

 「敵襲です! 運転手が射殺されましたッ!」

 その言葉に、司令官は唖然とした顔を浮かべ、佐山もさすがに驚愕の余り思考が止まった。今、何て言った?敵襲?射殺された?一体何を言っているんだ。

 佐山の思考は、今度ははっきりと聞こえた銃声によって、再び活動を始めた。

 「敵襲! 総員、応戦に備えろッ!」

 車内にいる警備兵たちが89式小銃を手に、外から近付く敵に向かって応戦を始める。

 しかし凶弾に倒れる兵を見詰め、佐山も自前の9mm拳銃を手に取った。

 「殿下、伏せてください!」

 「きゃあ……ッ!」

 佐山はハッと後部座席の方へ振り返る。身を伏せる陽和とそれを庇う夏苗の姿が、佐山の目に入った。

 「くそ、どういうことなんだ……まさか、既に北日本兵が攻めてきたと言うのかッ!?」

 目の前で繰り広げられる銃撃戦を前に、司令官が憎々しげに吐く。

 「敵の特殊部隊が事前に潜入でもしていたのかな……? ははっ、やるねぇ……」

 しかし何故、自分たちを襲う?しかもこんな良いタイミングで。

 まるで自分たちがここを通ることを知っていたかのようだ。

 だとしたら、敵の狙いは?

 もし殺戮だけなら、車が停まる前にとっくに全員殺されているはずだ。ロケット弾でも撃ち込めば一発なのだから。

 しかし敵は最初に足を止めてきた。と言うことは殺しだけが目的ではない。

 もしかしたら―――

 「………ふぅん」

 この推測だけは―――今までの推測より筋が通っている分当たりそうで、佐山個人にとっては事実だとしたら最悪のものだった。

 これだけは、許されないことだ―――

 しかしこのままでは籠城戦だ。このまま車内で籠城を続ければ、やがて向こう側が制圧してくるだろう。

 救援要請を出しても、敵の攻撃を受けている今は混乱の極みである。制圧される前に、救援が来るのかはわからない。

 「……司令官、提案があります」

 「なんだ?」

 このままでは状況を打破することはできない。行動しなければやられるのを待つだけだ。その行動が例え、どれだけ無謀であっても---

 佐山の説明を聞いた司令官は、一瞬で表情を一変させた。

 「馬鹿な……そんなことが本気でできると思っているのかッ?!」

 「賭けるしかありませんよ、司令官。 どちらにせよ、我々がこの状況を打破するには……それしかありません」

 「………ッ」

 佐山はチラリと視線を向ける―――彼女たちの視線と合った。

 「あの娘たちを、どうしても護らなくてはいけません……」

 「佐山大尉……」

 「君主をお守りすることが、軍人の使命ですよ」

 もっとも、その使命に則る行動が君主の望みに則すとは限らないが―――

 「……くっ、くく」

 「司令官……」

 「やってやろうじゃないか、大尉。 正に帝国軍人の本懐ではないか」

 佐山は驚いたように目を見開き、そして笑う。

 「行きましょう。 自分たちの命を盾にして」


■解説



●F-2『彗星』

第4.5世代ジェット戦闘機として開発された帝国空軍の戦闘機。和名の名称として『彗星』が採用されているが、米国企業の協力体制の下で日本が開発に着手した機体として『平成の零戦』と呼ばれ、ゼロという非公式の愛称も持っている。F-16を大型化した機体に空対艦ミサイルを最大4発搭載という、戦闘機としては世界最高レベルの対艦攻撃能力と対空能力を兼備しており、その点から戦闘攻撃機などに分類される場合もある。

本作では三沢基地所属のF-2が北日本軍の攻勢を前にスクランブルし、北日本軍のフランカーと対峙する。



●Su-30KJ

フランカーに対地攻撃能力を付与した発展型。初期の機体はロシア製の輸出機として導入していたが、以降は北日本国内で多数のライセンス生産が行われており、現在の機体はほとんど北日本製が占めている。人民空軍の千歳基地に配備されている。

本作では三沢基地から迎撃のために出撃した南日本のF-2と対峙する。




遂に戦闘が始まりました。あまり得意ではありませんが頑張ります。

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