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たゆたう波の終わり  作者: 河野 る宇
◆第五章-それでも心は痛む
18/22

*救いとは

 決行の十分前──それぞれのチームは待機場所でそのときを待っていた。

 テロリストが立てこもっている建物は暗闇の中にありながら照明を当てられ、銃弾を浴びた壁を煌々と照らしている。

 街灯のない町は異様さを放ち、得体の知れない何かが蠢いているようにも感じられる。傭兵たちの緊張は拭われることなく高鳴り、ヘッドセットからの指示を待ちわびる。

 決行五分前。各々(おのおの)がナイトビジョンゴーグルを装着し、目標地点を見つめる。外は明るいが室内に入れば照明には頼れない。

 使用しているゴーグルは自動で暗闇を検知し作動するタイプのものだ。視界は多少、狭くはなるものの、暗い場所での戦闘には欠かせない。

 四方からの攻撃は敵の動揺を誘うためのものだが、追い詰められたときに集まる部屋は決めているだろう。

 なるべくなら人質を助けたい。それはベリルだけでなく、他の仲間たちも同じ考えだ。


 ──決行の二分前。照明は切られ、ナイトビジョンゴーグルが作動する。緑色の画面で動く仲間を捉えて合図を待つ。

 戦闘を何度繰り返してもこの緊張感は嫌なものだ。

<アタック>

 ヘッドセットからの声にA班は作戦の通り、数分遅れて飛び出す。先頭を走る者はむやみに撃たず、後方の仲間が牽制するように建物に向けて乱射する。

 テロリストはそれに条件反射のごとく撃ち返してくるものの、暗視装置は持ち合わせていないのか、目標もなくただ闇雲に撃っていることが窺える。

 各チームの先頭は建物の壁に張り付き、筒状の塊を手にして付いていたピンを抜いて空いている窓から投げ入れる。

 それからすぐ、強い光と音が数秒ほど続き意を決して飛び込む。素早く銃を構え部屋中をくまなく捜索する者と入り口に張り付く者に別れて次の動作に向け一旦、落ち着いて体勢を立て直す。

<Cだ。侵入した>

<Bも侵入した>

<Dもだ>

「単独行動を控え、各自の判断で戦闘」

 ベリルはそう指示を出し、直に聞こえる銃声とヘッドセットからの音にA班の二人を指を差して飛び出せと入り口に向けて手を流す。

 制圧した部屋はLEDランタンで照らし、少しずつ追い詰めていく。



 ──ここまではスムーズに事が運んでいる。

 二階の全ての部屋はB班が制圧を追えた。上に逃げ込まれないために二カ所ある階段をC班が固める。

 これまで人質は見つかっていない。テロリスト五人のうち、二人は射殺した。あとの三人の姿は未だ視界にも捉えられていない。

 一階も残りはリビングとダイニングのみだ。人質を盾にするつもりなら、敵はリビングに向かうだろう。

 リビングに続く入り口で全員が立ち止まる。

<牽制しつつ待機>

 銃声は止み、壁越しの緊張が続く。

 残ったテロリストたちはソファを盾に、いつでも引鉄ひきがねを絞れるようにと銃を構えている。

 人質は両手足を拘束されているらしく、テロリストたちの後ろで壁際に集められ、へたり込んでいた。

<そのまま待機>

 言ってベリルは立ち上がり、ドアのない入り口に向かう。

「おい!」

 仲間の制止に大丈夫だと目で示し、スコープを外して手にあるライフルを引鉄から手を離し、肩まで上げてリビングに一歩、足を踏み入れた。

[止まれ!]

[話をしたい]

 その言葉に、テロリストの一人は薄明かりのなか目を凝らす。

[おまえは──]

 男は記憶にある風貌に思わずライフルを降ろして立ち上がった。それを確認したベリルは武器を床に放り、眼前のテロリストを険しい表情で見据える。

[何故、ここにいる]

 ベリルの問いかけにカルナは眉間のしわを深く刻んだ。

[俺たちは騙されたんだ]

[何があった]

[三週間くらい前、別の刑務所に移送すると言われ、車に乗った]

 しかし刑務所には行かず途中で降ろされ、そこに現れたのは反政府勢力の兵士たちだった。

[まさか、引き戻されるなんてな]

 看守の中につながっている奴がいたんだ。

 運転手と護衛兵は何枚かの紙幣を掴み、一度こちらににやけた顔を向けて護送車は去って行った。俺たちは脱走したことにされ逃亡犯になった。

 カルナは、目を見開き声もなく見つめるベリルに笑みを浮かべる。

[ずいぶんと大きくなったな。貫禄も出ている]

 あの時の青さはもう見えないな。立派な兵士になった。

[俺たちをはした金で買った連中は、反政府勢力とは名ばかりのテロリスト集団さ]

 体の良い名前で自分たちの主張を暴力で通そうとしているだけだ。

[どうやら、この国の体制が気にくわないらしくてね]

[それで何故、お前が──]

[解っているはずだ]

 カルナは国際テロリストだ。そう位置づけられている。

[格好のステレオだよな]

 声明なんか出さなくても、勝手に世界は騒いでくれる。勝手に思惑を付け加え、勝手に怯える。

 ベリルは、行き所の無い感情に歯を食いしばるカルナを見つめた。

[これが──]

 これが、現実か。私は、何を今さら驚いている。解っていたことではないか。過去の戦争、今も続く内戦や争いを学んできただろう。

 よもや、あれが全て過去のもので、私の前には現れないとでも考えていたのか。こうも直面すると、いかに己が弱い存在であるかを痛感させられる。

 戸惑うベリルの瞳の色を知ってか知らずか、カルナはベリルに銃口を向けた。

[もう、これしかないんだ]

 カルナの殺気に図らずも反応し、腰の後ろに装備していた拳銃ハンドガンを抜いてしまう。

[おまえがここにいるのは、運命だ。神が俺の願いを聞き入れた]

[私に、どうしろと]

[解るだろ? 俺に、安らぎをくれ。救いをくれ]

 彼の意図を理解しつつも、違う言葉が紡がれる事を願っていた。

[それはだめだ]

[もう、終わらせてくれ]

 か細い声にベリルは顔をしかめる。その表情を見ても、カルナは引鉄ひきがねにかけた指を緩めない。

 彼は、本気だ。

[よせ!]

 男の銃弾はベリルの頬をかすめて後ろの壁に当たる。

[そうだ。それで、いい]

 カルナは胸を押さえ、満足げにゆっくりと倒れていく。

 呆然と見ていた残りのテロリスト二人はふと我に返りベリルに銃口を向けたが、待機していた仲間が飛び出してそれを阻止した。

 ぴくりとも動かなくなった男たちを確認し、仲間の傭兵たちは緊張状態を解いて安堵する。テロリストはこれで一掃された。

「人質を頼む」

 ベリルは仲間に指示をして、転がるカルナの遺体を見下ろす。

「何故だ」

 他に方法は無かったのか。こんな形を選択しなければならなかったのか。

 救いとはなんだ。これが彼の救いだと言うのなら、私がここにいる意味は彼の命を奪うためだったとでも言うのか。

「ベリル」

「よくやってくれた。撤収してくれ」

 入れ替わりに軍の兵士が建物に入っていく。

 ベリルは現れた政府の責任者に報告を済ませ暗闇にぽっかりと照らされた建物を最後に振り返り、目を眇めて帰路に就いた。



 ──ベリルにとって、この結果は気に入らないものとなった。しかしその評価は高く、それによりこの先「Marvelousマーヴェラス mercenary・マーセナリー」と呼ばれることとなる。

 作戦自体は難易度の高いものではなかったにも関わらず、彼の若さを感じさせない指示と言動から導かれた通り名だと言えるだろう。

 その名をベリルが気に入っているかと問われれば、答えは「NO」だ。通り名とは、そういうものだろう。

「素晴らしき傭兵」には、強い皮肉が込められている。彼の優しさはときに、偽善だと捉えられてしまう事は少なくはない。

 されど、偽善というにはあまりにも揺るぎのない意志であると知った者は、皮肉を込めずその名を口にする事になる。

 皮肉から始まった名は、多くの者に数々の意識を抱かれて広がっていく。そうしてついには、真実の名であると言わしめるのだ。

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