4話 幻惑
メノウがさっき見せられたのは、幻覚を引き起こす
薬品だった。
そこに、タイミングよく言葉を重ねる事で、それが
あたかも本当であるかのように思ってしまう。
脳が勘違いを起こすように仕向ける。
これも錬金術師の力だった。
「こんな薬品…俺に使って……」
「そうでもしないと暴力で解決しようとするでしょ?」
「それは……だが、もうそんな手には乗らないからな!」
「どうでしょうかね〜単純な人は分かっていてもかか
るものですから…そう…『外の馬が倒れているのが
見えますか?』」
「なに?」
何を言われたかと振り向くと、さっきまで塔の中にい
たはずが、入り口で立っている自分に気づいた。
そしてさっき木に括り付けておいた馬はぐったりと伏
せっていた。
駆け寄ろうと小走りに近寄ると、再び遙の声が聞こ
える。
『そういえば、その辺りはぬかるみになっていて危
ないですよ?走ると足を取られるかもしれませんね』
「ふざけるなっ!雨も降って居ないのに…なにっ!?」
全く濡れて居ないのに、ぬかるむわけがない。
そう言いたかったのだが、いきなり地面に足を取られ
ると前に転びそうになったのだった。
「嘘だろ……こんなの幻覚……っ……」
ゾクリと背筋に汗が伝う。
メノウの足が地面に沈んでいくからだった。
幻覚だと分かってはいるのに、抜け出せない。
本当に恐ろしいと思ったのだ。
そういえば、あのジジイを揶揄う為に前にここへ来
た時も似たような事をされて泣いて帰って来たのを
思い出す。
「こいつやっぱり……もう分かったからやめてくれ」
「……」
「おい、すまなかった。だから……」
『何もないところで転ぶなんて…本当に大丈夫です
か?』
『何もない』その言葉を聞いた瞬間、地面に吸い込
まれていた足が地面にしっかりついている事を知る。
馬も、こちらを見て不思議そうにしている。
「お前の力は分かった。だから…」
「お前?」
「ハルカ。お前について来て欲しい。俺に力貸せ、
いや。貸してくれ」
「嫌です」
「そうか、ならすぐに城に……なっ!なんでだ?」
遙の即答にメノウは一瞬、耳を疑ったのだった。
♦︎♦︎♦︎
メノウは一人城に戻ってくる事になった。
遙は何を言っても「うん」とは言わなかったからだ。
「あんなに頑固だとは思わなかったぜ……あの野郎
絶対にあのジジイと生き写しじゃねーか!特にあ
の性格の悪さとかっ!」
一人愚痴ると、メノウは頭を抱えた。
三年以内に、目で見て分かるような功績を上げるな
どメノウだけでは到底無理な話だ。
だからといって、誰か手伝ってくれそうな人物にも
期待できない。
むしろ、城の人間達はイーサ寄りであって、メノウ
を軽視しているようにも見えた。
「騎士の奴らも、俺の指示じゃ動かないしなぁ〜」
今隣国のファルマン公国の第一皇女のロザリアが
今年で16歳になったと聞く。
もし、婚約でもすれば両国間の団結は強固なもの
になるだろう。
だが、それはイーサも同じ事を考えている事だろ
う。
去年の舞踏会でファルマン公国のロザリア皇女が
招待された時、イーサはすぐにダンスを申し込み
に行って居た。
あまり美人とは言い難い容姿であった為、メノウ
はダンスに誘う事はなかった。
あの時に、もっと積極的にアピールして居たら何
かが変わって居たかもしれない。
いつも好印象を抱かれるイーサは計算高いのか、
それとも先読みが出来るのか。
魔術適性もメノウは戦闘系の炎適性に対して、イ
ーサの適性はあきらかにされていない。
弟のアンバーでさえ風適性と診断されている。
そういえば、最近アンバーの姿を見ていなかった。
ふと庭を見ると、イーサの後ろを追いかけるアンバ
ーの姿が見えた。
「あいつも俺より、イーサの方が相応しいと思って
るのかよ………」
無邪気に笑いながらついていくアンバーにまで、苛
立ちを募らせたのだった。




