10 分かれた道
2014年11月22日
日本人民共和国首都・札幌―――
雪が降るもまだ積雪には達していない札幌の街並みを、馬淵博隆首相は国防省の大臣室から眺めていた。地上より一足先に真っ白に染まった手稲山を背景に、大通広場が伸びる中心部と、囲むように立ち並ぶビル群は共和国の大都市として顕現していた。人民服の着用を義務付けられている人々はその上にコートなどを羽織り、冬仕度の頃合を匂わせていた。
札幌中心部を含む石狩区域内で雪が降った日、馬淵は人民軍の最高司令官であり共和国の指導者でもある党首と共に道東のミサイル基地へ視察に向かう予定だった。しかし党首は不安定な健康状態を理由に同行を断念させた。
世界の様々な国から選りすぐれた優秀な医者を呼び、普段から共和国内の最高の医師団の健康管理を受けてきた党首であったが、その病状は一向に改善する見通しが立っていなかった。
「十勝の方は随分と雪があったが……やはり札幌はまだまだ積もらないな」
党首の辞退により、馬淵は間取国防大臣と軍の幹部たちと共に道東のミサイル基地の視察を実施した。
山脈に囲まれた広大な平原を有する道東には、対南戦略として短距離弾頭ミサイルや中距離弾頭ミサイルなどを多数配備したミサイル基地が各所に存在している。北日本が心血注いで開発した精度の高いミサイルの性能は正に脅威そのもので、特定の国にとってはBMD(弾道ミサイル防衛)推進のきっかけともなった。
「間取同志、君は視察をしてどう感じた?」
「私はあの第5砲兵団の兵士たちを見て、必ずや彼らは我々の期待に応えてくれると確信しました」
間取は誇るような自信のある声色でそう答えた。共に同じものを見た馬淵は、彼の素直なままの言葉であるとわかった。
「我々の武器は最強そのものです。 いくら南日本がミサイル防衛システムなどと言うものを積み重ねようが、我が国の弾道ミサイルの性能を以てすれば所詮は悪あがきに過ぎません。 奴らが迎撃するより先に、我らの正義の鉄槌が脆弱な資本主義者共を討ち滅ぼすことでしょう」
旧ソ連からの導入から始まり、独自開発を連ねてきた北日本の弾道ミサイル技術。日本人が作り出すミサイル技術は、同じスタート地点を切った半島や大陸の者たちより優れたものとして織り成され、祖国存続の一端を担う術として確立した。
「党首様にもこの気持ちを感じて頂きたかったのですが……この喜びを共有できなかったことが非常に残念です」
「党首様は直接見なくてもわかっておられるはずだよ。 それに我々の口から党首様の耳に知らせることも、我々の誇り高い仕事だ」
「仰る通りです、同志閣下」
「専属の医師団からの報告によれば、党首様の容態は今の所安定されているそうだ……党首様も視察に来られなかったことを残念がっていたそうだよ」
「それはやはり、第5砲兵団の兵たちも同じでしょうね」
「だからこそ、我々は彼らの未来の偉業を信じ、党首様の気を勝利と喜びに沸かせてやらなければならない」
大臣室に飾られた党首の額縁と、その隣に貼られた北海道地図。その前に立ち、馬淵は本州に次ぐ広大な北海道を見上げた。
道北の建国から始まり、多くの血を流して手に入れた北の大地。その広大な大地を遺憾なく発揮させ、国家としての在り様を構成させた。各地域に設けられた産業運営、軍事力の増強、国民への監視体制、列島の片隅に浮かんだ島は好調に成長を続け、半世紀の存続を叶えた。
これらの積み重ねてきたものを、人民の結晶を失うわけにはいかない。祖国の存続に手段は選ばない。
「間取同志、信じられるかね? かつて我が共和国はこの大地の半分の国でしかなかった……寒い田舎で、山や農村ばかりだった土地を、歴史的な労働者足る先人たちがその血を代価に、未来の我々に大きな『大地』を与えてくださったのだ。 我々は彼らの子供として、その栄光を何としてでも守りとおさなければならない」
唯一の都市であった札幌は敵中にあり、道北東の地から始まった建国。当時の初代党首率いる先達が血と汗を流し培ってきた共和国が、北海道と言う一つの大地を手に入れた。日本列島の全ては叶わなかったものの、先達は遂に自分たちの理想の国家を取り戻すことができたのだ。
「強欲な南の連中は過去の過ちに反省も見せず、我が国を随分と見下してきた。 連中の中には“日本人同士、手を取り合おう”とお花畑の頭を持つ輩もいる。 しかし最早“日本”が分かった時から、国家や民族、人種など関係ないんだよ。 理想や主張が決定的に違えれば、どうやっても分かり合える日など来ないのだから」
馬淵は力がないような笑いを含ませた。馬淵が首相に就任されたばかりの頃、彼の初めての大仕事が思い出される。彼は初めて間近で、南日本の人間の顔を見、言葉を交わした。まだ元気な姿であった党首と共に励んだ南北首脳会談。馬淵は初めて交わした南の人間との交流で感じた衝撃を掘り起こした。
同じ人間、同じ日本人―――しかし、どこか違う。それはまるで鏡で自分を見ているかのような違和感に似ていた。
その時、馬淵は直感した。ああ、やはり我々と連中は相容れないのだと―――
「同志閣下は、南日本とは永遠に分かり合えない間柄であるとお考えなのですね」
「その言い分だと、君の意見も興味深いな。 ぜひ聞かせてくれ」
「私は―――党首様の敵なのか友人なのか、その点が重要……そうご理解して頂ければ」
それは間取個人としてではなく、北日本の国民としての言葉なのか。それは実に模範的な言葉だった。
「見事な忠誠心だな。 見習いたいよ」
馬淵はその裏にあるだろう意味を見ないフリをして、少し笑った。
「結局、我々は我々の生きる道を求めるしかないのだよ」
勿論、その道に分かれた同胞など――――言うまでもない。
既に、道は分かれているのだから。
「室蘭からは?」
馬淵の言葉に、間取は即答した。
「既に予定通り、出航しました。 今頃は境界線を通過したあたりかと思います」
祖国存続のための第一段階―――その段階が確実に始まったことを、馬淵は理解した。
「必ず成功するのだろうな?」
「ご安心ください。 彼らは我が共和国の中でも最精鋭の兵士たちです」
ミサイル基地の部隊よりまた更に自信に満ちた雰囲気で、間取は言った。しかし馬淵は意外な色を表した。
「……ふん。 あんな者たちが祖国の勇士とは、世も末だな」
馬淵は知っていた。特殊な任務を抱え、敵地へ向かっている彼らの過去を―――
●
2014年11月22日深夜
日本帝国・青森県・下北半島沿岸―――
既に準備は始まっていた。奇襲作戦とは、長い計画の下で確実に実施されるものだ。
かつての大日本帝国がハワイの米軍基地に対し奇襲攻撃を仕掛けた際も、用意周到な計画の下で行われた。
それは半世紀前から始まっていたと言っても良い。
あの内戦が終わった直後から、南侵と言う願望を決して捨て去ることはしなかった。隠密に相手の懐へ忍び込ませる特殊部隊の創設、工作員の錬成と投入、内部の粛清による組み換えも何度もやった。そして思想的、政治的、軍事的、あらゆる面での南侵を計画した。
しかし南日本がかつての敵国だった米国との安保条約の締結に伴い、一端はその計画は打ち壊された。
南日本と米国との同盟関係は、南日本人による革命的決起の希望を打ち壊し、思想的、政治的南侵は断念された。
そして何より、軍事同盟上の米軍の存在が北日本にとっては大きな壁となった。
故に待ち続けた。その壁にいつか綻びが訪れることを。壁は時が経てば必ず劣化し、脆い部分が生じてくる。壁は決して壊せないものではない。
そして、その時は来た。
―――人は慣れてしまえば、その慣れた対象の真価を忘れてしまう。
南日本は、あまりに米軍の庇護に慣れ過ぎた。
かつて太平洋で戦火を交えた南日本だったからこそ、米軍の力をどの国よりも知っていたはずだった。米国との安保締結に邁進した当時の南日本の政治家たちも、安保条約の確立が叶った際は小躍りした。
しかし南日本の連中は安保を含めた先達の努力を理解できず、己の堕落のためにその価値を忘れてしまった。
そんな南日本を相手に準備を進めるのは、容易いことだった。
半世紀前から進めてきた南日本国内への工作員の投入。
軍事力を増強させ、実験や訓練と称して威嚇行為を働きかける。軍事境界線での挑発行為。
無理難題の政治的、経済的要求。
強硬的な外交路線。時には自身さえ追いこむ瀬戸際外交もやってみせた。
準備は着実に段階を踏んで進められた。南日本が過去から提唱してきた相互理解と和解による南北統一は、北日本は端から信用していなかった。
自国の存続―――近年の北日本は、ただこれだけを目指した。その目標のために、それらの手段が含まれているだけに過ぎない。
これは、その目標のための一つの行動だ。それは過去のどの行為にも類を見ない大きな賭けだった。
「我々の目的を、改めて確認する」
人民国防軍の八雲浩上尉率いる第803部隊は、小型潜水艦による南日本への上陸に成功した。下北半島の沿岸に隠密上陸した彼らは、夜中の内に展開を完了させた。役目を終えた潜水艦は、またひっそりと闇に支配された海へと消えていった。
浩は黒い戦闘服に統一した一同を見渡した。北日本最精鋭の特殊部隊と呼ばれた彼らは、初めての敵地に足を踏み入れ各々の思いを抱いても、祖国にいる他の人民軍兵士たちと変わらない任務への忠誠心があった。
「敵に知られることなく敵地に上陸し、友軍の作戦開始まで我々の存在を敵に気付かれないことだ。 我々の任務は、その後が本領となる」
闇に同化する彼らの顔を見渡しながら、浩は言葉を続ける。浩もまたこの地に足を踏み入れたことに対して特別な思いを馳せる者の一人だった。
家族と共に海峡を渡り、この地を目指したこと―――その時の目指した場所が、皮肉にも任務として潜入することで叶ってしまった。
家族を、姉を失った因縁―――浩は、その思いを押し隠すことで心を平面上に保とうとした。
そのそばで、政治将校の沙希が、その水面下を見透かすような視線を浩に向けていた。
「しかし我々の普段からの目的は何時如何なる時も変わらない。 それは諸君も理解しているはずだ」
かつて目指した地へやって来た―――しかし、任務に忠実なのは浩も同じだった。
最早、あの頃の自分ではない。
今の浩は、人民軍の兵士なのだ。
「作戦開始の時、俺はまた諸君に言おう。 我々の本当の任務と共に、俺はこの第803部隊の目的を再確認するように、必ず言う―――」
ハッとした沙希を無視し、浩は、ただ単純に、ありのままに言った。
「―――総員、死ね と」
同時刻
日本帝国・帝都東京・首相官邸―――
夜闇に東京の街はどこまでも文明の光に満ちていた。帝都と言う古臭い呼び方にふさわしくない程の近代都市ぶりが輝いて表現される。大戦後も半世紀に渡り続く立憲君主制である国家の名残りが近代化する東京に似つかわしくなくなっていた。
いっそ君主制を廃止して帝国でもない日本にしてしまおうか?
平和党の戯言じゃあるまいし……と、葛島は苦労の種である連立政権の友党を想起し嘲笑した。
「平和党の福沢代表が、明日に予定されている海軍の軍事演習を中止するよう再度求めてきました。 同時に明日予定されている帝国議会での審議の際にも、それに関連した審議を投げかけてくるようです」
秘書官のメモを読み上げる報告に、葛島は疲れたような溜息を吐いた。
政権交代のためならどんな夢物語でも言って票を集め、各党にも連立を呼び掛けた。結果的に民自党は確かに政権を取ることに成功したが、後先考えない行動が今もその代償を支払われている。王冠を取ることしか考えていなかった無能な先輩たちを、葛島は改めて呪うのだった。
「彼らは誰のおかげで椅子に座れているのか相変わらずわかっていないようだな。 まさかあんな程度の議席で、民意を得られているとでも思っているのか?」
我が党のおかげで与党の枠組みにいる彼らは、授けられている恩恵を理解できていない。所詮、各々の理念に基づく政党が相互に理解し合えるなど難しいのだ。それは北で完全に袂を分かっている党との関係が証明している。
連立政権―――それは葛島が総理大臣の座についてから知った厄介事の一つだった。自身の政党をまとめるのに手一杯なのに、他の政党との調整は更に難航を極めた。
食い違う意見と主張―――利益やそれに対する見解の相違―――連立とは、かくもこう難しいものだとは思いもしなかった。
「軍事力での悪戯な摩擦は双方にとって望ましいものではない、断固とした抗議を申告する―――と」
「軍隊はあの政党にとってはアレルギーみたいなものだからな。 さすがに私もピースボートは失笑ものだった」
日米同盟のみならず自らの軍も放棄する―――完全なる軍事力の破棄を主張する点が特徴的で、その政党の名をどこかずらした観点の通りに大真面目に声を上げる平和党の言葉は、葛島にとっても聞く耳すら持てなかった。
「私は軍事力が国を繋ぎ止めるものの一つだと言うのは知識的に理解しているつもりだからな。 伊達に総理の椅子……いや、政治家の椅子に座っていない」
葛島は葛島で軍に対してはいい加減な論点の持ち主だったが、国を任される総理大臣として、自国を守る意志は並みの一国の首相としては幸いにも持ち合わせていた。
エネルギー事情の対策を実施してきた例を見ても、葛島は自国を最善の道に歩ませようとする政治家ではあった。
「先日の安全保障会議の際にも、防衛省の連中に任せてしまったから私からは何も言えんよ。 軍の最高司令官は私ではないからね」
一般に流通している架空戦記の小説の中には、史実とは異なる戦後を歩んだ日本が描かれている作品が多くある。葛島も趣味としてそれらの本を読んだことがあった。
その中でも葛島が、ある意味面白く書けていると注目した世界観があった。
その世界の日本は現実のように南北に分断はせず、一つの国家としてあり続けているのだが、その代わり第二次大戦は連合国に酷い目に合わされ、戦後は軍ではなく自衛隊と言う曖昧な防衛力を持っている。
その自衛隊と言う点から広がるこれまた曖昧な安全保障が面白い。自衛隊員は銃を持った公務員と定めた法律が日本の安全保障を邪魔する。突然戦火を浴びせられた日本や自衛隊は上手く対処できず、第二次大戦の敗北のようにまた散々な目に合うのだ。
しかも、法律的に自衛隊の最高司令官は総理大臣と言う。
曖昧な自衛隊の扱い方を前に、総理大臣は見事に振り回される。そして結果として多くの犠牲を強いられてしまうのだ。
こんな国の総理大臣になるのは勘弁願いたい……葛島はそんな感想を持ったものだった。
「しかし総理、明日の軍事演習に対する抗議は北日本からも届いています」
一番聞きたくない所から来たな、と葛島は露骨に嫌そうな顔を浮かべた。
「軍事境界線での軍事訓練は協定違反であると言う主張と共に、北日本側の領海に向けて実弾を放った場合は、直ちに物理的な措置を取る―――と」
「随分と高圧的な態度だな。 特に最後の言葉が気に喰わない」
「これまでの度々確認された軍事行動の上に、このような抗議文の中に武力をチラつかせている辺り、北日本がどれだけ硬化した態度で臨んできているのかすぐにおわかり頂けたかと思います」
「ああ、よくわかったよ。 嫌な事実を教えてくれてありがとう」
「礼には及びません、この上なく」
葛島はち、と舌打ちすると、苛立ちげに机を指でとんとんと叩き始めた。
「どいつこいつも……何故、ここまで私に構ってくるんだ」
内外からの嫌がらせ。総理大臣なら当然受ける仕打ちだった。それを理解していても、葛島の胃が痛むことは変わらない。
あの小説の日本の総理大臣は―――もっと辛いだろう。自分はあんな境地に耐えられるだろうか?
「……明日の演習については、先も言ったように防衛省に一任する。 北日本の抗議は無視して良い」
言うまでもなく平和党のことも―――葛島は本当に言うまでもないと判断し、何も言わなかった。
「明日の審議は連中に優しく教えてやろう。 小学生でもわかるようにな」
マスコミに聞かれたら辞職ものだな―――と、秘書官は思うだけに留めた。
「……どうせ、何も起こらないさ。 今までもそうだったんだからな」
葛島は気付けなかった。その言葉が、葛島の知る小説の総理大臣の過ちのきっかけとなった言葉と同じものであることを―――
11月23日午前9時13分
日本帝国・下北半島北東15km
境界線付近での演習に参加するため大湊に集結した海軍艦艇は伏見宮陽和殿下を御召艦『尾張』に乗せ大湊を出航した。
北方軍事境界線付近で実施される今回の軍事演習は、駆逐艦などによる実弾訓練が主だが、陽和殿下の座乗のためにわざわざ用意された戦艦『尾張』が後方にあった。
かつて大艦巨砲主義に関しては右に出る者がいなかった日本帝国。特に大戦中に建造された数々の世界最大の戦艦は北海道戦争においても砲撃支援の面で活躍した。戦後に記念艦として保存された戦艦もあれば、近代化改修の恩恵を受け、1990年代まで運用されていた艦まで存在する。21世紀の今となっては骨董品と化した戦艦だが、『尾張』は御召艦として現役を許された唯一の艦だった。
戦艦特有の天高く聳えた艦橋から、海軍制服に着替えた陽和は遠くに見える艦隊をどこか不安げに見詰めていた。それは、親友であり臣下でもある夏苗だけが気付いていた。
彼女の不安を煽ったもの。それは忌々しい北からのメッセージが諸悪の根源だった。
―――帝国海軍の軍事訓練に対する北日本の抗議文。
その中身は挑発的な言い分は相変わらずだったが、現場にとっては軽く済ませられない。一人の皇女の安否を考慮すると、彼女だけでも安全な所へ避難させてはどうかと言う意見が流れた。しかしそれを否定したのは陽和自身だった。
「彼らが危険を顧みずに励もうとしていると言うのに、私だけ逃げるのは伏見宮家の人間として示しがつきません。 臣民の模範でなければならない皇女が往かずしてどうすると言うのですか」
陽和のはっきりとした強い意志の発言が、彼女に付き従う全ての者の口を黙らせた。それは夏苗も同じだった。元より不満があった夏苗は、出来れば陽和を安全地帯に避難させたいと思っていた。しかし目の前で彼女の強い意志を見せられ、夏苗はそんな愚かしい自分の意見を封殺するしかなかった。
「予定通り、これより演習を開始致します」
御召艦『尾張』の艦長が演習艦隊の連絡を受け、陽和に向けて報告する。
「はい」
陽和はただ一言、静かに答えた。
その隣で、ただ一人近衛の軍服を身に纏った夏苗が艦橋に添えられた時計を一瞥した。
艦長のそばにいた演習指揮官が、演習開始時刻を示した時計の針を確かめると、研ぎ澄ませたような声色で演習艦隊に通じたマイクに号令を吹き込んだ―――
「演習、開始―――」
やがて遠くから、威勢の良い音が何発も続けて聞こえるようになった。しかしその音は、自らを絶望の淵へと誘う号砲になろうとは、この時の彼らは思いもしなかったし、永遠に知る由もなかった。
■解説
●第5砲兵団
北日本の人民国防軍ミサイル部隊の名称。道東のミサイル基地を拠点に、陸上における戦術・戦略弾頭ミサイルの運用を担当している。弾道ミサイルの技術は旧ソ連からの導入で始まったものだが、1960年代から完全に独自開発となっている。道東各所に設けられた6個の発射基地に分かれ、10数個のミサイル旅団を擁する。音更基地の保有する中距離弾頭ミサイルは東京に着弾まで約5分以内を有する。
●連立政権
自由党からの政権交代の際、民自党は平和党・国民党の三党連立に基づく政権としてスタートさせた。しかし今や国民党が連立政権から脱却を宣言し、平和党とも微妙な関係が続いている。
●御召艦『尾張』
皇族の御召艦として現役を許された唯一の戦艦。南日本は大戦から1990年代まで戦艦を運用してきたが、ほとんどの戦艦は今や退役している。『尾張』は御召艦として存続しているが、維持費用との関係により退役を議論されている。
相変わらず稚拙な設定と文章で申し訳ありません。自分なりに今後も執筆に精進して参りますので何卒宜しくお願い致します。